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或る少女の妄想と舞踏






私は可愛い。

最初から私は可愛かった。



私が六歳くらいの時から私を好きって言う男の子達がいた。近所の子とか、お隣の息子とか。

可愛い、可愛いっていっぱい言われた。

当然だ。だって私は可愛いもの。愛されて当然。

嫉妬してきた女の子もいたけど気になんない。だってその子達より私の方がずっと可愛い。


自分が可愛くないから可愛い私に嫉妬してるだけでしょ?馬鹿みたい。そんな言うならあの子達も私みたいに可愛くなれば良いんじゃないの?無理だろうけど。



そんな私がショックを受けたのは、十歳の頃だった。私の事が好きな男の子と物を買って貰う為に街を歩いてたら、ある店で貴族を見かけた。

その店は庶民じゃ滅多に買えない宝石とかを売ってて、その貴族は買い物をしてた。

あれ欲しい、これも欲しいって。

普段顔すら見せない店主のお爺さんが、貴族にいっぱい頭を下げながら両手じゃ持てない位の宝石を出してた。



とってもショックだった。

何あれ。

あれが、貴族?


貴族って、あんなに贅沢できるの?欲しいの一言でなんでも手に入るの?わざわざこんな男の子におねだりしなくても?



手首を見る。

買って貰ったばかりの、着色した石のブレスレットを付けてる。ピンク色の、安物の。

さっきまでは嬉しかった。前のブレスレットは古くなってるし、いつだって新しいのが欲しい。


でも、貴族は本物の宝石を使った豪華なブレスレットを好きなだけ付けれるの?

そう考えるとむかむかしてきた。もうこんなの、何の価値も感じない。

なんでなんで私はこんなに可愛いのに可愛い私が相応しい物を持てないの?


偽物のブレスレットを地面に投げ捨てる。

可哀想、私。





家に帰ると、ママが働いてた。

パパは居ない。死んじゃったのか生きてるのか分かんないけど、だからうちは貧乏。だから家に帰るの嫌い。家から出ればちやほやしてくれる男の子達がいて少しは気分が良くなるけど、今日は駄目駄目だ。

貴族じゃない男の子じゃ私に宝石をくれない。それを考えるだけで真っ暗だ。


ママに見つかって、家の手伝いをしなさいって言われた。やだやだ。だって指が荒れちゃう。でもやんないとご飯を抜かれる。あんな粗末な食事、食べられた物じゃないのにそれでも抜かれる。そしたらお腹が空く。貴族なら、何もしないでも宝石を買えるし美味しくて贅沢なご飯を食べられるのに!


可哀想。可哀想な私。





私が一四歳になって更に可愛くなったある日、うちに男の人が尋ねてきた。

顔は全くカッコ良くないけど、なんか良い服着てる。その男の人は、ママの名前を呼んだ。

ママはびっくりして、出て行ってと叫んだ。私もびっくりした。ママが叫んだ所は初めて見た。


男の人は粗末な暮らしだとか無様だとかママに言った。私もそう思う。私可哀想。

ママは放っておいて、もう貴方と私はなんの関係もないのとか言ってた。

暫く二人が話してるのを聞いてたら、男の人は貴族で、この二人は昔恋人だったんだって分かった。


と言うことは………私、貴族じゃん!


凄い凄い!やっぱり私は特別だったんだ!

嬉しくてにやける。今までの貧乏暮らしは、これからの贅沢の為にあったんだ!



パパとママはまだ話してる。あいじん?にならないかってパパが言って、巫山戯ないでってママが怒る。

喧嘩腰に暫く話してたけど、こんな女俺もお断りだってパパは怒って出で行こうとした。え?え?行かないでよ。


思わずパパを呼び止める。パパは私をジロジロ見て、私がパパとママの子供なのをママに確認した。ママは嫌そうに頷く。



私を連れて行ってってパパに言った。

パパもママも驚いた顔をして、ママは真っ青になった。でも仕方ないでしょ?パパがいないと、ママじゃ贅沢な暮らしは出来ないじゃん。


もっとジロジロ見てきたパパが、ニヤニヤ笑いながら良いよって言ってくれた。ママは唇を震わせてた。



パパの乗って来た馬車に乗る。贅沢な馬車は初めてで、これからもっと贅沢出来るって考えるととっても嬉しい。

最後までパパはママに来ないかって命令口調で言ってたけど、ママは頷かなかった。パパについて行けばママも贅沢出来るのに、馬鹿みたい。

馬車が動き出す。


ママは何も言わず、見えなくなるまで馬車をじっと見てた。






着いた家は元いた家よりずっと大きくて、そこでいろんな事を言われた。良い家の妻になれとか、失敗しても愛人にしてやるとか。愛人の意味は家に着いてすぐ分かった。家には愛人がいっぱい居た。本妻に虐められて、あんまり贅沢させて貰ってないみたい。

愛人って本妻より下なんでしょ?可愛い私が下とかあり得ない。絶対愛人はやだ。



暫くして学園に入れられた。ここでちやほやされるとか、とってもドキドキする。

勿論格好良い人がいっぱい居た。町の男の子達とは比べ物にならないくらいの、格好良くてお金持ちな人。


皆私に夢中になった。

ちょっと好きなんですって言えば、みんなほっぺたを赤くする。ちょろいけど、私は可愛いから当然だ。


生徒会長も副会長もオルル君もフィーバス君も婚約者のいる人でも愛してあげた。本命はこの国の王子様のリュコス君だけど、キープって大事でしょ?


この国で一番偉い人の奥さんになって、誰よりも愛されて贅沢して皆を見下ろすの。それが私の理想!



リュコス君にお友達になって下さいって言ったのは最近だけど、着実に仲良くなってると思う。口数が少ない人だけど顔は文句無しに格好いいし、照れてるだけなんでしょ?

その婚約者って人も見た事有るけど、すっごい冴えない人だった。黒くて地味で、何考えてんのか分かんない。あんな人が婚約者とかリュコス君可哀想。大丈夫、私が奥さんになってあげるからね!



可哀想なリュコス君ともっと仲良くなりたくて、この間年度末の学園のパーティに一緒に行きましょうって言ってあげた。学園のパーティって言うのは殆ど全校生徒が出席する若者だけの舞踏会みたいなので、男子と女子がペアになって登場するんだって。一緒に行こうって言ってくれた人は他にも居たけど、リュコス君にエスコートされたかったから断った。勿論適当に言い訳しといたよ?ドレスだけ贈ってくれないかなあって思ったけど無理だった。皆ケチ!いいもんリュコス君に贈ってもらうもん!思いっきり贅沢で宝石がいっぱい付いてて可愛いの。王子様なんだから、それ位当然でしょ?




可愛い私の誘いを断る訳が無い筈なのに、断られた。すっごいショックだった。リュコス君は私が他の人の所に行ってもいいの?

でも、それはリュコス君の婚約者のせいだった。地味な癖にリュコス君の婚約者な事を振りかざして付け回してるらしい。許せない!

なんであんな人がって思っだけど雨の日が〜とかめんど臭い事が有るらしい。知らない。分かるのはあの人が悪くてリュコス君と私が被害者だって事だけ。

でもこんなのは恋の障害でしょ?私を手に入れる為に頑張って、リュコス君。




パーティにはリュコス君と行けなくなっちゃった。仕方なくこの前誘ってくれた人達に行ってあげても良いよって教えてあげたんだけど、その人達は相手が出来たんだって。酷い!なんで私の代用品と行こうとするの?!その子ぜんぜん可愛くない!


思ったけど口には出さない。そんな事したら愛されない。愛されようと頑張ってあげてるんだから、早く愛してよ、ねえ。


結局フィーバス君と行く事になっちゃった。会長かせめて副会長が良かったんだけど、仕方ないか。妥協してあげる私優しい。




でもでも絶対に、リュコス君と踊ってあげるんだから!







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー









………うっは、視線くそ痛い。


澄ました顔で殿下の隣を歩きながら、内心デットヒートする。

視線の原因は勿論金髪の男(殿下)だ。昔は殆ど身長が変わらなかったのにいつしか頭一つ分高くなり、横を向くと見える正装の肩が憎い。


なんでパーティでの王族の登場って最後なん?集まった奴らみんな見るって事やろ?ペア登場制度絶対に許さん。

エスコートとかむっちゃ苦手でござる!誰か代わってでござる!どんな顔して美形野郎の隣を歩けと言うでござるか!


そんな内心の荒ぶりを一切顔に出さずに前を向く。ああ別荘行きたい。雑草抜いて埃をはたいてベルとお茶したい。誰にも言えないが、どうしようもなく貴族である事が苦手だ。べるーべるー疲れたよー。べーるー。



隣の殿下は変わらず無表情で、正直不仲説が流れるのは半分は彼の無表情の所為だろうと考える。色々と助かっているから本人には言わないけれど。


ゆっくりとホールの中央に進むと音楽が流れ始め、踊る為に差し出された彼の手を取る。何度も踊っているので彼の呼吸も癖も覚えている。それでも踊り方より縄抜けの方が慣れているのだから、本当にどうしようもない。



くるりくるりと景色が廻る。

視線も緊張も飲み込むように、悠々と音楽に身を任せた。

繋がった手が離れて触れて、また離れる。

こんな時しか触れないが、彼の手は手袋越しでも分かる位暖かい。手袋越しで良かった。彼含めて人の体温が苦手だ。



踊り終わり、互いに礼をする。

婚約者なのでもう一曲踊る事になるが、その後はどうしよう。イメージ的に壁の花にはなれないが、いっそシミになりたい。




考えていると、可愛らしいドレスの女がこちらにやって来た。

薄ピンクにふんだんにフリルをあしらった、正直場違いなドレスだ。露出が多くどう見たって学生の着るものじゃないし、頭の上から爪先まで自己主張が激しい。

このピンクブロンドはまさかのエスメラルダ。流石予想を簡単に飛び越えて行く女。そこに痺れない憧れない。

驚いているうちに彼女は走り寄ってきて、自分と殿下の間に割り込まれる。



「リュコス様!私と……踊って下さい!」



眼を潤ませ両手を胸の前で組んだ彼女は掛け値無しに可愛らしいが、外見の良さをぶち壊す性格が有るとは思わなかった。


辺りがざわめく。間違い無く注目度ナンバーワン。

常識の無さが予想外すぎて、腹すら立たなかった。宇宙人を見る目で、必要以上の宝石で飾られたうなじを注視する。



不快を隠そうともしない眼があちこちから向けられる。気にしない辺り、この宇宙人(エスメラルダ)のメンタルはダイヤモンドで出来ているのだろう。殿下も驚き過ぎて使い物にならなくなっているし、本当にどうしたものか。


辺りに視線を巡らす。

此方を睨んでいるフィーバス公爵子息が眼に入った。

敵意はエスメラルダと殿下のどちらへ向けられているのか分からないが、この様子ではエスメラルダに惚れている事が良く分かる。

馬鹿な男だ。睨むのはお門違いだろうに。





ふと思い出す。

一月前、彼女は学園の従業員を一人辞めさせた。彼女に道を譲らなかったというだけで。

たかが下級貴族、普通ならあり得ない。それが押し通ったのは彼女を慕う男達に嘘をついたからだ。あの従業員に嫌がらせをされた、物も盗まれたし乱暴もされたと。勿論そんな事実は無かったが、無様に信じ込んだ彼らはその従業員の女性を追放した。従業員には病気の母がいたそうだ。

その女性は現在王城で小間使いの仕事をしているが、あの日鞭で打たれた傷はまだ残っている。



無知で馬鹿で愚かで無様だ。

信じる事しか知らない男達も、騙した事すら忘れたであろう女も。




そう考えると、可笑しくなってきた。

ああ、本当にーーー踏み潰してやりたい。



だから嗤った。

嗤って、殿下と彼女をおいてフィーバスの所に歩を進めた。後ろで殿下から呼び止めようとする気配を感じたが、無視する。


ほぼ全校生徒が自分を見ている事すら、欠片も気にならなかった。恐らく自分の現在の精神状態はキレているに該当するのだろう。流石に毎日毎日リュコス様を解放してだの貴女は相応しくないだの言われたら、不快にもなるか。


仕方ない。

だって自分は彼女の言う通り悪役令嬢なのだから、不快に思う女を潰して何が悪い?



心なしかビビった顔をしたフィーバスに声を掛ける。踊りましょう、と。断れない事は分かった上で。


彼と自分の手が繋がる。彼の視線が泳いだ先には殿下とエスメラルダがいて、その手は繋がっていた。

女の方は喜色満面だが、殿下の顔色は悪いし此方を何度も見ている。敢えて眼は合わせなかった。


二曲目の音楽が流れる。

さっきのよりも手を繋ぐ時間が長い曲で、思わず舌打ちしたくなった。顔には出さず手袋を合わせる。

複雑な曲だが特に難しいとは思わない。身体を回し複雑なステップを踏み終えた辺りで、フィーバスがエスメラルダばかり見ている事に嗤う。

たじろぐ顔を気にする事なく、声を掛けた。



「無様ですわね?想い人が複数の男を見ていて保険程度にしか思われていないって、どんな気持ちですの?」


途端彼の顔が赤く染まる。昔は唯のビビリだと思っていたが、恋は本当に人を狂わす。


「………貴女だって、同じ様なものだろう。殿下に見向きもされていない!」


辛うじて大声を出さなかったが、本音を隠す技術すら忘れたか。無様だ。本当に、無様。

……だからせめて、これ以上醜くなる前に潰しておこう。



「この生まれがある限り、殿下の隣に立つのはわたくしですもの。嫉妬なんてする理由が有りませんわ。

………ああでも、そろそろ本当に目障り。だからこそ、今貴方に声を掛けましたのよ?

昔から貴方、殿下には何も勝てなかったものねえ?」


クスクスと嗤うと、重なった手に力を込められる。止めろ。体温が気持ち悪い。

さり気なく振り払ってさらに嗤う。


知っている。この男が昔から殿下と比較され続けた事も、其れを未だ引きずっている事も。貴方しかいないと語った恋人がそんな男に奪われる、それはどれ程の屈辱だろうか馬鹿らしい死ねばいいのに!!



邪魔ですのよ、と続ける。


「あの女。虫の方がまだ静か。けど虫よりしぶとい。

どうせ貴方、あの女の家名が目的じゃないでしょう?あの程度、そこら中に転がっていますもの。彼女が欲しいだけなんでしょう?

………分かりやすく言って差し上げましょうか?

あの虫を貴方に差し上げますわ。だから、大人しくさせていて頂戴」


にたり、と嗤う。







そうでもしないと、貴方は「選ばれ」ませんわよ?







曲が終わる。ついでに彼の服のポケットに、誰も見えない様に紙切れをねじ込んだ。反応は無く、呆然としている。



礼をしてその場を離れた。すぐに腕を掴まれる。殿下の物だった。後ろで女が喚く声が聞こえたが、無視する様に手を繋がれる。正直とても驚いた。



三曲目の音楽が流れる。少しだけ身体を引いて遺憾の意を表明したが、彼に退く気持ちは無いらしい。

壁のシミとなりたかったが仕方ない。




もう戻れない。それなら踊らせるのも、踊らされるのも悪くないと嗤った。








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