紅茶
…………暇だ。面白くない。
「まあ、ミュート様は殿下とそんなにお会いになっていられるのですか?羨ましいわ、わたくしでは遠くから眺めるしか出来ませんもの!」
長い髪を揺らし髭の娘が高い声で言うが、その目は笑っていない。同い年で可愛らしい顔だが、笑う時に引き攣る唇が好きになれなかった。
先程辺境の中堅貴族と自己紹介されたが家名は忘れた。大した価値はないと頭が判断したのだろう。脳の片隅の残滓の有無すら分からない情報を漁る趣味はなく、必要なら先程渡されたプレゼントのカードを見れば良い。結果として髭と髭娘というなかなかに酷い名前が目の前の二人にインプットされた。
髭は雑談に織り交ぜた噂や人間関係などの質問に、大体は答えてくれた。恥も外聞も考えず此処に来る所から予想はしていたが情報通(自称)らしい。真偽は兎も角多くの貴族や商人と関係を持ち、商売めいた事もしているらしい。
対して髭娘は話題を王子の方に持っていこうとする。殿下が初恋の君らしく、仮にも婚約者相手に如何なのかと思う程王子様大好きアピールを語るし個人情報を聞きたがる。
彼に関してチェス狂いの無表情無言系男子という事位しか知らないが彼女にとってはそれも愛しい情報らしく、チェスをすると聞いて頰を赤らめ、無口と聞いてため息を忍ばせる。見事なまでにお熱だ。髭の方も講師を呼ぼうと猫撫で声で言ったし、今日からでもチェスを始めるだろう。
気を付けろ、殿下は勝つまで執念深いからと言わなかった自分を褒めたい。言った所で「何て格好良いのかしら!」と目を輝かせた後対戦相手の自分に嫉妬の目線が向けられるであろう事は容易に想像できるが。
ーーまあまあ和やかにやり取りを続けていると、髭娘から次の城行きに同席したいと提案された。曰く、「わたくしも殿下にお会いしたいわ!ミュート様はお友達でしょう?」爬虫類を連想させる爛々とした目は自分越しに王子を見ていた。やだ妬いちゃう。
髭娘と自分が友達だから連れて行けなのか自分と王子が友達だから髭娘の恋を邪魔せず応援しろなのか。
無礼だとか招待して頂いている立場だし無理だとか殿下とお近付きになりたいとしても露骨すぎるとか多分殿下は興味すら持たないとか言いたい事は多々あるが、髭は良いじゃないかと便乗する。
同意を求められたが本気で頷くと思っているのか。
元からそこまで高くもなかった髭の株が地底まで低下し、此処だけの話(笑)で語った愚痴めいた噂の信憑性も低くなった。
個人の主観?八つ当たり?やだなあ気の所為ですよ。
恋する乙女が好きな人に会う為に自分を利用すると言うのは愉快でなくとも理解できるが、親が助長させるのは駄目だろう。貴族のルールは好きではないし振りかざす嗜好もしてないが、率先して破る気も他人が破って愉悦に浸る姿を見るのも気にくわない。
つまりあれだ。オマエラキニクワナイ。
無礼者に慈悲をかける優しさや押し切られて従う弱さがあるならここに居なく、しかも昨日から自分は悪役令嬢。先程まで丁寧に接待もしていたが本職@悪役令嬢だ。目の前の二人を実験台に乗せたからには血祭りにあげなくては。目ぼしい情報は聞き終えた。勘で髭からきな臭い匂いがするが今は腹立つ気持ちを優先しろと本能が囁いている。
ティーカップの水面に映る退屈そうな自分の顔を引き締め、人を馬鹿にする笑みを浮かべる。これぞまさに悪役令嬢。
「お断りいたしますわ。何故あなたを連れて行きますの?殿下がわたくしをお呼び下さっているのです。身の程を弁えたらいかが?」
ついでに鼻を鳴らすと髭娘は顔を真っ赤にした。小馬鹿にしすぎたかもしれない。反省はしているが後悔はしていない。
間違った事は言ってなく、身分はこちらが上なので黙らせられる。世の中結局は地位と権力でつまりは勝てる。
後ろでメイドが笑いを噛み殺す気配がする。目の前で繰り返される無礼行為に地味に眉を顰めていた彼女達だったが、そんな分かりやすく笑ったら目の前の髭達にバレるだろう。
案の定周りの雰囲気に気付いた二人が肩を怒らせて立ち上がる。餌を投げられた魚の様に口を開閉するが声は出ず、親子そっくりの反応が面白い。特に娘は打たれ弱いらしく、頬どころか目元も赤くなっていた。
泣くのか、泣いても自分が責められはしないだろうと頭を巡らせたが涙の膜が目を覆う前、くぐもった押し殺した声に返される。
「…………これは失礼しましたわ。しかしそれなら、ミュート様はどうして城に呼ばれていますの?」
首を傾げると、髭娘に睨まれた上それですわ、と呟かれた。どうやら昨日怪我した手を指しているらしい。
血は止まったが巻かれた包帯は怪我をしている事実を誰にでも伝える。
「貴族が怪我をして殿下の前に出る事などあってはならないと思いませんの?傷を作った者が殿下に相応しいなどと、本気で思っていますの?」
毛を逆立てた猫の様に敵意マックス。言い掛かりだが一理ある意見だ。最も其れは将来国を治める婚約者への忠言であって、婚約破棄を狙って婚約者になった自分には何の意味もないが。
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「…………それでどうなったの?」
「カップの紅茶を掛けたらお帰り頂けました。三日後には娘の父親の方から謝罪と今度家に来てくれという旨の手紙を頂きましたので繋がりは持てたと言って差し支えないかと。密輸に関する不正の噂も有りましたので、詳しく調べようかと思っています」
目の前で楽しそうに笑う王妃に向かって言葉を返す。出産から暫く間が空いて健康そうな彼女は子供をメイドに預け、飽きもせず自分とテーブルを囲んでいた。
婚約者に決定してからも相変わらず定期的に城に呼ばれるようだ。報告もする訳だし当然といえば当然だが、あの後大量に来た貴族達を考えるならもっと頻度を落としても良いかもしれない。今度提案しよう。
彼女の出産騒動から一月後、自分は又城に呼ばれていた。殿下は忙しいらしく此処にはいない。
結局一部の人間にしか知られず収束した姫君暗殺騒動は、表向きは箝口令が敷かれる事になった。大々的に犯人捜しをして産まれてすぐ殺され掛けた姫君というレッテルを貼り付けないためだろう。
けれど有耶無耶にはされず、今も王家直属の兵達が駆けずり回っている。
詳しく聞かされていないし聞く予定もないが、王家の処断か黒幕の口封じか、あの時証言をしたメイドも含め数人の貴族が行方不明になった。黒幕も特定してくれたら楽になるが、目星はついているけど証拠が無い状況なのよ、と王妃は語る。
蜥蜴の尻尾は手に入れても本体には逃げられたようだ。
「ミュートちゃんは相変わらずねえ。一ヶ月で貴族の悪評から都市伝説まで調べるなんてどうやったの?私でも知らない物も有るわよ?」
「噂にばかり興味を示した所、ゴシップとオカルト好きと思われました。それからは皆様に選りすぐりの情報を持って来て頂いています。都市伝説に関しては趣味です」
たった一月で情報屋になれそうなくらい玉石混合の情報達が集まった。勿論意味の無いものもあり、例えば深夜森の中を駆ける少女の幽霊の噂は国とは何の関係もない。その娘が馬らしき動物に乗っていたのも自分が深夜徘徊に行き始めた時期と噂の流れ始めた時期が重なるのもきっと偶然だ。
「余り危ない事に近付き過ぎないようにね?ミュートちゃんは大切な次期王妃なんだから」
「スパイとして必要な事をしているまでです。それと王妃様、大変心苦しいながらお願いがあるのですが」
何かしら?と問う彼女に笑みを返す。
この一月ですっかり作り笑いが上手くなってしまった。
毎日人が来たり赴いたり取り巻きが出来たりしたが、手掛かりを知れても掴めはしなかった。
もっと近付くには対価を払う必要があるのは理解できるが、有るのは婚約者の肩書きとこの身一つ。ならばそれを使えば良い。
大変非常識な事は承知していますが、と前置きする。
正直、最初の茶会に乱入した彼女なら何を提案しても許可が出る気がした。
昨夜届いたばかりの招待状を机上に出す。自分が開封したので当然だが、封蝋は砕けている。
「来月、クィルター公爵家にて子息の誕生日パーティが開かれます。それに、殿下にもご同席頂きたいのです」
近付きたい近付けない。
ならば餌で引き寄せれば良い。
そもそも自分が殿下と関わりを持つ事がスパイ作戦の肝で、それを吊るして反応を見るのが好手とこの一月で結論を出した。鬼が出るか蛇が出るか分からないが、今はどんな尻尾でも掴みたい。
同じ様な日々では飽きる。変化は大切だ。
「誕生日の子息ならクィルター・フィーバス公爵子息だったかしら?リュコスと同い年の。婚約者と一緒にならリュコスが行っても可笑しくないと思うわ。クィルターはこの国を支える名家だけど、何か有ると思っているの?」
「クィルター家自体は素晴らしい家ですが、他の招待状が近付きたい所に送られたので。あとは殿下の出席もあり得ると思われるパーティで近日中に開かれるのはこれだけです」
怪しかったら殿下を囮に忍び込みたいとは流石に言わなかった。彼の身を危険に晒すつもりはないが、彼の居るだけで周りの視線を集める特殊能力は使わないと損だろう。
その他の適当な理由を並べると、思いの外楽に王妃から許可を貰えた。本人の了承は無いが貴族や王家の子供なんてそんなものだし寧ろ彼は大切にされている方か。
用が済んだので礼を言って場を後にしようとすると呼び止められた。王子に会うか問われたが会わなくて良いと返す。話す事もどんな顔をするかも思い浮かばない。どうせすぐに会うのにと不満げな顔は大変麗しく可愛らしかったがやめてくださいしんでしまいます。
逃げる様に家に帰って、やっと一息つく。この一月本当に忙しかったが最近やっと人足が途絶える様になった。
祭りの終わり。
祭りと形容するには不謹慎すぎる事も多く有り過ぎるが、一連の出来事の騒がしさは此処数年なかった事だ。
自分が不幸だとは口が裂けても内臓を抉っても言うつもりはないが、少なくとも齢8の子供に伸し掛かる物としては重い分類に入るのでは無いだろうか。ベットに倒れ込みたい欲求を耐えて欠伸をすると、肩を怒らせたカレリアに呼び止められた。曰く家庭教師の先生が既に来ているとのこと。
婚約者になってから次期王妃としての教育が始まり、水をぶちまける様にぎゅうぎゅうに知識を詰め込まれる様になった。割と優秀な頭を持っている自負はあるが其れは自分目線の優秀であって、人骨の美しさを語る為の知識もロバと馬の違いも黒魔術的弱った心臓の治し方も王妃には必要ないだろう。
大人しく紅茶をぶちまけない茶会の仕方や高尚な絵画や観劇の知識を勉強するべきだとは思うが、王妃になる訳でも王妃に相応しい人間と見られたい訳でもない。寧ろ悪評高い人間の方がスパイとしては有能なのではというサボり精神も働いた結果、授業の出席率は七割を切る程だ。
無論罪悪感なんてものはない。真面にやっていたら朝8時から夜8時までのカリキュラムを組まれかねない。本人のやる気を削がせすぎない時間割にしようと思わせる事がミソだ。
さて今日は如何しようかと思ったが、この後の予定は無いしサボって行きたい所もない。
適当に謝って付いて行くと部屋に連れていかれる。今日はダンスの訓練らしい。
動く事は嫌いではないが足が縺れそうになるので苦手だ。けれどそんな事を言えない事も理解している。
目を閉じ、手を握る。
手拍子に合わせて、身体を動かし始めた。




