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初手




場は1分程固まった。


最初に陛下が口を開いた。


「…………悪役、とは?」


「人に憎まれる役回りの事です。私はそれを演じこの国の暗部に潜り込み、必ずその全てを白日のもとに晒して見せましょう。今回の事件には黒幕が居ます。私なら警戒されませんし万一露見しても殺される確率は低い。これ以上の適任はいないでしょう」


実際妖怪ニタニタは最初見逃そうとしていた。怒らせたら死に掛けたが。大した情報は吐かなかったが裏がいる事とメイドがマーサを刺した事は確かだ。

それも伝えておくと問題無いと言われた。随分と早い対処だが元から目を付けていたのか。


何故悪役か問われたのでそれが一番合っているからと返す。美貌の王太子様の婚約者に選ばれ後ろ盾があると思い込み邪智暴虐の限りを尽くす小娘役は完璧にお似合いで、違和感無く群がるハイエナの尻尾を掴めるだろう。今回の事件の姫君を助けた功績も話が合わなく不都合なのでジャグリーンの手柄にしてしまえる。いや実際ジャグリーンの手柄だけど。


考え込んだ陛下と王妃の反応は悪くないようだ。

殿下?知らない。頭の後ろに目は付いてない。


「……それは、婚約破棄する必要はあるの?」


王妃様が聞く。いや其処が一番大事です自分にとって。

しかしそれを言うわけにもいかない。丁寧に包装紙で包装した言葉を投げつける。


「絶対に必要です。無論やり遂げますが、成否に関わらずこれから私の評判は地に堕ちるでしょう。其の様な者と王太子様の婚姻では民や貴族からの負担が溜まり、国政に差し支えます。何が有ろうとも婚約破棄は必定かと」


危機に陥ると自分の口はよく回る。ふーんと呟いたきり喋らない彼女は突拍子も無い事を考えているのか。

背後から視線を感じるが何も言われない。何か言いたいのか言う必要もないのか。取り敢えず婚活頑張って下さい。まあ彼を好く女は星の数居るし選り取りみどりだろう。



思考の渦から戻った陛下が試す様にこちらを見ている。

出来るのか、と目は語っていた。

自分程度と蔓延る不正の尻尾なら間違いなく尻尾の方が優先順位は高い。

重要なのは自分に尻尾を掴む力があるかだ。


思い付きは危険で、面白い。さっきまでの疲れは何処かに遊びに行って代わりに高揚感がやって来た。限界は飛び超えてみるものだ。新しい世界が待っている。


自分の口角が歪むのが分かり、それを見た陛下が口を開く。


「成否に関わらず名誉を、さもすれば地位も失う。それでも良いのか?」


…………来た。

どうやら自分に賭けてくれるらしい。願っても無い事だ。

何が出来るか、何から始めるべきか握り潰した真面目な頭まで総動員で考えている自分に恐ろしい物を感じるが、思考は止まらない。狂気とは身の内に巣食い、普段は潜んでいるのよと語られた事を思い出す。所詮自分も首無しニータと同じ穴の狢か。


「誓います。この身体の全てを賭けましょう。この国と王家と自分の為に。何があっても必ず、全ての罪を陛下が御前に奉じます」


面倒事も厄介も好きではないが面白いなら話は別で、少なくとも自分はこれからを楽しみにしている。

愉快犯とはよく言ったものだ。思い付きに全て捧げるなんて愉快な事は中々無いだろう。少なくとも破棄確定とは言え婚約者になる事がこんなに楽しみになるとは思わなかった。


瞳を細めた陛下が構わんと言う。好きにやれ、と。言質は取った。次期王妃から間諜への転職願いは受理された様だ。


……ほくそ笑んでいると王妃にでも、と声を掛けられ嫌な予感がする。


「リュコスの事は嫌いじゃないでしょう?」


この状況で嫌いと言えると思うのか。いや嫌ってないが、視線が痛い。


「勿論です。殿下はこの上なく素晴らしい御方です。この国の将来に、最も必要と存じています」


本日最大の愛想笑いで答える。身分の低い者は高い方が立ち去るまで部屋から出れない。生まれた子のお披露目もあるだろう立ち去れー立ち去れーと念じた。


あらあら先は長いわねぇ頑張ってねリュコス、と彼女は言ったが訳が分からない。知りませんとも知らないってば。


時間は沢山あるわね?とは自分か王子どちらに言ったのか。嫌な予感再来。

折角美人を選べるチャンスを得たのだ、殿下は普通に王妃に相応しい子を選ぶと思う。大丈夫馬に蹴られる悪役は自分がやる。凄く面白そう。



笑顔の王妃と面白がってそうな陛下がやっと退出する。

さて帰るかと振り向いて王子と目があった。居たんですか。だから陛下は面白がってたのか何を話せと。沈黙に本日数回目の冷や汗が流れる。


彼の金色が心臓に悪くて動けない。

無表情だが視線は外されない。自分が何をしたと言うんだ婚約解消したか。


「……何故だ」


大分考え込んでいた殿下が口を開く。主語を付けろ主語を。

何がでしょうかと問うと何故其処まですると返された。

そう言えば何故だろう。敢えて言うなら面白そうだからだが流石にそれを言わない程度の良識の持ち合わせはある。上手く煙に巻かねば。


「それがこの国と私の為一番良いと思われるからです。直に姫君の御披露目が有ります。急ぎましょう」


会釈して横を通り過ぎる。身分?目上?知らない。良いだろう同い年だし。

腕を伸ばされたが躱したので、部屋を出た時の彼の表情は分からなかった。




大広間に戻ろうと歩いた。迷った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



酷い旅路だった。何処へ行っても辿り着けず数回の道案内を受けた。

やっと大広間に着くとお披露目は終わっていたらしく、賑やかな社交場と成り果てていた。人が人生の路線変更をしていたのに呑気なものだ。

溜息をついて足を進めると周りが此方を見る。

機敏な者は自分のドレスが変わっている事に気づいて観察してくる。注意力の高い要警戒人物として頭に留めておこう。

深淵を覗く時、深淵もまたそちらを覗いているのだ。


色々な反応の周囲を突っ切って母迄歩くと何故ドレスが違うのか問われた。興味と期待が宿る目に見つめられる。

普段なら緊張か辟易を浮かべるだろう。しかし自分は悪役令嬢だ。陛下に有能と認められる為にも自分一人で一癖も二癖もある曲者達から情報を吐かせるのに、この状況は好都合。後ろに目は付いていないが見渡せる人数も多い。


胸元で手を握り、此処3年で一番頬を赤らめて、しかし瞬きせずに笑う。

堂々と胸を張り、有頂天の子供らしい高い声で周りに聞こえる様に返す。



「殿下に頂きましたの!わたくし、リュコス様の婚約者に選ばれましたわ!」



水を打ったようにその場は静まり返る。


……今顔を歪めた奴、覚えたからな。

止めろ殿下。話を合わせろ呆然とするな誰だ?と口を動かすな。お嬢様口調はそんなに可笑しいか自分で効果音きゃぴ☆は無いと分かっている止めろ。


先程まで楽しそうだった母の顔は、完全に固まっていた。

物臭で基本静かな娘がいきなりお嬢様口調で話し始めたのだから無理はない。お嬢様口調しろ〜殿下の婚約者になれ〜と口煩く言っていたのに何が不満なのか。


母が固まっても周囲は動く。噂話と囁きで満ち、数多の視線が自分と殿下に集まる。両者共に否定しない事から真実と判断したらしく、難色や目論見など多種多様の反応を見せてくるのは有難いが多過ぎて把握しきれない。

それでも印象付けが出来た分成果は上々で、周りの動きを見ていたら近付く影があった。


髭面の恰幅の良い男が女の子を連れて声を掛けてくる。

確か最初の茶会で王妃に張り付いていた娘だ。王子への想いは知らないが、今睨みつけてくる辺り自分に敵意を持つ事は確かだろう。


「おめでとうございます、ミュート嬢!こんなにも可愛らしい方が婚約者とはこの国も安泰だ!私の娘にも見習って欲しいものですよ。どうか仲良くしてやって下さいね?」


態とらしい手振りと言葉に嫌味かと本気で思う。少なくとも貴方の娘はそんな事欠片も思ってない顔ですよ。

身分によるマナーとは非常に面倒臭いもので、例えば身分の低い者が高い者に話しかけるのは宜しくない。それでも娘の紹介にかこつけて此処にいる辺り狙いは殿下と近付ける機会かその婚約者の機嫌か。

どちらにせよ自分が利用できると判断しての事だろうが、良い度胸だ。


「ありがとうございます!お友達になってくださるのね?嬉しいわ!」


色々とよろしくお願いしますわね本当に色々と、迄続けず返すと踏ん反り返った髭面に社交辞令を続けられた。もう少し話そうかと思ったが次から次へと人がやって来て挨拶を始める。結局お開き迄の時間を人の群れを捌くことに費やした。


口角を引きつらせた母に何があったのか問われたが笑って惚けた。敢えて言うなら殺人未遂とこの国のトップによる進路変更がありましたが極力迷惑を掛けない様にしますので大丈夫です。


欲しかった面白味の無い伝手を得、満足して姫君以上に注目された大広間を抜けると既に日が暮れていた。時計針の様に疲れと眠気が来ては引いて、今晩眠れるか心配な自分が滑稽だ。

帰りの馬車には王家の紋が入っていた。婚約宣言をした自分へ、陛下か王妃の返事だろう。

目敏く見つけた者達の嫉妬と羨望の視線は無視してさっさと乗り込む。どうせ明日から会うことになるし、その時好きなだけ腹でも懐でも胸の内でも探りあおう。

作り笑いをし続けた頰の筋肉が痛い。




…………明日からの計画を立てながら家に帰ると、家ではいつも通り庭師は花を切りメイドは駆け回っている。


今日一日駆け回ったがやっと全て終わったのだ、という実感が湧き上がる。明日からもっと忙しくなる事は考えずにいよう。想像しただけで燃え尽きそうだ。

夕食に胃薬を食べ、カメリアに元のドレスの所在を問われたので血塗れな事だけを話し卒倒され、両親と部下が部屋に篭って出てこなかったので弟と戯れていると夜になっていた。此処三年で間違い無く一番長い一日だった。イベントの詰め込みすぎで最近の大体の事が上書きされそうだ。日記に書くなら普段の十倍の量が書けるだろう。機密事項が混じるしそもそも日記を付ける習慣なんてないが。




……執務室以外殆どの光が消された深夜、眠れなかったのでガバーリョに乗ってピクニックに行こうとしたら庭師に見つかって怒られた。何処に婚約者に決まった夜に家を抜け出す娘がいるのかと言われたが此処にいるし恐らく捜せばもっといる。抜け出すのではなく遊びに行くだけで帰ってくると言い訳したが信用されなかった。普段の行いはこういう時物を言う。


しかし、これから悪役令嬢になるのだ。

夜とは昼間に活動を許されない物達が蟲の如く蠢く時間だ。

悪役なら深夜に夜遊びだってするし、寧ろ間諜としての役目を果たすなら夜こそ本懐を遂げる事が出来る時間。

幸い眠気には強いし夜への恐怖心なんてものは内蔵されてない。しかも今回運悪く見つかっただけで今迄何度もガバーリョと夜の森を抜けていて、最初こそ警戒していたが最近は不審な物音がする度胸がどきどきする様になった。

これが恋か。

ならば相手は夜か森かガバーリョか。そのどれでも上級者向けだが自分は既に婚約者のある身となってしまっているので難易度も高い。


関係のない事をつらつらと考えていたらお説教も終わっていた。今回だけは秘密にしておきますぞとガウディ爺さんは語るが帰り際に庭に鈴蘭を植えたい事を話すと青い顔で首を振られた。腰を抑えてよたよたと家である庭の隅の小屋に帰って行く背中を見つめる。

駄目なのか。母に似合うから植えたいだけで、誰も口封じに毒殺しようなんて思ってないのに。


さすがに今日はピクニックは諦めてベットに潜り込んだ。

瞼を閉じると目の前をぐるぐると人の顔が廻る。

泣く赤子に微笑む王妃と睨む王子、切り離された妖怪の首に無表情のジャグリーン。



どんなに愛おしんでも形を残さず掌の上を滑り落ちる姿に、結局眠れなかった。





ーーーー朝目を開けてドアを開けると、大量の綺麗な箱があった。


充血している目を擦り、瞬き一つ。現実らしい。

駆け回る使用人の一人を捕まえ聞くと、これらは自分へのプレゼントらしい。婚約者になったお祝い品だそうで、適当な箱を開くと大きな宝石の付いた可愛い装飾品が出てきた。どのプレゼントもかなり力を入れていて、次期王妃の椅子はそれだけの価値が有ると良く分かる。


見咎めた使用人に顔を洗う様肩を押され、既に家に押しかけている馬鹿も居るらしい事を聞く。母上に駆除()られるぞ。

一昨日迄の自分なら興味無いがこれからを考えると最初が肝心で、油断させ懐を覗かせて頂くのに子供である事はそれだけで効果がある。自分は無力だが、何も出来ないと断ずる程愚かではない。精一杯うろちょろと嗅ぎ回らせて頂こう。


顔を洗って着替えると玄関に人が居て、見ると昨日婚約者宣言の後最初に話しかけて来た髭面と娘だった。此方を見た髭面は馴れ馴れしく声を掛けてくるし、娘も今度は貼りつけた歪む笑顔で近付いてきた。


お友達として遊びに来ましたの!と言う令嬢にメイドは眉を顰めるが無理もない。身分の高い貴族の家に訪問する際には許可を取る手紙など面倒なマナーがあるが、それら全てをこの親子はすっぽかした。箒で尻を叩いて追い出されたとしても文句は言えない。元々アクスバリより秀でた所なんて何もない家だし、今なら自分もいるので社交界で爪弾きにする位なら出来るだろう。


しかし、それでは意味がない。

此奴等に罪や弱みがあるかは分からないが、それを調べるのに絶好の切っ掛けであることは確かだ。

陛下にスパイをすると言ったがやり方や目標などは不鮮明。なら実験台が必要だろう。


喜びから目の前の令嬢より余程自然に笑いながら歓迎の意を伝える。お茶を用意させますわね、と言いながら驚いているメイドに目で合図した。



……追い出さない対応に驚いていても彼女は優秀で、すぐに場は整う。

思い通りになったからかニヤつく髭面親子に対し、微笑みかける。




「お待たせしましたわ、お掛けになって?(ようこそ実験台!)




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