プロローグ
王宮と裁判所の壁は似ている。
「クベストリア国王、レオンハルトの名において、王太子とアクスバリ家公爵令嬢ミュート・アクスバリとの婚約破棄をここに宣言しよう」
国王陛下が何処か苦々しい顔で宣言する。
折角そんなに整った御顔をされて居るのに勿体無い。
途端に沸き立つ周囲とこちらを見てヒソヒソと噂される悪口に心の中で呟く。
これで良い。
きっと、今、この時のために生まれてきた。生きて来た。
「こうなる」事にしたのは最近だけど、そうなるだろうとは薄々気付いていた。
もしもなんて無いけれどきっと何度繰り返したとしてもこの瞬間を選ぶだろう。
いや、繰り返して、なんて意味も必要もない。
自分に用意された生はたった1つしかない。1つでいい。
だからこそ、ここまで来れたのだ。
案外この状況を楽しんでいるのだと思って小さく笑う。
自分の左手を見る。
手袋に覆われた手では、10年前の傷は見えない。
華奢な刺繍のされた手袋は公爵家の栄華と権力に相応しい高級品だ。
身に纏った豪華なドレスは、愚かな女の傲慢さを醜い本性もろとも隠すのに一役買っている。
……もう、この高級品達を身に付ける必要も無いけれど。
綺麗な薔薇は綺麗なままに、萎れた花を摘んで、捨ててしまわなければならない。
自分に関しては花に例えようも無いほど腐れ切って、救いようが無い自覚は有るが。
捨てる為の苦労をさせてしまって申し訳ない、と他人事のような気持ちで思う。
手袋から視線を離し、瞳を閉じる。
目蓋の裏に映るのは、たった1人の人だった。
思い出の中で、そんな顔をしないで。
笑って欲しいとまでは思わないけれど、それでもそんな心配そうな顔はやめて。
その姿を打ち消す為に俯くと、丁度大衆には項垂れているように見えるらしい。
大きくなる悪口と鼻につく嘲笑が、自分に対して償わせろ、ざまあみろと言っているのがはっきりと分かる。
……潮時だ。
どうやって見苦しく言い訳をしようか考えていると、こちらを真っ直ぐ見る目線と目が合った。
たった今、婚約破棄したばかりの王太子と。
五月蝿くて、鬱陶しい程の雨の日だった。