こんな奴ら現実に存在するんですかね?
「……」
「……」
今、目が合ってはいけない生き物と目が合ってしまった。孤児院の仕事を終えて職斡所に戻る途中のことだ。下町の路地裏に不釣り合いな高価な衣服を纏った子ども。
……。絶対に面倒なやつじゃないですかー。あっ、俺はついにウェイトレスを卒業したんだぁ。気づいたんですよ、ウェイトレスの役を演じたらいいんじゃね? とね。そしたらね、できちゃったんですよ。粗はもちろんあったけど、その辺は回数こなす内に洗練されていったね、うん。マルクは「僕の話……」って落ち込んでいたけど、気づけたのは、お前のお陰だよ。だから、うん、気にすんな。
おっと、つい現実逃避をしてしまった。どうせ護衛か何かが近くにいるんだろと思って周りを見渡すが……。うん、いねぇーな。
「おい、そこのお前」
へいへいへい、何か言ってますよ、この坊。突然だが、俺の嫌いな物は不味い飯、睡眠妨害、親が偉いからと偉ぶる子ども、エトセトラ、だ。つまり何が言いたいかと言うと、こいつは嫌いな奴だな。たぶん。
「道がわからん、案内しろ」
へぇー、そうなんだ! 大変だね! じゃっ、頑張って!
「おいっ、どこに行く!」
ちっ、お付きの者に頼めよ。何だってこんなところにいんだよ。いや、何となくわかるけども。大人しく自分の住む世界に引っ込んでろよ。他者の世界を許容できるようになってから出てこい。
「勉強ばかりでつまらんから抜け出して来たというのに、こんな薄汚れたところに迷い混んでしまった。早くここから出せ」
あぁん? 何で勝手に聞いてもいない状況説明しだしてるの? 何で命令されなきゃならないの?
「何だ貴様、その態度はっ!」
何でしょうねー? 俺にはさっぱりわからないですー、帰ってお父上に聞かれてはいかがです? あっ、帰り道がわからないのでしたっけー? ぷぷぷー。
「ぷふっ」
「貴様ぁ! 何がおかしい!」
えー? そんなに怒らないでくださいよー。ちょっと本音が口から吹き出しただけじゃないですかー。そんなに短気だと女に持てませんよー? はっはっはっ、そんな攻撃当たらんなぁ。そんな大振りな攻撃でこの俺を捉えることなどできんぞ?
「若! ここに居られましたか!」
む、新手か。
「お前達! あいつを捕まえろ!」
「は? あの少女をですか?」
んん? 頭に血が昇っていますなぁー? そいつらはお前を連れ戻しに来たやつらですぞー? よろしいのですかなぁー?
「よくはわからんが、この俺を馬鹿にしている気がする!」
「は、はぁ。すまないが話しを聞かせてもらえないか?」
ふむ、だが断る!
「なっ!? えっ!?」
ふはははは、驚いたか! 俺にかかれば、後ろに跳躍っ! そのまま屋根の上へ飛び乗ることなど余裕なのだよ! 忍者の様で大変気に入っている技だ! 人前で披露できて気分がいいから、今日はこのぐらいで勘弁してやろう! アデュー!
「あっ! 待て!」
待てと言われて待つ奴がいるか。あばよ、坊っちゃん。気持ちはわかるが、勉強はサボんなよ。
「お前の顔は覚えたからな! この俺を虚仮にしたこと、後悔させてやる!」
ふはは、負け犬が吠えておるわ! 貴様に何が出来ると言うのだ! 吠えるのだけは、一人前だな!
「覚えていろよっ!」
とまあ、こんな感じで遊んでやった数日後、坊は再び現れた。
「貴様! 遂に見つけたぞ!」
うわぁ、本当に来たよ……。
「……何でメイドのような格好をしているのだ?」
仕事中だからですが?
「若、彼女は仕事中なだけでは?」
「お、俺は、メイド風情に、あの様な屈辱を?」
「いや、そうとは限らないかと思いますが……」
「俺と決闘しろ!」
「若!?」
ふぅ、今の俺は何だ? マスターの経営する喫茶店のウェイトレスだ。ならば、やるべきことは一つ。
「いらっしゃいませ、三名様でよろしいでしょうか?」
接客だ。つまり遠回しに帰れと言っているのだが、伝わるだろうか? 伝わらないだろうなぁー。だって、人の話しを聞かなさそうだもん。
「き、貴様ぁ!」
「よろしいですよー」
「ロイク!?」
「まあまあ、若様。彼女の仕事が終わってからでもいいじゃないですか」
「何だと!?」
「このままここで吠えていても若様の小さな器が露見するだけですよ?」
「器が小さいだと!?」
「えっ!? 大きいと思っていたんですか?」
「はあ!?」
客か? 客なのか?
「はぁ、若。ロイクの言う通りかと」
「アベル!?」
「今のお姿では少なくとも大きくは見えません」
「なっ、なっ」
もう帰れよ。若様のライフは残ってないよ?
「という訳で、三人ね」
帰らないの!? あんたらも中々に鬼だな。若様、放心状態じゃん。
「では、こちらのお席へどうぞ」
だが客だと言うならば仕方がない。
「あっ、お嬢さん、もう注文良いかな?」
「はい」
「えーと、コーヒーが二つとオレンジジュース。あと、このケーキを、お前は?」
「私はいい」
「じゃあ、二つで」
「かしこまりました。少々お待ちを」
「はいはーい」
……。
「お待たせいたしました。コーヒーとオレンジジュースです。……ケーキもすぐにお持ちいたします」
「ありがと」
……。
「お待たせいたしました。ご注文は全てお揃いでしょうか?」
「うん、揃ってるよ」
「では、ごゆっくりお召し上がりください」
ふう、このまま大人しく帰ってくれないかなぁ。無理だろうなぁ。
「あっ、お嬢さん、次はいつが暇?」
「は?」
「いやー、若様さ、今こんな状態でしょ? また出直そうかと思って」
「はあ」
ほとんどお前達のせいだけどな
「だからさ、時間とれる時で良いからもう一度だけ会って貰えないかなぁ」
えー、嫌だなぁ。
「そんな嫌そうにしないでよ。お嬢さんも仕事中に押し掛けられるのも迷惑でしょ?」
そうですね、迷惑度が増すだけで迷惑なのには変わり無いけどな。
「若様しつこいからさー、どうせまた来るよ? 相手の都合なんてお構い無しだし」
最悪だな。
「なら、暇なときの方がいいでしょ? 日程が決まってたら、若様も我慢できるから」
……。
「そんな顔したって、お嬢さんがすると、ただのご褒美だよ?」
……。
「あっ、そんな蔑まれた目で見られたらっ!」
「ロイク」
「ジョークだよ。場の空気を和ませる為の小粋なジョークじゃないか」
……この男、なんて半端ないコミュ力だ。こんなジョーク普通ぶっ込めないぞ。……顔か? 顔なのか? 顔が良ければこんなジョークを言っても許されるのか!? だから迷い無くぶち込めるのか!? 経験に裏打ちされた自信ってやつか!? ……軟派な雰囲気も相成って恐ろしく違和感がない。
「すまない。君に迷惑をかけるのは本意ではないんだ。しかしどうか受け入れてはくれないだろうか。伏して頼む!」
……なんて恐ろしいコンビネーションなんだ。ここで硬派な雰囲気を放つイケメンが頭を下げるだと? 凄まじい威力だ。こっちは何も悪くはないのに、何か俺が悪いみたいな空気になってきている。
え、なんなの? 俺が悪いの? あんなに頭を下げてるのに、みたいな空気になるの止めてくれません!? 俺は何も悪くないじゃん!! そんな目で俺を見るな!! むしろ俺が迷惑かけられているんだけど!!
……狙ってやってんの? だとしたら物凄く質が悪いんだけど!!
「……」
「そうか、すまない。無理を言ってしまった。若は私が責任を持ってお諌めする」
……。
「……明後日」
「え?」
「明後日なら」
「本当か! ありがとう!」
……俺には耐えきれなかった。……何だよあの空気! 俺の味方が一人もいねぇ! しかもこの人は素だろ! 素だと言ってくれ! 最強かよ! 軟派野郎の方は絶対に確信犯だろ! なぁ! 笑ってんじゃねぇよ!
「アベルは恐ろしいねぇ」
「何のことだ?」
「こっちの話しさ」
天然ですか、そうですか。軟派野郎とは違う意味で刺されそうだな! パッと見は同じだけど中身が違う。でも結果は同じってか!?
「そういう顔も可愛いねっ!」
あぁん!?
「ひゅ~、おっかない」
何だこいつら、主従揃って面倒臭いな! 結局押しきられてるし!
「じゃあ、明後日の昼過ぎにここに来るよ」
まいどどうもっ!
「あっ、領収書貰える?」
ちゃっかりしてるな!
おっさんA「あれが、嬢ちゃんの言っていた小僧か」
おっさんB「早くも虫が涌いたようだ」
おっさんC「駆除せねば」
おっさんD「早速だな」
おっさんE「行くか」
ガタッ
おっさんA「っ! 所長!」
おっさんB「なぜ止めるのです!」
おっさんC「これも嬢ちゃんの為?」
おっさんD「所長がそう言うならば」
おっさんE「ここは退きましょう」