お前……、実はヒロイン枠だったのか?
お久しぶりです。
クロエは生物学上は女性です。
大切な事なので二度言います。
クロエは生物学上は女性です。
姫殿下(宰相閣下にこっそりと教えてもらった)の魅了を封じ込めろという無理難題を仰せつかって早三ヶ月、音沙汰が無いということは恐らく成功したのだろう。失敗していれば宰相閣下から連絡が来るはずだ。……たぶん。
細かいことへ頓着しないことに定評のある俺は、この穏やかな気候を満喫すべく学院の中庭へと足を運んでいる。池のほとりに建てられている東屋は気持ちよく昼寝をするために建てられたに違いない。
極東の島国なんかと違って不快な湿気に気を煩わされることなどなく、そよそよと吹く風のみで涼をとれ、陽射しは眠気を誘発する程度のものだ。これだけの条件が揃っていて昼寝をしに行かない理由があるのだろうか。いや、無い。
そんな俺の機嫌は最高に良い。普段は無愛想な反応しか返さないが、今はにこやかに返事を返す。何故なら機嫌が良いからだ。
「ごきげんよう、マオ子爵」
「ごきげんよう」
普段なら(心の中で)鼻で笑うような挨拶だが、今なら自然と出てきた言葉で挨拶を返すことが出来る。さらに、この学院に赴任させられてから身につけた貴公子スマイルを添える。オーダーメイドした軍服モドキな服装も相まって、挨拶してきた女子生徒どもからは小さく黄色な反応が伺えるではないか!
そうであろう、そうであろう! やはり軍服は格好良いのだ! せっかく好意で配布してやった受講生どもは「何ですか、これ?」的な反応をしやがって! 今時の若い者は浪漫を解していない輩が多すぎる! 格好良いは正義だ! 故に! 戦車や戦艦は正義である!
そんな当たり前の真理を再認識しながら歩いていると目的地に到着した。ところがなんということだろうか、先客がいるではないか。三人の女生徒が一人の女生徒を囲んでいる。三人の方が攻勢をかけ、一人の方が防戦一方のようだ。というか、一人の方の女生徒はエミリーだった。
何であいつは恋愛物のヒロインみたいな状況に陥っているんだ? 俯いて膝の上で拳を握り締めている様なんて、物語のヒロインそのままじゃないか!
そこで私は彼女等に気取られないように接近した。さすがに距離があったので話している内容までは聞き取れていなかったが、距離を詰めることでそれも可能となった。
「何とか言ったらどうなの!?」
「アルフレッド様と親しげに会話をなさるなんて、何様のつもり?」
「セドリック様やクリストフ様ともよく二人きりでお話しなさっているとも聞いていますわっ」
ふむ、なるほどわからん。女子の会話は基本的に理解不能だな。誰が誰と話そうが個人の勝手だろうに、横から口を挟む奴は何の権利があって横槍をいれるんだ。
いや、わからなくはない。「自分の物にならないのならば、せめて納得の出来る相手に……!」ってやつなんだろうが、恐ろしく自己都合な考え方過ぎるだろう……。世界は貴女を中心に回っているわけではないんですよ? 衛星の衛星の衛星ぐらいの可能性になぜ思い至らないのか……。それは、自分を物語の主人公だと思いたいからです。キリッ。……ま、黒歴史ってやつですな。
「その上、滅多にお笑いにならないマオ子爵から笑顔で話し掛けられるなんて……!」
「そんなに直弟子というのは偉いのかしら!」
「……まだ、何もおっしゃらないつもり!?」
えぇ、俺ってそんな扱いなのぉ? いや、実力主義なこの国で? 前人未到の? 偉業を成したけども? そんな風に思われているなんてなぁ。照れるじゃないかぁ。
「えっ……と、何とか?」
「ふっ、ふっ、ふざけないでっ!」
「このっ!」
おいおい、わが弟子よ……、火に油を注いでどうするんだ……。良いぞ、もっとやれ。
「オレリア様、ブランシュ様、その辺になさって?」
扇子をパチんと閉じながらのたまう最後の一人。……えっ、ちょっと待ってくれ、なんでこの世界に扇子が? ………………あっ、俺が考案したんだった。忘れてたわ。いや、それにしても使いこなしすぎじゃね? 俺は未だにそんな綺麗に閉じられねぇわ。
「しかし、シャルリーヌ様」
「彼女に立場というものをーー」
「マオ子爵がご覧になっているわよ?」
ほう。術を解いて、彼女たちの前へと姿を現す。
「よくお気づきになられましたな、マドモアゼル」
「簡単なことですわ、子爵がわざと術を甘く行使なさっていたからです」
確かにその通りだが、ここの先公でも気づくのは一握り程度の甘さだ。それに気づくとは、よく研究している。
「お名前をお聞きしても?」
「シャルリーヌ・アルナルディですわ。以後、お見知りおきを……」
「覚えておこう」
見事な淑女の礼をして見せるシャルリーヌ嬢。ふーん、坊っちゃん嬢ちゃんの巣窟だと思っていたんだが、一人二人は優秀なのがいるもんだな。やはり今日は良い日だ。馬鹿ばかりではないと知れて、幾分か気が紛れるというもの。
「あ、あのっ」
「わ、わたくしはっ」
なんだこいつら、まだいたのか。馬鹿の相手は疲れるんだよ。
「シャルリーヌ嬢、今回は貴女に免じて見なかったことにしましょう。一人を集団で囲むのは校則に反する行いですからな」
まあ、個人的にはこの程度は跳ね退けろと思うが、大多数の生徒からすれば無理難題だろう。そもそもそうならないように立ち回る政治的なセンスを身につける場だろうしな。あるいは選別するための場か。
「お目汚し、申し訳御座いませんでした。オレリア様、ブランシュ様、行きましょう」
「えっ……」
「で、でも……」
引き際も見極められないとは……、程度が知れるというものだな。学園中を先生方の使い魔やら何やらが監視しているというのに、こいつらの未来は明るく無いだろう。名目上は警備の為となっているが、他の事に利用しない訳が無いよなぁ?
「これ以上は、マオ子爵の不況を買うだけでしてよ?」
シャルリーヌ嬢のこの一言が決め手となり、二人は消沈気味にこの場を後にした。そんな心理状態でも挨拶は忘れていなかったのだから、その点はしっかりとした教育は施されていたんだろうな。だが残念。ところが政治的な教育は施されていないか、施されていても身につかなかったのだろう。可哀想に……。
「……いつから見ていたんですか?」
こいつ……、やっと自然に敬語が出てくるようになったか。やはり自分以外の人間が師に対する様子を客観視できたのが大きいのだろうか……。うん、一対一の指導はやはり限界があるな! だからといって新しく弟子をとる予定もないがな!
「「何とか言ったらどうなの!?」くらいからだな」
「結構最初のほうからですね……」
へー、そうなん? 興味ないからそれ以上の詳細な説明は要らんぞ? それにしても元気ねぇな。
「なんだお前、落ち込んでいるのか?」
「え? ……それは、そうですよ。やっぱり同年代の子達に嫌われるのは辛いです……」
俺が隣に座ると、エミリーは少し体を跳ねさせるも心情を吐露する。……少し荒く座ったかもしれないが、そんなにビビることないだろ。
「トロアの人たちはみんな優しかったです。でも、ここの人たちはどこか壁を感じます。クラスメイトもどこか壁を感じるし、田舎者の貴族モドキとは仲良くしないって言われているように感じるの」
後半になるにつれて、涙声になるエミリー。ははん、さてはこいつホームシックだなぁ? 暖かい場所に浸っていた奴ほど、その逆の場所に放り込まれると発症しやすい奴ですな?
俺も長い間おっさん達と会ってないな……。まあ、別に寂しいとか感じたこと無いけど。だってマリアさんがいるし。だってマリアさんがいるし!
「寮の人たちは私のことを汚いものを見るみたいな目で見てくるし!」
そう言って、両手で顔を覆うエミリー。肩も震えているので、泣いているみたいだ。ふんふん、では少し失礼してお膝を拝借。あー、美少女の膝枕とか最高なんじゃー。肘に挟まれて大きな胸が強調されているんじゃー。下からポインポインするんじゃー。
「どうして、クロエちゃんは、平然として、いられるの……?」
嗚咽混じりに聞いてくるエミリー。質問の意図するところは不明だが、精神的に弱った、可愛い女の子が泣いている様とか、昂るんですけど! 嗚咽混じりに喋るとか、ありがとうございます! 願わくば! 泣き顔を見せては頂けないでしょうか!?
「わたし、知っているんだよ? 貴族の人が、クロエちゃんのこと、良く思っていないこと」
何を言っているんだこいつは……。こんなポッと出の、しかもちんちくりんな女の、しかも成人ま、いや、今は書類上は成人済みだったか。そんな訳のわからん奴が「これから皆さんと同じ貴族になるクロエちゃんです。仲良くしてあげてくださいね」なんて言われた程度で仲良くしようなんて思う奴は少ないわ。
保守脳な伝統ある家の人間ほど反発するに決まっている。そして声が大きいのは決まってこういう奴らだから数も多く見える。そんで味方が多いと勘違いしてさらに大声を上げる。こんな奴らとまともに向き合う奴は、ただの阿呆ですな。
つまりお前はうつけ者である。あんな阿呆と同じと思われたくないって奴は密かに接触してくるし、興味の無い奴は興味が出るまで関わって来ない。もしくは機を見計らっているかだな。
付き合う相手を選べば、さほど不快指数は高くならない。まあ、俺の場合は鬱陶しい奴を物理的に排除しているのもあるけど。
というのが俺の考えではあるが、こんなこと言ったところで理解できるとも限らんし、求めているとも思えんな。やれやれ仕方がないなぁ。
「自分を救えるのは結局のところ自分だけだ。物語のヒロインのように助けて貰えるのなんざ人生に一度あるか無いかの大博打な上に、自分の望む結果をもたらしてくれるとも限らない」
ふむ、やはり重い。所詮は脂肪の塊、重力に抗う術を持たない故に全質量を預けて来よる。だが我が手を離そうなどという気がまるで起こらぬ。吸いつけられたかのように揉むことを止められぬ……。
「ならば自分で望む形に近づけるしかない。どうすればそれに近づけるか考え、試し、修正する。それの繰り返しが一番確実な道筋だ」
うーん、このたわわに実った果実についているであろう突起物を摘まんだらどうなるかなぁ……。さすがの俺でも空気抵抗を感じるしなぁ……。
「人に言われた通りにするのは簡単だ。失敗した場合、その人の性に出来るからな。だが救われることはないだろう。そもそもその人にとっては他人事だ。お前の頭の中なんてお前にしかわからないんだからな」
うーむ、擦擦してみる。最初は遠くから、じわりじわりと頂へと近づけて行くのだ……!
「だから自分で考えろ。幸いにもお前の近くには、お前の力になってくれようとする人間が少なくとも数人はいる。聞け、そして考えろ」
「ぅんっ」
うひゃぁっ、少し擦った! 思わずまた外周へ移動してしまったじゃねぇか! ……ビ、ビビってねぇーし! ビビってねぇーし! ……やってやんよ、もう一回やってやんよ! チキンレースだオラァ!
「そして実行しろ。当初の考え通りの展開にはならないかもしれない。でもな、うじうじ悩んでいるよりかは、遥かに良い気分だろうよ」
ふ、ふふっ、ビビってねぇが、ビビってはいねぇが、なかなか距離を詰められないぜ……! けしてビビっているわけではねぇが、最終防衛ラインに近づけねぇ! ふ、ふふっ、……ん? な、何だ!? 顎と頭頂を押さえられただと!? さすがに怒ったか!?
「少しだけ、少しだけでいいから……。このままにさせて」
ふ、ふぅ、頭突きをされるのかと思って思わず目を瞑ってしまったが、なんてことはないデコとデコを触れ合わせただけだった……。いや、少しもビビってなんか無かったけどな。いいか? 少しもだからな!
「ぐすっ……、んんっ」
いやぁ、良い匂いがしますわぁ。このまま眠りにつけるぐらいっすわぁ。いくら俺でも胸を揉むのを止めますわぁ。だって揉みにくい体勢だし。お腹の上で手を組んで寝る体勢ですわぁ。
「ぐすっ……、ふふっ、ありがとう。……クロエちゃんはわたしの相談に乗ってくれるよね?」
はんっ、体を起こすタイミングでデコにキッスしていきやがった。相談に乗ってくれるかだと? さっきまでの状況なんなんだよって話ですよねぇ! ……いや、冷静に考えたらセクハラしていただけだったわ!
「ふんっ」
目尻に涙を溜めながら微笑むその顔を網膜に焼き付ける。あまり長いと怪しまれるので程ほどで切り上げるのがポイントだ。いやいや別に? 何も? 疚しいことなんて? してないですけどね?
「ふふっ、わたしもそろそろ授業に……、あれ? 立ち上がれない……!?」
横向きに体勢を変えた俺は、スベスベの太ももを擦り擦りしながら本格的に寝に入る。
「クロエちゃぁん……」
うるさい、枕が勝手に移動するな。
おっさんA「もう随分と嬢ちゃんに会っていない……」
おっさんB「寂しい……」
おっさんC「俺たちのこと、忘れて無いよな……?」
おっさんD「いや、え……?」
おっさんE「いやいやいや」
おっさんズ「………………」
ガタガタガタ
受付嬢 「えっ!? ちょっと、どこに行くんですか!?」
おっさんズ「ちょっと王都まで」
受付嬢 「こ、困りますっ! もう大襲撃の時期なんですよ!?」
おっさんA「ちっ、なんて間の悪い」
おっさんB「本当、空気読んでくれないかな」
おっさんC「何だって今なんだ」
おっさんD「いっそこっちから攻め込むか?」
おっさんE「いや、まとめて潰した方が早い」
おっさんA「……全力でいくぞ」
B,C,D,E 「応」




