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女にされて異世界へ!?  作者: ゆりかもめ
36/39

実に不快である

蓄積ダメージがなかなか抜けない……。

 王女殿下と共に宰相閣下の後に続いて歩を進めた場所は、王城のおそらく中庭。光の入る角度まで計算し尽くして造園されたであろう庭園は学の無い俺には何処がどう凄いのか説明出来ないが、ただただ見事だと言えるものだろう。


 しかしこの庭園を目にして俺は眉をひそめざるを得ない。綺麗に刈り揃えられていたであろう芝は幾人にも踏みにじられ、どの角度から見ても素晴らしい景観を見せていたであろう庭園は人で溢れ返り、見るに堪えない有り様となっていた。


 その元凶は、庭園の真ん中に鎮座している若い、少女といっても過言ではない女性に抱き抱えられた非常に小さいソレ。ごく平均的な体格の女性が苦もなく抱き抱えられる程に小さい。


 年若い女性の隣には同じ頃合いの男性の姿もある。男性は元凶を抱き抱える女性の邪魔にならないように元凶に対して構ってみせていた。


その男女は恐らく夫婦。ならばその中心にいる元凶のソレはその夫婦の子供だろう。全包囲に愛嬌を振り撒くその姿は赤子としては正常な光景のはずだ。しかし、俺の視線の先に広がる光景は異常の一言に尽きる。


 中庭の立地的に人通りは多い。その通りかかった人のほとんどがその一家の下へと吸い寄せられる。まるで光に群がる蛾の如し。


 俺がこの場に着いた時点でかなりの人数が取り巻いていたのだが、その人数はなおも増加している。これを異常と言わずして何を異常と言うのか。


「あれは?」


 まさかとは思うがこの胸くそ悪い光景を見せるために俺を誘ったのではないはずだ。もし誘ったのであれば、それはもはや宣戦布告だろう。


「うむ……、あそこに居られるのは王太子夫妻なのだが……」


 ほう、アレが……。話しには聞いていたが、最近御子がお生まれになっていたのだったな。それがアレか。この国の未来は真っ暗だな。


「そうですか、アレが」


 隣からギョッとしている雰囲気を感じるが、そんなものは知らん。別に王家に忠誠を誓っている訳ではない。勝手に爵位だか何だかを送って寄越しただけの存在だ。


「う、うむ、御子がお生まれになってからどうも王宮の様子が変でな。私も距離が開けば何とも無いのだが、近いとああなってしまうのだ」


 はんっ、それはそうだろう。あの赤ん坊、魅了の魔術を広範囲に、それも無差別にばら撒いてやがる。魔力持ちの貴族が集まる王宮でこれだ、将来が危ぶまれるな。


「宮廷魔術師もどうしようもなく、藁にもすがる思いで卿に声をかけたのだ」


 宮廷魔術師どもにさえどうにも出来なかったことを何故に俺に話すのかね。職責の範囲を越えた仕事はお断りなのだが。


「伏して頼む! このままでは国の存続に関わる! あれは異常だ! 我々ではお諌めしようにも近づけばああなる! もはや卿を頼る他にないのだ!」


 人の目が少ないとはいえ、一国の宰相が小娘に頭を下げるかね。だが、アレがこのまま成長すれば国の存亡に関わるのは必至。良くて荒廃する程度か……。はぁ。


「それが運命と諦められては?」

「国のため、ひいてはそこに住む者のためとあらば運命にさえ抗うのが貴族の務めだ」


 まあ、そうだろな。


「ましてや私は宰相位を陛下より賜っている身、どうして諦められようか」


 ふむ。


「今、目の前に希望が在るのだ。卿の協力を得られるのならば私の尊厳など塵芥に等しい!」


 はぁ……。


「一時しのぎにしかなりませんが」

「構わない」

「不敬も働きます」

「目を瞑ろう」

「後は……」


 何も思いつかねぇ。でもそんなの関係無ぇ。


「まあいいや」


 ごちゃごちゃと考えるのは性に合わない。今もなお微弱とはいえ俺の精神を犯そうとする行為が気にくわない。宰相閣下の気持ちなんざ知らん。憂国の士でもなければ義憤からでもない。ただただ不快だ。回りくどいことは大嫌いだ。ならば正面から食い破るのみ。スカッと行こうぜ。


「ど、どこに行く! 近寄ると卿、も……」


 この程度の精神攻撃で俺の防壁を突破するのは不可能だ。あの森ではこの程度児戯に等しい。そもそもこの手の攻撃は俺の十八番だ。その点から言っても勘に触る。


 これより先はアレの領域。生半可な奴では取り込まれて終わりだ。ならばこそ、そこで打ち破るに限る。……何とも甘ったるい空気、不快だ。何となく表情が動くのがわかる。不快だ。だがこの程度、打ち払うのは容易い。


「井の中の蛙、大海を知れ」


 魔力のみでの精神攻撃なんざ三流、それでこれだけの人数を支配したことは誉めてやる。だが、それだけだ。この場に満ちた魔力を散らせば、お前はただの赤ん坊だ。拍手(かしわで)を一つ。ふふっ、周りに反響する良い音が出た。もうあの不快な魔力はこの場には無い。代わりに満ちているのは庭本来の清涼な魔力。ただの植物のみで構成されているこの庭だからこそだな。


「ん? 私はここで何を?」

「あれ、私は厨房に向かっていたはず……」


 混乱者が多数だな。まあいきなり支配が切れたら記憶の整合性に支障をきたすだろうからな。仕方ない。ざわざわ……ざわざわ……

。そんな混乱の坩堝と化していた庭園の空気を変えたのは更なる混乱であった。


「なっ、王太子殿下に王太子妃殿下!?」

「お目汚しを申し訳ありません!」


 おお、混乱を助長させる存在がいたか。て言うかそんなに取り乱すほどのことなの?


「良い、各々の職務に戻るがいい」

「はっ、失礼致します」


 ざっと揃って頭を下げる群衆。その後は潮が引いていくかのように王宮へと消えていった。……え、何なん、練習でもしてたのってぐらい息がぴったりだったんだけど……。怖い……。


「さて説明をしてもらえるかな、宰相殿」


 こちらにチラッと目線をくれた王太子殿下は十分に安全を確かめてから近寄ってきた宰相閣下に問いかける。ちなみに王太子妃殿下は困惑の表情を浮かべながらも俺から視線を切れないようだった。あれかな、幼い我が子を守るための母性的防衛反応なのかな?


 であればその期待に応えなくてはなるまい! ちょうど元凶が我に帰って来たところだ。ちょろちょろと魔力が垂れ流され始めている。さすがに王族とはいえ我が子の精神干渉には防壁も働きにくいのか、目が濁り始めている。


「『眠れ』」


 人差し指を対象へと指し示し、言葉に魔力を乗せて紡ぐ。極東の島国には言魂という考え方があるそうだ。何でも言葉には魂が宿るらしい。魂の宿った言葉には力が生じるそうだ。


 突然の俺の行動に対して一同はまず驚き、ついで警戒を露にこちらを睨んできた。そして威嚇の言葉を飛ばしてくる。


「何をした」


 恐ろしく低い声だ。まるで敵に対して言葉を発しているような。


「……」

「どうしたなぜ何も言わぬ」


 背筋を伸ばし、顎を引く。この体がいくら小さいからといって座っている奴よりも目線は上だ。そして今でも大概慇懃無礼だが、見下すような不遜な態度をとってはだめだ。相手の目を真っ直ぐと見据える。


「……」

「……あぁ、直答を許す」

「はい殿下、そちらの……えー、殿下が魔力を垂れ流し始めましたのでーー」


 幼すぎて男女のどちらかなのかさっぱりわからない。というかそんなレベルの幼子を外に出してよろしかったですかね?


「ーー例え殿下といえど精神支配を受けていてはまともな思考をできるとは思えませんでしたので、誠に勝手ながら眠って頂きました」

「なるほど……」


 納得したかのように見せかけて視線だけはずらす。その視線の先には当然のごとく宰相閣下がいらっしゃる。


「我が名と国王陛下に誓って安全を保証いたします」


 宰相閣下は左膝を地につけ、右手を心臓の上に起き四十五度の最敬礼で答えた。実に見事。これをされてその言葉を信じられない人は人間不信な奴に違いない。


「…………そうか」


 王太子殿下は何とかその一言を絞り出すと黙考しはじめる。いやぁ、良い天気だ。あおぞらが七、真っ白な雲が三の実に自分好みな空模様である。こんな日は原っぱで寝転がって空を眺めていたい。頭を空っぽにして時間を浪費する素晴らしい行為だ。


「外部の人間を頼るほどに悪化しているのか、とすまない楽にしてくれ」


 何か王太子殿下が話しているが、どうせ宰相閣下に向けてだろう。俺とは位に差がありすぎて基本的に会話なんて出来る存在じゃないはずだからなぁ。


「はっ、恐れながら申し上げます。この者は学院の教員補佐の任に就いておりまして、その講義の初日に三十人以上の人間を同時に幻術にかけてみせております」

「ほう」

「更に調べてみますと、過去に二人ほど指一本触れずに廃人にしております」


 はへー、よく調べてはりますな。宰相職は暇なのかな? まあ、王太子殿下に会わせようとする人物は普通調べるか。面識のない相手なら尚更な。


「ふん、なるほどな。実績はあるようだ」


 キリッとした王太子に相応しい表情をしていても、デレデレな表情を見てしまっているから全然決まってませんよ? でも、何か試されているような気がするから正面から見返してみる。これってダメな気がするが、どうでもいいや。


「……不敬な奴だ。俺は自分の目で確かめたものしか信用しない質でな、お前の力を示してみせよ」


 ほう?


「では僭越ながらーー」


 宰相閣下の真似をして右手を心臓の上に起き、三十度の敬礼。皆の意識は目の前にいる俺に向けられている。そして相手を幻術にかけるのに一番簡単な方法は意表を突くことである。


「ーー我が術中に嵌まっていただきます」


 突然、王太子殿下の右後方から声をかける。先程まで正面にいた人間の声が違う場所から聞こえたら、ついそちらを見てしまうだろう。今回は念を入れて誰かが草を踏み音も発生させた。


「なっ!?」


 驚き振り向いた先には、後ろで手を組み立つ俺の姿。皆の目が幻の俺に釘付けられたその隙に、俺の姿が視界の端に入らないように術を発動する。簡単に言うと光学迷彩みたいなものだ。そして間髪を入れずに、左後方に幻影を出現させる。


 右後方に突然現れた俺が、言い終わるや否や一歩踏み出すと同時にその姿は霞む。そして完全に消え去る前に左後方で草を踏む音と霞みから出現する俺の姿を認識させる。まるで空間を移動しているかのような演出だ。


「っ!」

「こちらを向いていてよろしいので?」


 言い終わると指を鳴らして空気に溶けるように幻を消す。そして最後に声を発するのは本体の俺だ。


「私から目線を切ってしまわれていますよ、王太子妃殿下」


 王太子妃殿下の真ん前まで来た俺は、姫殿下のほっぺをつつく。癖になるぜ、この感じ! それにしても不細工だなぁ

。だって顔がぱんぱんに腫れてるもん。これがブサカワってやつ? 私、わかりません!


「は、離れなさい!」


 えぇ、ふにふにして気持ちいいのに……。それにまだ人差し指を差し出して握ってもらうのしてないんですけどぉ! ……けど仕方ないか諦めましょう。大人しく一歩踏み込めば切り捨てられる距離まで下がる。


「詳しい話しを聞こう。付いて来い」


 え、今からっすか? 今日はもう帰りたいんすけど……。え、ダメ? そっかぁ。宰相閣下、そんな可哀想な子を見る目で見ないでくださいよ。王太子妃殿下はキッて睨んできたし……、貴女がやっても微笑ましくしか感じないですよ? こう、限界まで弄りたい感情が湧いてくる。試して良いかな!? え、ダメ? ちぇっ。

クロエ 「つんつん」

王太子妃「……」

クロエ 「怒った?」

王太子妃「…………いえ」

クロエ 「つんつん」

王太子妃「…………っ」

クロエ 「怒った?」

王太子妃「いいえっ!」

姫殿下 「キャッキャッ!」


宰相閣下「キリキリ」(胃が痛む音)

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