またか、またなのか
残業に次ぐ残業の終わりが見えて、ある程度は気力が回復したので投稿。
色々と雑ですが、お目こぼしの程を……。
学院の教員補佐なんて職に就いてはいるが、正直やることはそんなに無い。担当している連中も訓練を騎士団みたいに一日中やるわけではなく、座学も履修している。他の面子よりも戦闘系の比率が高いだけで、教養面の方が優先されている。仮にも貴族子弟だからね。
日常の訓練なんて基礎的なものを終始行い、それをひたすら繰り返して行うのみだ。言ってみれば部活動みたいなものだな。バルさんが部長で、俺が監督ないしコーチ。バルさんが後方勤務で、俺が前線勤務だ。
なので、昼間はわりと暇です。最近までは王都の探索に時間を割いていたが、大方歩き尽くしてしまったんだよなぁ。特に目新しいものは既に無く、これといった目的のない散策を行っているのが現状だ。
何か他の暇潰しを見つけないとなぁ。スラムの方を重点的に行ってみるかな。王都クラスならなかなかに濃い闇が拡がっていて楽しそうだ。
……なんて考えていた、つい一秒前の自分をぶん殴りたい気分だ。厄介事に巻き込まれてからじゃ遅いんだぞ! 自分でコントロールできる範囲を越えたら、その先は神のみぞ知る領域なんだぞ! そんなのを見通せるのは諸葛孔明クラスの変態だけだ!
さあ、今ならまだ間に合う。明らかに高貴な出自の美少女がこんな路地裏にいるなんて厄介事の匂いしかしないじゃないか。一応マントを被って潜む努力はしているが、隠しきれていないぞ? 丈の長さをもうちょっと考えろよ! 服の一部が裾からはみ出てるわ! 下の服も変えろよ! 忍ぶ気あんのか! そもそもマント自体が高級品だろ、それぇ!
……よし、俺は何も見ていない。平穏な日常万歳、非日常など本の中の世界だけで十分だ。……そうだ、本を買って帰ろう。かなりの高級品だが、なに金ならある。なんか知らんが報償金が出ていたからな。
小腹も空いたな。時間も昼時だし、市場を冷やかしつつ屋台の物で済ませよう、そうしよう。汚い野良犬も腹を空かしているみたいだ。あぁン、やんのかゴラァ!? 牙剥くならよぉ、ちゃぁんと相手を選ばんかいっ!
はっ、雑魚が。情けない声だして逃げて行きおったわ。……いや、待てよ? あっちってやばくね? 方向とタイミング的に嫌な予感しかしない。……行くか。
「は、離れなさいっ、不敬ですよっ!?」
「ゥゥゥゥゥガウッガウッ」
「ひうっ」
いや、うん、こんな気はしてたよ。俺はいつか絶対あの野郎をぶん殴る。絶対にだ。さしあたってあの犬畜生を追い払うか……。足元にある小石拾い上げ、を親指で弾く。野良犬の右前足付近の地面に直撃した石ころは石畳に弾かれて少女のすぐそばに着弾する。
「ギャウ!?」
「きゃあ!」
侵入角、速度ともに計算通りの数値を叩き出して、予想通りの結果を導きだした。ハハハ、そんな意趣返しだなんて、ソンナコトナイデスヨー。ちょっとしたお茶目って奴ですね、ハイ。
「去ね」
精一杯の威嚇をするまでもなく機嫌が悪いので、それを取り繕わずにストレートに発露する。犬っころは大人しく引き下がって行った。懸命な判断だ。
ふぅ、俺は紳士だ。いや淑女だ。優しく諭す程度のことなど容易い。
「お嬢さん、悪いことは言わねえ、さっさとお家に帰りな」
「うぅ、でも」
プラカード掲げて大通りを練り歩いている場合じゃ無いだろう。ちゃんと自治体の許可は取っているか? え? そこは裏通りだって? 知ってるわ。
「はぁ」
ため息一つにそんなビクつくこと無いだろう。座り方が荒かったのは認めるが、どんだけ箱入りだよ。度胸があるんじゃなくて、外の世界を知らなかった無知から来る好奇心による行動か?
ますます持って面倒くさい。何が目的かは知らないが、こっちとしては迷惑極まりないな。はてさてどうしたもんかねぇ。なんて考えていたら可愛らしい腹の音がなった。
……まあ、ある程度規則正しいとされている生活を送っていれば腹の減る時間帯だ。俺も結構腹が減って来ている。仕方ない、深く考えるのは性に合わないしな。取り敢えずは飯を食おう。
「俺は飯食いに行くけど、アンタはどうする? 付いてくるのも勝手、付いてこないのも勝手だ」
選択肢は与えた。あとは勝手に行動するだろう。付いてきたらどうするかは、飯を食ってから考えよう。特に反応も確かめずに動きだしたんだが、結局付いて来るようだ。少し間があったので迷いもあったようだが。
はぁ、付いて来るのか。付いて来るよなぁ。単独行動出来そうな雰囲気皆無だもんな。お付きの人間は何をしているんだ。
愚痴愚痴と恨み言を心の中で呟いていると市場に到着する。幸いにも馴染みの屋台はすぐに見つかった。いつも同じ場所とは限らないし、何ならやってない日もある。
「おっちゃん、いつものを二つ」
「んお? ああ、はいはい、二つね。はいよ」
「ん、あんがと」
いつもは一つしか買わないから一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに後ろにいるのが見えたのだろう。そこに追求してこないところを俺は気に入っている。おしゃべりな人って苦手なんだよね。
俺は適当な道の端に座って食べ始めた訳だが、お嬢さんは周りをキョロキョロと見渡している。まるで何かを探しているようだが、こんな道端で食べるなんて想像もしていなかったんだろう。だが残念、道端に座って何かを食べているのは俺だけではない。
道端に座って食べるのがここでは普通だと察したのか諦めたのか、お嬢さんは俺の隣に腰掛ける。腰掛けたのでお嬢さんの分の食い物を渡してやった。
さて、飯も食ったのでお嬢さんをお家に送り届けよう。お嬢さんが飯を食うのに時間がかかったのでそれなりの時間が過ぎてしまったが、なに昼飯にしてはの話だ。
関わっちまったものは仕方がない。最後まで付き合うのが道理だ。そして家の場所を聞き出した訳だが、俺は何度も聞き返してしまう。……だって仕方ないやん、予想しうる最悪のケースを引き当ててしまったんだから。
はい、俺はただいま王城の前におります。正確には正門の見える距離まで来ております。……これ以上近づきたく無いなぁ。だって明らかに慌ただしいもん。元凶はたぶん俺の連れている人でしょ? ああ、嫌だなぁ……。でも行かないといけないんだろうなぁ……。はぁ。
「あー、もし、そこの衛兵さん」
「ちっ、なんだ坊主、今忙しいんだ。見たらわかーー」
まあそういう態度になるわな。俺だってそうなると思う。加えて今の俺は男装しているから坊主に見えても仕方がない。だって動きやすいからね。
「ん」
こんな形で使うことになるとは思わなかった身分証を投げ渡す。ブラッドオーガを討伐した際に特にこちらの承諾無く叙爵された爵位だが、ここでは大いに役に立ったな。
「なっ、これは! 少々お待ちをっ! …………え!? なっ! さ、先程はとんだご無礼をーーっ!」
貴族名簿的な物と照らし合わせて個人を特定したんだろうけど、ブラッドオーガの討伐ってそんなに大それたことなのか。実感は無かったが、皆から聞かされていた話しは本当だったんだな。ちなみにおっさんたちでも倒せると思うんだけど、まだ遭遇したことが無いらしい。なんと運の良いオーガ達なんだろうか。
「ああ、いいからそういうの。おそらくお前らが忙しくしている元凶を連れてきたから、引き取って貰える?」
「は、はっ! って、ええ!?」
こいつさっきから驚いてばかりだな。
「はよ」
「しょ、少々お待ちを!」
必死に駆けていく衛兵。ぼけーと空を眺めていたら煩いのと一緒に戻ってきた。いや、一緒という訳ではなく、必死に追いかけているというのが正確かな。
「殿下ーっ! 何処に行っておられたのかっ!! あれほどお一人で行動しないで頂きたいと申し上げたはずです!」
「……言ったら止めるだけで認めないではないですか」
「当たり前です! 御身に何かあってはならないのですよ!?」
おいおい俺を間に挟んで口論してるんじゃないよ。俺は壁か?
「いつもいつも私の目を盗んではどこぞへとお隠れあそばされるのは何故なのです!」
「ふんっ」
「殿下!!」
もう帰っていいかな? いいよね? よし帰ろう。少し離れた所であたふたしている衛兵のおっちゃんを手招きして呼び寄せる。
「も、申し訳ありません、突然駆け出されて名を告げる余裕も……」
「うん、何となく状況は想像出来るよ。気にすることは無い、そういうものだと思ってやり過ごすさ」
「あ、ありがとうございますっ!」
「という訳で俺は帰るから、後はよろしく」
「はっ。……はっ!?」
酷い裏切りを見たと言わんばかりの表情をする衛兵のおっちゃんだが、そんなことは知らん。俺はもう疲れた。どちらかと言うと姫様の側の俺にとってこの煩いのの発言内容は非常にフラストレーションが溜まる。もうね、どうでもいい。
「じゃ、そういうことで」
「待てっ、何処に行く!」
「……家に帰んだよ」
腕を着かんでんじゃねぇよ。
「私はお前にも言いたいことがぁ!?」
遺言はそれだけか?
「かは……っ、なんっ……、やめ……」
無能な部下の首を絞めていた暗黒卿もこんな気持ちだったのだろうか。澄ました顔で忠言した奴の顔が歪む様は実に滑稽だったが、こいつは自分が正義だと微塵も疑っていないタイプだな。
正しいのは自分なんだから、姫様の間違った行動は正さなければならないと思ってもいるようだ。それだけでも反吐が出るが、俺に対してもそれを振りかざしたな?
お前の正義観はお前の中だけのものと知れ。それは俺にとっての正義ではない。正義と正義がぶつかり合った結果に起こるものを知っているか? 戦争だよ。
個人対個人を戦争と呼ぶかは置いておいて、これは俺に正義を振りかざした。ならば俺も正義を振りかざしてもいいよな? 覚悟なき正義など滑稽を通り越して愚かである。
「その辺にしてはもらえないだろうか、マオー卿」
……誰だ?
「っ、私はこの国で宰相を任されているバティスト・ベルリオーズ。それの父親でもある」
はっ、この国のナンバーツーであり、これの父親? 随分と都合の良いタイミングでの登場だな。
「随分と都合が良いタイミングだと思っているのだろう。現在、この城では騒ぎが起こっていてね。私もこの騒ぎを治めるために動いていたのだよ。そしてたまたまこの近くにいただけの話だ」
……随分と都合が良いのは変わらないが、有り得なくもない偶然だ。まあ、良いだろう。
「っ!? ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」
ほら、望み通り止めてやっぞ? 死ねない首吊りはさぞ苦しかっただろうが、それも因果応報というものだ。
「では私めはこれにて失礼致します、宰相閣下」
見事な略式礼を決める。誰が見事だと決めたのかって? 俺だよ。
「……いや、卿の権力嫌いを今ので理解できた。その上で頼みたいことがある。少し、話をさせてはもらえないだろうか」
ほう? あらかじめ誰かしらから聞いていたのか? 最有力はバルさんだが、なるほどならば理解できる。
「宰相閣下の頼みを断るなど、畏れ多いことです」
「忝ない。……いつまで寝ているさっさと立て」
「はっ……」
ふむ。うつ伏せの状態から立ち上がらんと体を持ち上げたその瞬間に足と腕を払う。
「っ!? へぶっ」
おっと、いけないいけない。ついやってしまった。
「……聞きしに勝るとはこの事だな。我が目で見て初めて理解できるものの類いだ」
「本来なら更にもう一撃加えているところですが、宰相閣下とのやり取りで些か気分も晴れましたので」
「学院生の扱きも聞く以上のものなのだろうな」
「さあ?」
学院のことも知っているのか。これはそこそこ調べられているということでもあるんだろうな。……まあ、良いさ。それにしてもあれも可哀想だね。姫付きだろうに、ここまでされても心配してももらえないとはな。
心配されてはいるのかも知れないけど、そこまでやるの? の類いの心配だろうしな。現に気にしつつも俺たちに付いて来ちゃってるからね、姫様。
「ぐっ」
正義を振りかざすのは気持ちのいいものだ。周りの期待を叶えられている間は称賛もされるだろう。だが行き過ぎた正義はエゴと見なされる。
「あれには私も手を焼いていてね、頭が堅すぎる」
分かりますとも宰相閣下。あの手の輩は基本的に人の話を聞かないからな。言うだけ無駄だと思っています。
「あれでは嫁に出すなど無理だ」
額に手をあて悩みを吐露する宰相閣下。
「それで話しとは、ご息女の性格についてなのでしょうか?」
申し訳ないが、口を挟まなくては何時までも続きそうだったので遮らせてもらう。
「ああ、違うとも。申し訳ない、つい愚痴を溢してしまった。忘れて頂きたい」
分かりますとも。愚痴ぐらい溢したくなりますよね。ご安心ください、空気を読むことにかけては天下一品の元日本人なので。たまに読まないこともありますが……。
「はて、私は王城の素晴らしさに目を奪われ、今の今まで心ここにあらずだったのですが、何かありましたでしょうか」
「いや、何もなかったとも」
茶番ですが何か? 声に出すことに意味があるのですよ。後ろにいる色々と残念なことになっている騎士娘は怪訝な顔をしているが、声に出すのはとても大切なのだ。この行為は、ん?
「ほう、卿ならやはり気付くか。話しとはこの先にある光景についてだ」
うわー、嫌な予感しかしない。安請け合いするんじゃなかった。しかし元とはいえ日本男子として、一度口から出した言葉を違えることは出来ない。
決意を固めて踏み込んだ先に広がる光景を一言で表すなら異様だった。
クロエ「何故、睡眠時間を削ってまで働かねばならないのか」
クロエ「定時で終わらず、残業しなければ終わらない仕事量が割り振られるのは、管理側の怠慢である」
クロエ「残業をしているのが私一人ならば私が無能なだけだろう」
クロエ「しかし同じ部のメンバーが全員残業しているのだ!」
クロエ「適正な仕事量を見極められない上層部など不要」
クロエ「目先の利益のみに目が眩み、それを掴まんがために磨り潰されるのはもうごめんだ」
クロエ「立ち上がれ労働者たちよ! 醜く肥え太った資本主義と自由主義を歪める者たちに、真の資本主義と自由主義を教えてやるのだ!」
クロエ「有給万歳! 完全週休二日制万歳! 定時上がり万歳!」
クロエ「さあ、武器を取れ! 我々がその武器を取ることは法律で認められている! いざ、突撃!」
バルさん「……気は済んだかね」
クロエ 「いえ全く」
なお資本主義とか自由主義とかよくわかっていません。




