無いなら他所から引っ張ってくればいい
十万字突破しました。
「……」
姉御が膝を抱えて顔を埋めている。可愛い。
エミリーはそんな姉御や床に転がる死体モドキに交互に目をやっていて落ち着きが無い。……まったく何時になったら慣れるのか。
「な・ん・で、あんたは澄まし顔でお茶を飲んでいるのよ!」
痛い。何故みんな俺のほっぺを摘まむのか。これがわからない。
「ひょんやにたいひやことひゃ無いでひょう」
「大したことじゃ無い!? あれが!?」
森ではあの程度なんか牽制ぐらいにしかならないし、おっさん達なんか正面から突破してくるぐらいの威力でしかないんだが……。もしかして他の人間って、あれでも脅威に感じるのか?
「他領の人間にとってはあれでも十分脅威よ! でもそんな事はどうでも良いのよ!」
他領、どうでも良いって……。姉御もトロアの人間ですねぇ。流石は王国の盾を自負する家の臣、あの程度はわりと普通ですか。まあ、エミリーの随員として王都に派遣されている人員はみんな肝が据わっているからなぁ。道中でゴブリンに襲われた時も平然としていたし、他領の正規兵と戦えなくはない実力者揃いだし。その筆頭が姉御である。
「あんな高そうな物を壊して、弁償しろって言われたらどうするのよ!」
そっち!? でも、大丈夫大丈夫! 男爵が何とかしてくれるから! そういう契約を先に結んでいるから! それに王候貴族にとってあんな所に飾っている物なんて大した額じゃないから! 高価な物ならそれ相応の管理下に置かれてるって! ……え? シャンデリア? そんなん知らんらんらんらん。
「すべひぇおやかひゃしゃまがゃひょりひてくだひゃいまふ。ひょうゆうけいひゃくにゃのょで」
「そう、お屋形さまが。ならどうでも良いわね」
えっ、どうでも良いの?
「お屋形さまがこうなることを折り込み済みで契約なさったのだから、何の問題も無いじゃない。ね?」
あ、はい。
「それよりも問題はあのいけ好かない男の発言よっ!」
うおっ!?
「あいつっ、私たちを見渡した挙げ句に田舎臭いよ!? ……戦争だわ。あれは宣戦布告よ!!」
戦争! 実に心踊るワードだ。どこのどいつの発言かは知らないが受けてたつのみよ! ……そろそろ手を離してくだひゃい。
「え? ああ、気持ちいいからつい、ね?」
まったく、平安美人みたいな顔になったらどうするんだ。伸びた皮膚はなかなか戻らないんだぞ? まあ、まだ若いから大丈夫だろうけどな。
「で、櫛なんか取り出してどうするのよ」
ふっふっふっ、美人の条件を知っているか? 面、体型、髪だ(注:一個人の独断と偏見です)! 面、体型はクリアしてくる。問題ない。問題は髪である。庶民的な基準では十分に手入れされている髪だが、王候貴族的にはダメダメだ。
王候貴族は基本的に全員が魔力持ちである。全員が魔力持ちであるからこそ支配階級たりえている。基本的に魔力持ち対魔力無しでは勝負にならない。たまに覆す変態がいるが、そんな奴は全世界に一人か二人だ。
そして魔力を纏っているものは基本的に光輝いて見える。物しかり人しかりだ。その量によって輝き方は違うことも判明している。まあ判明するもなにも、暑い寒いみたいな感覚なんだがな。
無い者は持っている者を、持っている者はより多い者に畏怖するのがこの世界の形だ。もちろん感じ方には人それぞれ差があるので、敏感な奴や鈍感な奴もいる。
……少し脱線したが、要するに魔力を纏うと綺麗に見えるのだ。ここで人体の不思議についてお教えしよう。魔力は体内を巡っているのだが、爪や髪には意図して流してやらないと流れない。理由は知らん! 血流に乗って巡っているのかねぇ。
というわけで、髪をすきまーす。スー、スーっと。この時に意識するのは髪には頭皮ら辺に滞留している魔力を髪に浸透させるようにすくことだ。自身の一部だけあって良く馴染む。スーっと櫛が通った後はキラキラ~となっていると上手く出来ているんじゃないかなぁー。
「あ、あの、何でわたしでしてるんですか?」
あぁん? お前が俺らの旗頭だからに決まってんだろがっ! 全ての基準がお前なんだよ! いい加減に自覚しろやっ!
「め、目が怖いよ?」
「ほら、手が止まってる」
「ほっ」
ふん、姉御に感謝することだ。今回は見逃してやろう。それにしてもサラサラだなぁ、おい。まあ、俺もサラサラだけどな。透き通るような金色ってか? まあ、この俺の濡れ羽色と比べれば劣勢遺伝子らしいがな?
「綺麗……」
そうだろうそうだろう、そこのメイドA。思わず心の声が零れたその感じ、実に良い。こいつは魔力だけは一級品だからな軽く流してやるだけでもこの通りだ。プロが専用の道具でセットすればこんなもんじゃないだろう。世の貴婦人が云うところの夜会仕様である。
「で、何で今まで何もしていなかったの?」
へ?
「な・ん・で、今までこれを教えていなかったの? 私たちがやるのと大違いじゃない!」
ああ、そういう。そりゃあ、魔力に対する理解の差だろうね。今日だけでもざっと見た感じ高位貴族はキラキラ輝いておいでだが、下位貴族はそうでもなかったもんな。
まあ、単純に財力の差やら知識の秘匿やらが原因だろうな。財があれば色々と試せる。そして見つけた技術は独占する。他者との差は格の差へと繋がり、序列が生まれる。意識の中でだが。人に限らず生物とは他者よりも上に見られたいものだ。
だが、俺から言わせてもらえれば。
「興味がなかったので……」
俺的には髪に魔力を流すのは滞留している余剰魔力を髪にストックしている程度の感覚だったし、怒りをエネルギーに変換できる某戦闘民族ごっこが出来るぐらいしか使い道がなかったんだよな……。
加えて美を競うような趣味は無いし、市井に魔力持ちなんてほぼいないからな。好きにすれば良いんじゃねてな感じだ。
だが、今は違う。武器となるならば振るうまでよ。戦場によって扱う武器を変えるのは定石、獅子博兎である。やるからには全力だ。
「あんたって、いえ何でもないわ……」
そうですか? 何となく馬鹿にされている気がしないでも無いですが、まあいいでしょう。
「皆さんにはこちらを」
「これは?」
「大気中の魔力を吸収する性質を持った木でできた櫛です」
「えぇっ!?」
その櫛で髪をすくと魔力無しでも髪に魔力を浸透させることが出来る優れものです。詳しい原理は知らん。
「なっ、何でこんな高そうな物をこんなに持っているのよ!」
「庭に一杯生えていたので」
庭って言っても敷地のじゃないぞ? この山は俺の庭みたいなものだ、の庭な。
「これでどうしろって言うのよ……」
「みんなでキラキラ輝きましょう」
「そんな簡単に……」
はぁ、とため息をつく姉御。おいおい、こんなのはまだ序の口だ。次に行きますよ?
「さあ、服飾店に行きましょう」
「……今から?」
「はい」
次は服飾品を見繕おう。流石にオーダーメイドを頼む時間はないが、既製品ならすぐに手に入るだろう。幸いにして学園が始まるまでまだ二三日ある。……え? 金? 男爵家に払ってもらうに決まっているじゃないか。
それにしても我々が田舎臭いと言われるのも無理はない。実用性一点張りだもん。確かに動きやすいけどね。雅さが足りないな。ここは花の王都で、優雅さこそが重視される。
はい、という訳で到着しました王都一と評判の服飾店。早速注文しましょう、そうしましょう。
「はあ、今流行りのお召し物と飾りを」
「はい。請求はトロア男爵家へお願いします。……ああ、それと周りの評判がよろしければこちらでのオーダーメイドをと考えております」
「それはそれは。本日ご購入される品はこちらでお選びさせてもらっても?」
「はい、構いません。……これは独り言なのですが、こちらのライバル店と言われているお店でも注文させて頂く予定です」
「ほう、それはそれは……」
ふっふっふっ、目の色が変わったな。やはり競合させるのが一番だな。こちらにはセンスを期待できるだけの人材は無し、かといって一つの店に任せて搾り取られるのは下策。なら複数店舗で争わせれば良い。パイは一つ、ならより多く美味しいところを得ようとするのが商人だ。
「何で私たちの分まで注文してるのよ。そ、そりゃあ私たちも綺麗な服を着れたら嬉しいけどさ……」
おい姉御、その顔は反則だぜ? 何なの尊死にさせる気なの? 悶え苦しめと?
「…………我らは飾り花。お嬢様を引き立てる飾りです。飾りは美しいほど良い、けれど主役を食うほどの美しさは不要。……まあ、お嬢様が食われる心配はありませんが、その辺の匙加減も丸投げしています」
「……大丈夫なの?」
「我々に審美眼があるとは思っていません」
「思って無いって、あんた……」
「なので審美眼のある方に見極めてもらいます」
「どうやって?」
「観察眼には自信がありますので」
くっくっくっ、何のための複数店舗による競合か。お互いにお互いの商品を審美してもらおうか。くっくっくっくっくっ。
王都学生寮トロア令嬢の部屋
商人A「私どもはこちらを用意させて頂きました」
商人B「くっ」ぼそっ
商人C「ほ、ほう」
商人D「これはこれは」
商人E「では当商会はこちらを」
商人A「なっ!?」
商人B「その値段で……」
商人C「ぐっ」
商人D「ほう」
商人E (勝ったな……)
クロエ(じー)