まあ、その、ね!
クロエは野生を取り戻しつつある。
王都に到着して間も無く、一人の騎士の騎士人生を終わらせてしまった。許せ、全ては巡り合わせの悪さが原因だ。己が前に立ちはだかる者を打ち倒すは、自然の摂理なれば……。
はい、という訳で色々あったが無事王都に到着いたしました。大自然の中で自由に駆け回るのは非常に心踊るものだったが、自らに制限を設けて立ち回るのも悪くはなかった。
本来は機動力で相手を翻弄するのが好みだが、相手を圧倒するには幻で絡め取る方が断然効率が良い。悩ましい限りだ。もちろん機動力で攻める際にも撹乱で幻術を使うことはある。しかし『こうやってヤる』と決めて動く際には、十割幻術を駆使している。
理由は単純だ。機動力で攻める際には基本的にその場その場の思いつきで動いているからだ。故に即応性が求められる。じっくりと観察されたらすぐに見破られてしまうようなレベルだ。しかし、問題は無い。機動戦の最中にじっくりと観察されるようなことは無いし、仮に観察されるような奴が相手なら相対した時点で察せるので直ちに撤退するか使う暇が無い。
まあ十割幻術を駆使する時も切っ掛けは思い付きなんだけどね。多分だけど、全ての人間はあらゆる場面で自分にとって都合の良い展開を妄想すると思う。『俺に風を操る能力があれば、あのスカートを……!』とか『ククク、ついに使う時が来たか……。我が右腕に封印されし龍の力をなっ!!』などだ。幻術とは己の妄想の中に相手を引き摺り込む術である。幻術の中では己が神なのだ!……おい、中二病とか言うな。
んんっ、まあ簡単に言うとRPGのゲームやってたのに突然別のゲームに突っ込まれるみたいな感じかな? FPSとかホラーゲームを何の覚悟もなくいきなりプレーさせられる感じ。『えっ、何!?』とか思っていたらキルされたみたいな。
体格的に正面からがっつり組み合って戦うのがほぼ不可能なので、相手の奇をてらうやり方がメインになるのは仕方がない。……人生とはままならないものだなぁ。
「ちょっと、聞いてる?」
「は~い反省してま~す」
「このっ、お前っ!」
「ま、まあまあ、落ち着いてくださいっ」
ここは学生寮のエミリーの部屋だ。王都は王都だが、学生は全てこの学生寮に入ることが義務付けられている。何でも将来共に国の中核を担う人材の相互理解と親睦を深める為らしい。まあ案の定いじめの温床にしかなっていないけど。
学生と言っても全員が貴族子弟だし、教員は王城に上れない程度の木っ端役人、トップこそ上級貴族だが節目の行事の時ぐらいしか顔を出さない。こんな状況で気位の高い勘違いチルドレンが調子に乗らない訳が無い。
「入寮早々に問題を起こすなんて……」
「不躾にお嬢様に触れようとした当然の報いです」
いやぁ入寮したのでね、部屋の支度は下男下女に任せて探けゲフンゲフン、不自由があってはいけないと寮の間取りを主従で確認に出掛けたのですよ。
まあそしたら考えることは皆同じなのかそこそこの人が居たわけですよ。そして前述した勘違いボーイが絡んで来たわけです。
『貴様、何処の娘だ?』
『トロアですけど……』
『ふ~ん、道理で田舎臭い見た目をしている訳だ。来い、俺がこの王都に居るに相応しい姿にしてやる』
『え? ちょっーー』
と、まあエミリーの腕を掴もうとしたんですよ。まあ、止めますよね? 男爵の命令もありますし? 何より俺の目の前での凶行ですし?
勘違いボーイの伸ばしてきていた右手を左手で掴み、右手は襟を掴みまして。左足を相手の方に踏み込み、右足で相手の右足を払う。流石に相手は貴族子弟、頭から落とさないように注意して投げる。
『ガッ!?』
受け身も取れず肺の中の空気を吐き出す勘違いボーイ。すかさず相手のマウントを取り、右手を振り上げる。ついでなので拳には風を纏い、キーンと甲高い音を発し、軽く発光する演出付きだ。
『なっ、やめーー!?』
素晴らしい反応も頂けたことなので拳を振り下ろそうとしたその時! 俺の目の前で魔術が発動しようとしているではないか! 系統的に風、俺の拳をすかすのが狙いのようだ。実に御見事。良いものが見れたので方針変更だ。本来は顔の前で寸止めし、扇風機の強程度の風がぶつかる程度にしようと思っていた。そしてバシッと決めた髪型が乱れている様を笑ってやろうかと思っていたが、止めだ。
目の前で発動しようとしている魔術、即興とはいえは実に素晴らしい。俺の拳が相手の顔面に届く前に上へと跳ね上げるように計算されている。まともに食らえば体勢が崩れるのは必定だろう。その隙に勘違いボーイがマウントを抜けえたことだろう。俺は軽いからな、軽いからな!
だがしかしっ、俺はその上を行くっ! この魔術はあえてくらおう。発動する魔術を変更だ。折角だから演出に纏ったこいつを利用しようと思う。
振り上げた拳を振り下ろす。すると目の前の魔術が発動した。俺の拳は勘違いボーイの顔面を捉えていた軌道からずれて、床へと逸らされる。ここからは俺のターン! 待機させていた魔術を発動。熱光線チックなものが床を直撃! そのまま相手の魔術によって跳ね上げられた拳の先を舐めて行く! 通過した後には高そうな絵画があったが、……気にしない! 衝撃で吊り下げられていたシャンデリアが落ちてきたが、気にしないっ!
『きゃあー!!』
女生徒の悲鳴が聞こえる。知らない声だ。たまたま遭遇した不運な少女だろう。きっと美少女だ。どんなクソみたいな奴でも貴族に生まれし者は優れた容姿が約束されている。もちろんその中での優劣は存在するが。
だが安心して欲しい。シャンデリアに押し潰された死体を二つも作るつもりはない。だって作ったら俺死んでるもん。……ふむ、でけぇな、おい。
しかし、問題は無い。シャンデリアのでかさにカルチャーショックを受けたが、問題無い。俺は徐に左手を持ち上げる。手のひらを上に向けたまま持ち上げていた左手が胸の辺りで止まる。その様はまるで重たいものを受け止めたかのような止まり方だった。
落ちてくるシャンデリアを見ていた者達は突然止まったシャンデリアに驚き戸惑い、悲鳴は段々と小さくなっていった。『一体何が起きたんだ?』そんな彼らが目にしたのはまるでシャンデリアを受け止めているかのような力み方をした一人の少女だった。顔は苦痛に耐えているかのような表情で、右手は左手首を押さえていた。
彼らは思っただろう。『あの女の子が受け止めたのか?』と。正解である。巨大なシャンデリアの落下を阻止しているのは、小さな身体の女の子である。かつてあるグランド・マスターが言っていた、『身体の大きさは関係無い』。だが少女の様子から長くは持たないのは明白だった。
事実、シャンデリアは徐々に人の少ない方へと誘導されている。人が全くいないというわけではなかったが、そこは察して自らその場所を離れてくれたので問題はなかった。
人がいなくなったのを確認してかしからずかシャンデリアはゆっくり廊下へと降ろされる。大きく息を吐き出した少女は玉のような汗を吹き出しながら大きく息を整えていた。
わっ、と歓声が上がり、少女へと拍手が送られる。疲れた様子ながらも片手を挙げて応える少女。しかしながら、空気を読めない人間というものは必ず居るもので。
『あー、すまないが、そろそろ退いて貰えるか?』
あん? といった表情で声が聞こえた方向へと顔を向ける少女。その声は少女の下から聞こえた。
『その、色々と、な?』
少女は自分の下後方へと視線を向けると真顔に戻り、下敷きになっていた男子の頬を平手打ちして去っていった。一連の流れを見ていた周囲の者達はぽかんとした表情をしたかと思うと、生暖かい視線を彼に送ったのだった。そんな彼にとって救いだったのは、彼の友人だろう一人の男子生徒が近付いて来ると肩に手を置いてくれたことだろうか。その表情から読み解けるもの的に救いかどうかはかなり怪しいが。その顔には『ドンマイ!』とありありと見てとれた。
クロエ 「それはそうと」視線を少し下にしたあと元に戻す
チェリー「な、なんだ」
クロエ 「エミリーそのまましっかり押さえてろ」
エミリー「え? はいっ」羽交い締めを強くする
チェリー「あっ、ちょっ!?」
クロエ 「辞世の句を読め」
チェリー「いやっ、これは!」
クロエ 「辞世の句を読め」
チェリー「ふ、不可抗力だ!」
クロエ 「辞世のーー」
姉御 「はぁ」