やっぱり異世界でも利便性は重視されるのかな?
あちらの世界では古代ローマのような文明が存在し、滅亡後もその技術が失われることなく継承されているという設定です。現在ではさらに改良が加えられて発展しているはず。
キョロキョロと周りを見渡しながら、大通りを進んで行く。お上りさん丸出しだが、事実なので仕方がない。子どもに指を指されたり、そのお母さんらしき人に微笑ましいものを見る目で見られているが、それも仕方がない。仕方ないったら、仕方がない!
だってどこに何が在るか分からないからなっ!
確かにこの通りを真っ直ぐに進めば、辿り着くのだろう。目印を教えるまでもなく分かり易いのだろう。でもっ、俺は知らないからつい周りを見渡してしまうんだよ! 不安なんだよ! どこかで道を間違っているかもしれないからな! 真っ直ぐ歩くだけだけども! 真っ直ぐ歩くだけだけども!
何かさっきよりも目線が集まっているような気がするし、見知らぬ土地にただ一人という不安が俺を襲う。……あっ、何か泣きそう。
孤独との戦いに心を折られそうになりながらも、遂に俺は辿り着いた! そう、職業斡旋所に辿り着いたのだっ! 十分も歩いてないけどなっ! ああ、もう何かやりきった感がある。家に帰って寝転がりたい。家はまだ無いけど……。
「ようこそ職業斡旋所へ。……どうして涙目なんですか?」
「ぐすっ、……聞かないでください」
斡旋所は、何と言うか、役所みたいだ。よくある冒険者ギルドみたいなのを想像していたのだが、全然違う。
「そうなんですか、森でお婆さんと二人でーー」
掲示板に依頼票が貼られていて、それを受けたい奴が受付まで持って行く形式ではない。いや、そういうものもあるにはあるが、少数派のようだ。順番に受付まで呼ばれて、その人にあった仕事を斡旋する方式のようだ。
「そしてお婆さんが亡くなられたので、村まで出て行ったとーー」
ギルドには酒場が併設されているイメージだが、斡旋所には喫茶店のような物が併設されている。酔っぱらいなんていないし、騒いでいる人もいない。
「けれど村には仕事が無くて、この町まで来たーー」
一番の相違点は小綺麗なところだ。髭もじゃのおっさんもいないし、汚い格好をした奴もいない。何よりも建物が汚れていない。……聞いてた斡旋される職務内容から想像していた姿形と全然違うなぁ。
「大変でしたね……。でも、大丈夫っ! お姉さんがあなたにぴったりのお仕事を紹介してあげますからね!」
「あり、がとう、ございますっ」
まあ、最大の違和感は受付で嗚咽混じりに返答している女の子なんだけども。っていうか、俺だ。
……あれ? 俺ってこんなに涙もろかったっけ!?
いや確かに、見知らぬ土地にただ一人で、しかも異世界で、周りには見慣れない人種の人しかいないけども、てか明らかに獣人みたいな人もいるけども。……いやいやいや、泣くほどのことではないだろ! どうした俺!? 何があったっ!?
「さあ、もう泣かないで。あなたみたいな可愛い女の子が泣いていると、お姉さんまで悲しくなって泣いてしまうわ」
そう言って自分の目元を指で拭う受付のお姉さん。いやいや泣いてんじゃん。でも可愛い。
「さあ、クロエさん! まだ十二才のあなたにはこれから楽しいことが、たくさんあるわ! 強く生きましょう!」
おおう……。盛り上がってんな、お姉さん。両手で握り拳を作りながら立ち上がっちゃったから、周りからの目線が……。それにしても、いや、十二才って……。数え年だから、実質的には十一才だけども。……もしかして肉体に精神が引っ張られたってやつか? だから柄にもなくぼろ泣きしてしまったのか!? ……あいつ、何という厄介な肉体を用意しやがる! それなら何か情緒不安定なのも納得だよ!
しかも、名前がクロエって……。前世の俺の名字じゃん! あっちにいた時はあんまり気にしていなかったけど、肉体に精神が引っ張られるって知っていたら、こんな醜態を晒してなかったわ! いや、そこまで考慮に入れていなかった俺も悪いけども、……悪いけども! あんな状況でそこまで気がまわるかっ!
「ああ、そうだぞ嬢ちゃん!」
「生きてりゃ良いことも沢山ある!」
「お前達が言っても説得力無いけどな!」
「あぁん!? てめぇも一緒だろうがっ!」
ありがとよ、おっさん達! でもな、今はそっとしといてくれないかな!? すっげー恥ずかしいから! 恥ずかしいから! っていうか最初から話し聞いてんじゃねぇーか! 仕事を探せよ!
「おいっ、お前ら察してやれよ! 嬢ちゃんが恥ずかしがってんじゃねーか! そっとしといてやれ!」
お前もなっ!
「んん! え、え~と、気を取り直して、クロエさんの適性検査をしに行きましょうか!」
ナイスお姉さん! ぜひ行こう! すぐ行こう! この生暖かい空気に包まれた空間を直ちに抜け出したい!
いそいそとその空間を抜け出す俺とお姉さん。
でもね? すごく居たたまれない。俺もだけどお姉さんも大分感情が昂っていたからなぁ。
「ごめんなさいね。あの人たちも悪気があった訳じゃないのよ? とってもいい人達なの。ただちょっと場の空気に飲まれたと言うか何と言うか……。お姉さんも少し熱くなりすぎたわ」
「い、いえ、気にしていないので、大丈夫です」
頬に手を宛ながら困り顔でそんなことを言うお姉さん。マジ天使。癒し系の見た目でそんな顔されたら、何でも許しちゃいそう!
いや、でもね? 本当に気にしていないんで、思い出させないでください! お願いします! なのでそろそろ手を離してもらえます? 逃げないんで。逃げないんで!
「そう? なら、よかったわ。まずは実技試験を受けてもらうわ。ここで着替えてね。動きやすい服は持っている?」
「はい、持ってます」
「じゃあ、着替え終わるまで待ってるから。終わったら声をかけてね?」
そんな心配そうな顔で見られても……。実年齢もっと上だからね? なので、もうちょっと離れても大丈夫ですよ? え? 部屋の前で待ってる? ぜひそうしてください。
……ふう、やっと一人になれた。とんだ公開処刑だったな。これからもあんな風に感情に振り回されるかと思うと気が重いなぁ。
さて、着替えるかと前を見ると、備え付けの鏡が目に入る。そこに反射している姿を見て、着替えを持ったままの形で動きが止まる。
へーい! 神、へーい! お前ぇっ! なんていう体を用意しているんだっ! お前! お前っ! ものには限度があるだろう! こんな、こんな体、目立って仕方ないわ! 通りでみんな優しいわけだよ! 髪は黒色、ここまではまだ良い。目の色が碧色って、外人か! いや、今の体は外人のなのかもしれないけども! 碧眼って! 自分の中での違和感がすごいわ! それに、顔! 顔! なにこれ! なにこのバランスの取れた配置! 完璧に配置された、整ったパーツで構成された顔は特徴が無さすぎて印象に残らないと言われている。そして、鏡に写った顔も整ったパーツが見事なバランスでもって構成されているが……。だがっ、だがしかしっ! 目だ、目が問題だ! 目がね、目がですね、すごく印象的! 切れ長の意志が強そうな目! その吊り気味の目がね、先程まで泣いていたから、うるうるしているんだよ! 目元も赤くしちゃってね? なにこの可愛い生き物! はーい! 俺でーす! って、何でやねん! 予想外すぎるわ! 加減をしろ! 加減を! よく無事にここまで来れたな! 誘拐されててもおかしくねーよ! 御都合主義万歳! 優しい世界万歳! あの受付の空気も納得だよっ! くっ殺系の見た目の、幼さの残る、女の子が、泣きべそかいていたら、そりゃそうなるわ! ばーか! ばーか! どうせこの様を見てゲラゲラ笑ってるんだろ!? ばーか! 加減しろ! ばーか!
「痛っ!」
思わず壁を蹴っちゃったよね! うん!
「どうしたの!? 大丈夫!?」
「あのっ、大丈夫なんで! 本当に大丈夫なんで! 壁に足をぶつけただけなんで!」
「そ、そう? ならいいけど……」
あああああっ、本当にすいません! すいません! 何でもないんです! ただ、ちょっとイラっとしただけなんで! 出来心だったんです!
それからは、お姉さんに心配をかけまいと一人で大人しく着替える俺。ああ、本当に! 本当になんてことしてくれたんだっ!
クロエと受付のお姉さんが立ち去った後の受付。
おっさんA「あの年で働きに出ないといけないとは……」
おっさんB「ああ、神様も酷なことをしやがる……」
おっさんC「……だが、こうも考えられないか? 神様がここまで無事に辿り着かせてくださったと」
おっさんD「成る程! 我々に嬢ちゃんを守れということか!」
おっさんE「それだ! そうに違いない!」
おっさん達「俺達が、嬢ちゃんを助けてやるんだ!」




