むしゃくしゃしてやった。反省も後悔もしていない
二話同時投稿しています。こちらは二話目です。
事の始まりは王都にあるトロア男爵屋敷に到着して、屋敷の主に出迎えられている時だった。森を抜けて王都の一個手前の町で合流を果たした我々は一日の休息を挟んで王都へと向かった。
町から王都までの行程は恐ろしい程に平穏で、俺は完全に気を抜いていた。屋敷の主のと話しは他の随行員がしている間、音では認識していたが言葉としては認識できず聞き流していたぐらいだ。
俺の話題も会話の中に有ったらしい。何なら俺の取り扱い説明中だったらしい。要約すると、取り扱い要注意。そんな話の最中、俺は我心此処に在らずな状態だったわけだ。
よくよく考えれば何であの話し合いの場に俺はいたのだろうか。最も位の高い人物は護衛隊の隊長だ。事実、会話はほぼ全て隊長が行っていた。ついで筆頭侍女の人。名をジゼルという。身の丈は普通、スラッとした体型をした女性だ。隊長はこの後トロアに帰るので、実質この人がエミリーの配下で一番偉い人だ。俺の直属の上司でもある。姉御肌な人で同僚や後輩から慕われているが、男性に見られているとその細長な目をキュっとさらに細めて「何か?」と反応してしまう人でもある。何となく訳を聞いてみると「何か恥ずかしいし」とのお答えを頂いた。ありがとうございます!
この二人に比べて俺なんかは護衛筆頭な程度だし、何より雇われの期間限定雇用者ですよ。有事の際には指揮権を有しているけど。
そんな感じで惚けーとしていたら、いきなり絡まれた。確かに適当に返事をしていましたよ。ジゼルの姉御に小突かれて「え? はい、そうですね」みたいな返事しかしていませんでしたよ。目上の人間の言葉は否定してはいけないんじゃ無いんですか!?
絡んできたのはこの屋敷に配置されている騎士の一人であり、そのトップである男だ。何でも俺のせいで姉が職を追われた。家からも出られないほどショックを受けている。しかし姉の行動にも問題があったので不満は押し殺して共に働くつもりだった。しかし何だその態度は、貴様ご隠居様を目の前にしてふざけているのか。本当にお嬢様の護衛が勤まるのだろうな。などと宣ってきたので、一言。
「弱者ほどよく吠える。確めたければかかって来い」
とつい言っちゃった。集中もやる気も切れていたので、ほとんど素の状態で口走ってしまったんだな、これが。相手は顔真っ赤にして、ならば確かめさせて貰おうと売り言葉に買い言葉で手合わせすることになってしまった。
場所は屋敷の訓練所。ご隠居様、ジゼルの姉御、その他の騎士に見守られた状態で吠え騎士と相対した。相手は剣に鎧とフル装備である。こちらは侍女服に愛用のダガー。馬鹿にしているのかとまた吠えていたが、こちらは敵と相対するときはこの格好ですのでと答えておいてやった。
ご隠居様の掛け声を合図に、両手剣を上段に構えた吠え騎士はそのまま間合いへと踏み込み猛然と振り下ろして来た。俺は最初から半身になることすらせずにダガーこそ右手に持ってはいたが、正対したまま構えもとらずあくまで自然体だ。
このまま何もしなければ頭の頂点から真っ二つにされてしまうので、ダガーを持ち上げて相手の両手剣に合わせながら外側に流した。相手の両手剣は確かに俺の正中線を捉えてはいたが、その軌道を俺の身体から逸れるように変えさせてもらった。
相手はそのまま地面を思いっきりぶっ叩いたので、これはマジで殺しに来ているなと思った訳ですよ。なので俺は振り下ろしたダガーをそのまま手放し、相手の心臓に向かって貫手を放つ。
必殺の一撃を透かされた相手は反応するにも出来ず、見事刺し貫かれた一撃を目で追うことしか出来なかったようだ。
刺し貫いたと同時に同じぐらいの速さで引き抜かれた手には心臓が掴まれていた。引きちぎられた血管からは血液がピュッピュッと飛び出し、未だ鼓動しているようにも感じられる。
自分の心臓を奪われた騎士は、反射的にだろうか手を伸ばす。幸いまだ心臓は少女の手の中にある。あれを今すぐ元あった場所に戻せば何ともないかもしれない。そう思っていたのかもしれない。でも悲しいかな、「くふっ」と少女が声を漏らすと同時に心臓は握り潰されていた。
「あっ」と情けない声を溢した騎士は、そのまま崩れるように自らの血で出来た血溜まりへと倒れ込んでしまった。その様を見ていた少女は、アハハハハハッと嗤っていたのだったまる。
と、まあ周りで見ていた人達には見えていたわけですよ。ええ、もうお気付きかと思いますが、全て幻です。どこからかと問われれば、剣を受け流した後と答える。
「と、まあこんな感じです」
「なるほど、それにしては真に迫っているように感じたが?」
良い目の付け所だ、ご隠居様。あれはまだあの野郎の所で死んでは再生し、死んでは再生しを繰り返していた時のことだ。その日は何とか生き残り安堵の息を溢しながら住みかに戻っているときだった。目の前に森に似つかわしくないゴスロリ衣装のこれぞ正にフランス人形のようだと形容するしかない美幼女が突然現れた。一秒にも満たない僅かな時間だ。少し意識を目の前から逸らして戻したときにはもういた。何が何だか訳がわからなかったがニコニコとしているその様は、殺伐とした生活に疲れ始めていた俺は気を抜いてしまった。その瞬間である。幼女の手は俺の胸に突き刺さり、次の瞬間には引き抜かれていた。その手の中には俺の心臓。思わず手を伸ばした。早く元の位置に戻さなくては、そう思ったんだ。その様子が面白かったのか、幼女はくすっと笑みを溢した。溢したかと思うと俺の心臓を握り潰した。あっという声を溢した俺はそのまま、そんな俺を嘲笑っているかのごとき嘲笑をする幼女を見つめながら意識を失った。次は殺してやると誓いながら。
だが、こんな話信じて貰える訳がないのでニコってしておく。詳しくは聞いてくれるな。あの悪魔は二度と現れなかったが、俺に大切な事を教えてくれた。油断する方が悪い。また現れたら、次は殺してやるが。
「う、うむ……」
よしよし、そのまま胸の奥に仕舞っておいてくれ。
「今回は私も迂闊でした。私的な感情に釣られて判断を誤りました。申し訳ありません」
「君程の者が判断を謝るとは、あやつの姉はそれほどの事をしたのか?」
「ええ」
にっこり笑う姉御。後輩や同僚から慕われる部下なんて上司からしたら、目障りな存在でしかないもんなぁ。特に自尊心と功名心の高い奴からしたら。
「そ、そうか……。おっともうこんな時間ではないか。夜遅くまで引き留めて悪かったな。もう下がりなさい」
「失礼します」
「失礼します」
ふっ、姉御の凄みにブルッちまったか。奴もまだまだだな。だがその気持ちはよくわかるぞ。
「はあ、疲れたわね」
「はい」
「もう寝ましょう」
「はい」
ベットに入り、目を閉じた二秒後には朝だった。速攻で次の日とか、辛すぎる。そして俺は二度寝した。姉御にぶん殴られた。
姉御 「クロエ! いつまで寝てるのっ!」
クロエ (まだ外暗いやん)掛け布団を頭までかぶる
姉御 「起きなさい」剥ぎ取る
クロエ「さむい」丸くなる
姉御 「暗く感じるけど、ここが建物と建物の間だからよ?」
クロエ「え?」時計を見る
クロエ「……てへ」
姉御 「ふんっ」
クロエ「痛い」




