過ぎたるは及ばざるが如し
GW終わっちゃいましたね……。
「これより戦闘訓練を始める。私が指導するからには、ゴブリンの群れを殲滅できるぐらいにはなってもらう。覚悟は良いな!」
「はい、師匠!」
うむ、良い返事だ。さすがは我が弟子。まだ短い付き合いだが、この点に関しては非常に好感が持てるな。だが惜しい。
「今この場では教官殿と呼ぶように!」
「はい、教官殿!」
ここまで気持ちの良い返事を返されると、大変気分が良い。懇切丁寧に教えたくなってしまうな! しかし心苦しいが期限があまりない、簡略化した指導になるのだ。
「ゴブリンとはどのくらいの強さなのだ?」
「一人で三・四匹を同時に倒せたら、新人卒業と言われますね」
それにしても、どうして若様一行までいるんですかねぇ。俺はエミリーの指導しか聞いていないんですが、また勝手に行動してるのか。懲りませんな、若様も。
「んんっ、貴様の欠点は魔力制御の甘さだ! イメージがガバガバで、魔力を垂れ流す締まりの悪さが原因だ!」
「は、はい、教官殿!」
顔を赤くするなんて初々しい奴め。しかし顔を赤くするということは、そういったことを知っているということか。流石に下町育ちだとそういうのも耳にすることもあるか。
「何をイメージした、このビッチめ! その想像力をどうして魔術行使の際に発揮できないんだ!」
「はい、教官殿!」
いやぁ、何だか楽しくなってきたな! 軍隊の訓練を何となくイメージして、軍曹が言ってそうな事を言ってみたんだが、謎の高揚感が身を包んでいる。
どんな意味があるのか知らないが、実際の軍隊が使っているんだから何かしらの意味があるはず。いや、あるに違いない!
「ク、クロエちゃん、淑女としてその言葉使いはちょっと……」
何を言っているんだ、このチャラ男め! お嬢様の訓練はこの俺に一任されているのだ、口出し無用!
「ふむ、先程あちらで貴婦人が探されておられましたよ?」
「え、本当に? 今日は誰とも約束していなかったはずだけど……」
こんの、チャラ男め! 適当に言った言葉だったが、文字通りチャラ男じゃねぇか! 全男性の敵だ、粛清する!
「いやいや、そうじゃなくて! さっきの言葉使い、若様の教育にもよろしくないんだよ!」
「勝手にここに来たのはそちらでしょう」
ちっ、話を逸らせなかったか。俺は何となくこの喋りが気に入ったんだ、変えるつもりはない! 嫌なら聞こえない所まで下がればよろしかろう!
「いや、まあ、そうなんだけど……」
「こちらは少しの時間も惜しいのです。邪魔をするならば実力をもって排除致しますが?」
「い、いや、大人しくしているよ」
いやぁ、文明人らしく話し合いで解決できて良かった。会話の成り立たない非文明人とのやり取りは面倒極まりないからな。何故この世から戦争が無くならないか? 皆が己の主張が正しいと思い込んでいるからさ。
さて、無駄な時間を使ってしまったが、本題に入ろう。問題は締まりの悪いガバガバなあの娘をどうやって調教するかだが、っていつまでもじもじしてるんだ!
「貴様は発情期の雌猫か? いつまでそのようにしているつもりだ!」
「は、はい、教官殿!」
まったく、最も簡単で最もコントロールしやすい魔術は、身体強化だ。握力を強くしたり、瞬発力が向上したり、持久力を向上させたり出来る。
己の身体能力を向上させる魔術なので、最もイメージしやすく、最も効果を体感しやすい魔術でもある。なので無意識に修得して、行使している人もかなりいるほど簡単だ。
魔力を込めれば込めるほど効果は上がっていくが、人それぞれに限界がある。ある人は十の魔力で、ある人は二十の魔力と限界点は違う。
これは元の体の強さだったり、魔術耐性だったりが関係してくるので個人差がある。それに人間には安全装置が生まれながらに備わっているので、自身の限界以上の魔力を込める前に止めてくれるのだ。
無意識下に行使できるほど簡単な魔術だが、もちろん意識下で行使することも可能だ。少しずつ魔力を流して最適な量を探り当て、その量で自らが意識して行使するのだ。
「ここにリンゴを用意している。このリンゴをっ、このように握り潰してもらう。まず最初は強化せずに握り、徐々に強化して最適な量を探れ。よしっ、やれ!」
「はいっ、教官殿!」
握り潰したリンゴはスタッフがおいしくいただく予定です。生は抵抗があるので、ざく切りにしてアップルパイとか、ジャムにするのがいいかな。
「教官殿、出来ました!」
「よろしい、私も把握した。次は一発でその強さで行使してみせろ」
「はい、教官殿!」
ここまではわりと簡単だ。徐々に強くするだけだからな。ところが、一発でやろうと思うとこれが難しい。ストップウォッチで一秒丁度で止める遊びがある。あれを目隠し状態でやるようなものだ。
一秒前後で止めれるようになれば、この行程は終了だ。だがこれがなかなか難しい。最初はかなりずれる。行きすぎたり、ぜんぜん足りなかったりするのだ。ましてやこいつはその感覚が著しく狂っている。
「す、すいません、教官殿……」
「………………いや、今のは防げなかった私の落ち度だ。気にするな」
案の定、力を込めすぎて実やら汁やらを吹き飛ばしやがった。汁が服の中にまで入ってきて気持ち悪い。ベタベタするから早くお風呂に入りたい。
握っては潰して、握っては潰してをひたすら繰り返させる。意識して魔力を流す感覚を覚えさせる。前のように感覚だけでやってると前みたいになる。そうならないようにひたすらやらせる。
普通の人間は感覚でやっても問題はない。そもそも魔力量が少ないので、込められる量が少ない。なので勝手に必要量ぐらいに無意識に調整できるのだ。
もちろん意識してやった方が効率は良いが、一般人は効率よく行使する必要性もないので、練習する必要性はほぼ無い。
問題はエミリーだ。俺の魔力量は中の下くらいだが、エミリーは上の上の特級だ。しかも特の上に届く程の量を有している。さらに魔力放出量もかなり多く、無意識下では二十五メートルプールを直接傾けてペットボトルに水を移し変えるような超難易度の量だ。
そりゃあ、ああなる。むしろよく今まで大惨事にならなかったものだが、今までは魔術と無縁の生活だったらしい。生まれながらに莫大な量の魔力を保有していたので、母親が魔道具で封印していたらしい。
一般人程度の量まで封印されて過ごしていたので、何の支障もなく生活していたが、転機が訪れる。俺だ。封印を解いた状態で魔力をぶっ放させたのは、私です。全て私の責任です。
だって勿体無いじゃん! 全てを正面からの平押しで解決できるんだよ!? 俺にあれだけの魔力があれば、あんな目やこんな目に合うことはなかったのに……!
と、まあ、若干の私怨も混じりながらの判断だったが、思った以上の大惨事でした。無いよりはある方が良いのは道理だし、所詮は人間の域を出てはいないので暴走したところでどうとでもなるので、大局的には問題ない。問題ないったら問題ない!
まあでも、しばらくはリンゴ尽くしの食卓が続きそうではあるな……。
エミリー「師匠! このアップルパイ凄く美味しいですね!」
クロエ 「お嬢様、誰が作ったとお思いですか?」
エミリー「ま、まさか、師匠が!?」
クロエ 「ふふふ、料理長がお作りになられました」
エミリー「ですよねー」