町? 街? 壁で囲んでるから城塞都市か?
この世界は、神が娯楽のためだけに作り出した世界。なので、こちらの世界に限りなく近く作られている。
「ーーねぇええっ!?」
知らない景色だ! えっ、どこ!? てか、尻が痛い!
「ほっほっほっほっ、目が醒めたかい? お嬢ちゃん」
えっ、誰!? というかどういう状況!?
「ほれ、ちょうど良く町が見えてきたところじゃ」
えっ、町!? 何で町!? 今町に向かってんの!?
爺ちゃんが、ほっほっほっ、と笑いながら指差した方に目を向けると石壁が見えた。
「……壁しか見えない」
気持ち落胆しながら答える。……いやだってさ、異世界初の町だよ? 少しぐらい期待するじゃん? だけど壁って。いや必要なのはわかるよ? 一般常識で習ったからね。今走ってるのは平原の道だしね。壁っていうより城壁だけど。
「ほっほっほっ、あと二十分もすれば着くからの。着いてからのお楽しみじゃ」
ほっほっほっ、と笑いながらロバを走らせる爺ちゃん。そう俺はロバの曳く荷台の上に座っている。……いやいやいや、何で? あの神は一々説明が足りねぇよ! 現状の説明を要求する!
突然の出来事に戸惑いを隠せない俺。壁のお陰により少し落ち着きを取り戻すが、まったく現在の状況を理解できていない。だが、幸いなことに爺ちゃんはいい人そうだ。さっきから色々と世話を焼いてくれるからな。焼き菓子おいしい。
なんだかんだとしている間に町の入り口へと到着する。行列という程ではないが、短くない列ができていた。
「爺ちゃん、これ何の列?」
「衛兵が来訪目的を聞いておるんじゃよ」
「ふーん」
来訪目的……。っ! あああああっ、思い出した! 何で荷台に乗ってるのか! 説明されたよ! 最初の方に! って、覚えてるかっ! どんだけ前の話だよ! 実質は一瞬でも体感では年単位だよ!
「よう爺さん、今日は孫を連れてきたのか?」
「ほっほっほっ、儂の孫ではないよ。町に行くと言うから、ついでに乗せて来たんじゃよ」
「へー、そうかい。嬢ちゃん、ここには何しに来たんだ?」
衛兵がニコニコしながら聞いてくる。まあ、ゴツいおっさんだからニコニコとはほど遠いけど。
「……仕事を探しに」
「何でそんなに怒っているんだ?」
「ほっほっほっ、遠目に見た町が期待外れだっただけじゃよ」
「はっはっはっ、そんな理由か!」
ちょっと爺ちゃん!?
「ち、違う!」
「じゃあなんだ?」
くそっ、ニヤニヤしやがって。けど本当のことは言えないからな、くそっ。
「……何でもない」
「はっはっはっ、そうかそうか!」
何で聞いた!?
「まあ取り合えずこれに手をかざしてくれ」
ふむ、これが例の水晶か。嘘発見器的なやつ。本当に水晶玉にしか見えないな。説明はされたけど、見せてもらったことは無いんだよな。大方、初めての反応を見て楽しむためだろうけど。
「ふむ、そのまま質問に答えてくれ。どこから来た?」
「あっちの森」
そう言って来た道の方を指差す。
「……近くに村か何か無かったか?」
「村があった」
「じいさんと同じ村か?」
「違う、もっと向こう」
「なんて村だ?」
「? 村は村?」
「……」
「?」
はい、これ真面目なやり取りです。あの水晶玉には過去の記録も残っているし、嘘をついてるかもざっくりと感知できる。御都合主義万歳。そんなわけで水晶玉の方は神の御力によって誤魔化し、衛兵は俺の演技で乗り切るという茶番。
……ええ、先生から演技指導が入りましたよ。ええ。何度も何度もリテイクを出されてね。これが一番時間がかかったね。うん。もうね、俺は役者で食っていけるんじゃないかとさえ思うね。うん。町に入れなきゃ話にならないからね。うん。わかるよ? 理屈はね。うん。無意識下に出る女の子っぽさを演じなくてはいけないんですよ。ええ。スイッチ一つで女優ですよ。ええ。男なのに。……あ、今は女だった。
「うん、……まあわかった。ようこそトロアへ」
おっさんの俺に接する態度が変わる。先程の回答はド田舎の出身者が口にするものだ。名前とは区別する必要が生じた場合にのみ機能する。区別する必要がない場合には、そもそも名前など必要ない。村と近くの森しかない場合、双方に固有の名前は必要ないのだ。つまり、こいつはわざわざド田舎から出稼ぎに来たんだな、という具合に判断される訳だ。
「色々大変だと思うけど、頑張れよ。何か困った事があったらいつでも詰所に来い。門でもいいぞ。出来るだけ助けてやるからな」
「ありがとう、衛兵のおじさん」
なかなか親切なおっさんだ。おっさん呼びは止めといてやろう。
そんなやり取りを終えて、門を越えると石造りの建物が立ち並んでいた。それは異世界と言われたら想像せずにはいられない町並みだ。
「おおー!」
これだよ、これ! これを期待していたんだ! 壁なんかで囲いやがって。道も石畳で整備されていて雰囲気が出てんな、おいっ! でも尻が余計に痛い。
町を歩く人たちも、良くわからん民族衣装みたいな布の服を来てるしな! いや、民族衣装は言い過ぎか。量産型布の服だな。色以外に見分けがつかない。RPGのNPCが着てる安そうな布の服だよ。ごわごわしてるんだよ、これ。まあ、俺も着てるんだけど。正確には気づいたら着てた。
「ほっほっほっ、お嬢ちゃん。儂は市場の方に行かなきゃならん。お嬢ちゃんはどうするかね?」
「んー、取り合えず職業斡旋所に行く」
「そうかいそうかい。ならこの大通りを真っ直ぐ行けばいい。看板がかかっているからすぐにわかる」
「ありがとう」
「ほっほっほっ」
そう言うと市場の方へと進んで行った。……そうか、あっちに市場があるのか。門を越えてすぐの道を右だな。ふむふむ。すごくいい人だった。この恩は絶対に返さないとな。うん。
まっ、取り合えず職業斡旋所に行くか。
衛兵のおっさん「あの子は何か仕事の当てがあるのだろうか」
おっさんの同僚「おいっ、次の奴が待ってるぞ」
衛兵のおっさん「何だ、おまえいたのか」
おっさんの同僚「朝から一緒にいましたが?」
衛兵のおっさん「はっはっはっ」
おっさんの同僚「いや、笑ってんじゃーー」