避けられない運命
「私が今日から貴女の教育係を勤めます、ブリジット・オーブリーです」
綺麗な金色の髪をピシッと後ろでお団子のようにして纏めた貴婦人が名乗る。気が強そうで神経質そうな女性だ。しかし、その立ち姿からは美しさと共に気品すら感じる。
「貴女にはお嬢様の側付きとして相応しい教養と立ち居振舞いを身につけていただきます」
穏やかながらも有無を言わせない言葉、鋭くもどこか魅了されかねない視線は身長差も相成って気圧されそうだ。だがここでブルッちまったら舐められる。腹から声を出すんだ!
「イエス、マム!」
足は肩幅に開き、手は腰の辺りで組み、背筋を伸ばして気持ち上に向かっての発言だ。ふははっ、一発かましてやったぜ! こういうのは最初が肝心だからな!
「……その意気込みは大変結構ですが、返事は『はい、ミセス・オーブリー』とーー」
「はい、ミセス・オーブリー!」
「……」
おっと、俺としたことが気が急いていたようだ。食いぎみに発言するなど失礼極まりないではないか。心なしかミセス・オーブリーの鉄仮面のようだった表情にも変化が見てとれる。
「……そろそろ止めないか」
「今の内にふざけておけと心が叫んでいたので」
俺とミセス・オーブリーの両方と面識があり、仲介役として同行していたバルさんに怒られた。バルさんは律儀にツッコミを入れてくれるからついついボケたくなるんだよなぁ。
「申し訳ない、ミセス・オーブリー。彼女はどうやら緊張しているようだ」
「……ええ、そのようですね」
ふっ、緊張などしていない。予想以上の堅苦しそうな雰囲気に反骨精神が反応しただけだ。敢えて逆を行くべしと。だが勘違いしないでいただきたい。任務は全うする、叶う限りの最高の形でな。
「しかし心配はご無用だ。仕事に対して非常に実直な質で、普段とあまりにも違うのでいつも驚かされる。それにとても優秀だ」
「左様ですか」
よせやいっ、照れるじゃないか! それにしても、信じていないな、ミセス・オーブリー! しかしてそれも無理はなし! 貴女にバルさんの発言を信じるだけの証拠が無いのだからな!
「まあ、信じてもらえないのも無理は無い。実際に貴女の目で確かめてもらうしかないな」
「そのようですね」
覚悟することだ、ミセス・オーブリー! 貴女が俺を量っている時、俺も貴女を量っているという事をな! 何故、無礼な対応をしたと思う? 怒りの感情は人の本質を表層に表しやすいからだ! その対処からも人となりが量れるしな! ーーーー。
「ーーではそろそろお嬢様のお部屋に戻りましょう。もうじきお嬢様のレッスンも一段落ついて休憩になる頃でしょう」
「はい、ミセス・オーブリー」
ミセス・オーブリーは素晴らしい人だった。俺への第一印象は最悪だったと思う。ところがその印象に引きずられる事もなく指導は始まり、スイッチの切り替えた俺を見て直ぐ様に評価を一新したようだった。
…………。俺は恥じているっ。こんな人を試すかのような真似をしてしまったことにっ。貴女は素晴らしい教育者だ! 貴女に敬意を払うことに何の抵抗もない!
「お嬢様がお戻りになられる前にセッティングを済ませなくてはいけません。主に仕事中の姿を見られることは従者にとって恥です。主のスケジュールを頭に入れ、いつでも最高の状態でお迎え出来るように成らなくてはいけませんよ?」
「はい、ミセス・オーブリー」
さあ、腕の見せ所ではないか! 今日のスケジュールはミセス・オーブリーが把握しているのだろう。次からは自分で把握して行動して見せろということだな? 受けて立ってやろうではないか! ーーーー。
ふぅ、完璧ではないだろうか。効率の面では改善点も多いが、質の面では問題ないはずだ。それとなくミセス・オーブリーを盗み見て、……よし! あの様子だと及第点は貰えてそうだ!
おっと、そんなことを考えていたらお嬢様がお戻りになられたようだ。なんとも品性の感じられない足音を響かせてのご帰還だが……。
「疲れたぁー」
……見てくれにも品性は無かったようだ。
「えっ!? ま、まさか、師匠ですか……?」
おい誰だ、今日のこいつのレッスンを担当した講師は! 全くと言っていいほど成果が見られないんだが!?
「うへへ、こ、こんな楚々としたメイドさんがついてくるならもう少し頑張れるかも~」
こ、こいつ! 自分の立場がわかっているのか?
「お嬢様、このように密着されては給事できません」
だが、これは仕事だ。ならば自分の役割を全うするのみ。
「そ、そんな、クロエちゃんまでそんな態度で私に接するの?」
おい、クロエちゃん呼びしてるぞ。それにやはり自分の立場というものをきちんと理解出来ていないようだな。
「おい、仕事中だぞ。職務を全うしろ。誰のせいでこんな目にあっていると思っている」
「す、すすすすすいません! 全て私のせいです!」
そう、全てはこいつのせいだ。こいつが空けた大穴の修理費を捻出するために、この仕事は断れなかったのだから。この依頼が来たとき、いかにして俺に承諾させるかバルさんも頭を悩ませていたそうだ。
一時的にでも貴族家の使用人として組み込まれることになるのは全力で回避したかったが、弟子の不始末は師匠の不始末。ならば全力で事にあたるしかあるまい?
にも関わらずこの駄弟子はこのザマである。確かに男爵の隠し子で、発覚したのがつい最近のことで、いきなり貴族家のご令嬢だと言われても訳がわからないとは思うが、己が役目はしっかりと果たして貰いたいものだ。
「俺がせっかく交渉の末に勝ち取った条件を不意にするつもりか? 前の生活に戻りたいならば、男爵の出した条件を全てこなして見せろ」
「はいっ」
たく、仕事中に私事を挟み込んでしまうとは、職務怠慢だな。叱責されても致し方ない行為だ。
「申し訳ありません、ミセス・オーブリー」
「私は気がつきませんでした。何かあったのですか?」
見逃していただけると? 貴女は神か! 確かにそちらにも利のある発言だったが、汲み取っていただけてありがたいっ。
「いえ、私の勘違いでした」
「そうですか」
お嬢様はしゅんとしているが、お茶を飲む姿からはレッスンの成果が窺える。その調子で気を抜くこと無く頑張って貰いたいものだ。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「え、もうですか?」
最初にコントを繰り広げていたせいで休憩時間が短くなってしまったようだ。レッスンの期間をそんなに取れないので元々休憩時間はそんなに長くは無いのだ。……次の機会にはケーキでも焼いてやるか。
側付きの執事らしき青年に促されて部屋を出ていく様は、中々に同情を誘うものだった。それにしてもあの執事で大丈夫か? めっちゃ将来に私情を挟み込んで来そうなんだが……。
「ちっ、ガキが。煽てられて調子に乗るなよ」
ほう、ほう! こうもあからさまに罵倒されるとは! 小声だがはっきりと聞こえたぞ? 貴族に関わると根拠もなく見下してくる馬鹿が多そうで嫌だったんだが、初日から関わることになるとはな!
貴様は貴族でも何でも無い癖にえらく上から目線で話すではないか。長年男爵家に仕えてきた家の者だとしても、貴様は無位無官だろうに。教育が必要だな。
「おわっ!」
「おっと失礼。お嬢様に劣情を催したが為に、地に足が着いてない様子ですね」
お嬢様に続いて扉から出ていこうとした奴に足払いをかけてやったぜ! 不様に床と抱擁を交わしているではないか!
「き、貴様!」
「この程度の実力でお嬢様の護衛も兼ねているとは……、お嬢様の方がまだ動けますよ?」
ふはははははっ、顔が真っ赤ですねー! お嬢様への気持ちがばれないとでも思っていたのか? 一目でわかったわっ! 常にお嬢様を目で追い、俺に抱きつかれた際には物凄い目で睨んできたしな! もっと感情を抑えろよ、従者としてどうなの? 男の嫉妬は醜いぜ? それとも初めての感情に心のコントロールが効かないチェリーボーイなのかい? しかも容易く足払いをかけられて、あまつさえ見事に転ばされるとは……。
「くっ!」
出直して来たまえ、チェリーボーイ君。少なくとも我が弟子よりも腕を上げる事だな!
「申し訳ありません、クロエさん。息子が無礼なことを……」
「は?」
え? さっきのチェリーボーイ君はミセス・オーブリーの息子なの? 貴女は一体幾つなのですか? 十代半ばの子供がいるような見た目では無いですよ?
「適任者が他にいなかったとはいえ、あのような未熟者をお嬢様のお側に仕えさせるなど……。クロエさん、遠慮は要りません。あの子の根性を叩き直してくだーー」
「はい、喜んで!」
チェリー (くそくそくそくそっ! あのガキ!)
チェリー (母上に認められたからといって調子に乗りやがって!)
チェリー (それにお、俺が、おおおおお嬢様に劣情を催しているだと!?)
エミリー「あの、ケヴィンさん」
チェリー「は、はいっ、何でしょうか!?」
エミリー「顔が赤いですけど、体調が悪いんですか?」
チェリー「い、いえっ、いたって健康体ですとも!」
エミリー「ほっ、そうですか。よかったです」ニコ
チェリー (催してなどぉぉぉっ!)