幸せを掴み損ねたのは人間だけでは無いようです
祭りは三日三晩続いた。一日目は飲めや踊れやの馬鹿騒ぎ。二日目には一斉に結婚式が執り行われた。招待状もご祝儀も無ければ仕切りも無い。目に入った会場へ勝手に入り込んでは酒を飲んで馬鹿騒ぎするのだ。あれ?
三日目は未婚者の若者が出会いを求めて町に繰り出して来る。この世界では二十五才までに自分で相手を見つけられなかった場合には親が決めた相手と結婚しなくてはならない。貴族の場合は家が決めた相手と結婚するのが決まりなので十代後半で結婚しているものが大半だが、市民にそんな縛りは無い。
ところが科学技術の発達していないこの世界では一日に生産できる量など高が知れている。なので皆一生懸命にほぼ毎日働いているのだ。そのため自由な時間が極端に少ない。そんな中でいつ相手を見つけろと? というわけでこの企画が始められた。
そんな訳で始められたのだが、出会いなんてそこら辺に転がっている訳で、近所の人とか同僚とか。当然のように恋仲になる男女はけして少なくはない。なので参加者の目的は「こいつ俺のだから手ぇ出すんじゃねぇぞ?」と相手を見せつけるのが大半である。
もちろん普段の日常では勇気を持てずに一歩踏み出せない若者が、祭りの熱やら雰囲気に浮かされて勢いで告白する場面も見受けられる。
そんな初々しい姿を肴に酒を飲むのが既婚者の三日目だ。こいつら酒ばっかり飲んでんな。しかし既婚者の肴になるのはこういった連中だけではない。光があれば影があるように相手を見つけられなかった者達も存在するのだ。例えば、マルクとか、マルクとか、マルクとか。……いや、すまない。俺が二日酔いで倒れたばかりにマリアさんは今年の街コンに参加していない。
マリアさんを狙っていた男どもは多かったことだろう。二日目は文字通り二日酔いで倒れた俺を看病してくれていた。問題の三日目は酒と酔っ払いに溢れた町に俺を出すのは危険だと監禁していたのだ。
事は二日目の夜に起きた。もうすっかりと回復した俺は窓枠に足を乗せて呟いた。「祭りが酒が俺を呼んでいる」と。俺は心の中で呟いたつもりだったのだが声に出してしまっていたようだ。
俺も祭りの狂乱に魅いられたのか、ノリと勢いだけで突き動いてしまった。もちろん冗談だったのだが無駄に上達した演技力が火を吹いた結果、大人二人に拘束されてしまったというわけだ。美女二人に自由を奪われるのは、悪くなかった。
こうして三日三晩続いた酔っ払いの、酔っ払いによる、酔っ払いの為の祭りは終了した。俺は一日目にしか参加できなかったが、皆の一年間に溜まりに溜まった鬱憤を解消できたんじゃないかな。
そして現在は祭りによる興奮が徐々に鎮静化していく中で、町には別の熱気が立ち込めている。今までのお祭り騒ぎと違い、セール売り場に突撃するオバサン達の纏う雰囲気に似ている。
皆さん、狩りのお時間です。
豊穣の秋に大量の食べ物を得ているのは人間だけでは無い、野生の動物やら魔物も大量の餌を得ているのだ。大量の食料を得た生き物が行うことと言えば繁殖である。
「えー、今年は例年に比べて豊作となりました。この事から大侵攻の規模も大きくなっていると予想されます。くれぐれも油断の無いようにお願いします」
拡声器特有の割れた声音で注意喚起しているのは職斡所の若い職員だ。現在の職斡所には戦闘職の人達が集まっている。普段は商隊の護衛だったり生息地から溢れた野生生物を狩っている人達だ。
この大侵攻なるイベントには戦闘職の人達が全員召集される。この人達に関わらずに町の住人は全員強制参加させられるのだが、皆の士気はすこぶる高い。
繁殖期を経て爆発的に増えた野生生物は、当然縄張り争いを始める。この世界には広大な野生生物の生息地が広がっているが、土地は有限だ。当たり前のことだが増えた分だけ溢れる数も増える。
縄張りを失った野生生物は狩場も失った訳なので、餌を求めて移動を開始する。そして食料が大量に集められた町へと殺到するのは不思議ではない。
昔はこのイベントにより滅びた町も存在したが、近年はそんな事例もない。武器性能の向上や戦術の更新によって大した被害もなく終了するのだ。
被害なく終了することは皆無だが、様々な要因により参加者の士気が下がることはまず無い。この世界の住民にとって大侵攻は常識だし、今ではもたらされる利益は莫大だからだ。
普段は生息地の奥深くから出てこない野生生物も姿を見せるので、レアな素材が手に入るのだ。そしてレアな素材を大量に集められたら、その分だけ市民へと還元される。そんな訳で職斡所に向かう途中では「あんた、しっかりやって来な!」「おうよ!」なんてベテラン夫婦の会話を何回も耳にした。
道行く途中の夫婦の中にはルーキーも含まれるわけで「あなた、気をつけてね……」「ああ、もちろんだ」なんて会話も聞こえていた。その会話は当然のごとくマルクと愉快な仲間達にも聞こえていたはず。その為か職斡所の一画には異様な集団がいるような気がするようなしないような。見ないようにしよう。
「役目は例年通りです。偵察、追撃、死体の運搬です。迎撃は壁の上の正規兵の方々が行います」
なぜこの町が壁に囲まれているのかって? 定期的に襲撃を受けているからです。
「配置については後ほど資料を配布しますので、受付で各自受け取ってください」
まあ、好き勝手に動かれたら困るもんな。
「最後に未成年の戦闘参加は禁止です」
……なん、……だと?
「では解散です。時間に遅れないようにしてください」
なら何故に俺はここに呼び出されたのだ? まさか、嫌がらせ……。
他の人達が受付へと向かって行く中で突っ立ていると後ろから声をかけられた。
「クロエ・マオー君」
振り返るとあまり機嫌の良く無さそうな男が立っていた。髪はくすんだ金髪、瞳は灰色っぽい感じ、背は高く、体格も悪くない。その上に声も良い声していやがる。目付きが鋭すぎるきらいはあるが、総じて良い男だと言えるだろう。ちっ。
「未成年である君をここに呼んだ訳を話そうと思うのだが……、聞いているか?」
……誰だ、こいつ?
「……副所長のバルトルト・ベッケンハイムだ」
ふむふむ副所長さんでしたか、どうぞよろしく。
「……ああ、よろしく頼む。……それで君をここに呼んだ訳だが、所長の意向だ」
そんな苦虫を噛み潰したかのような顔で言われても、俺にはどうしようもありませんぜ? それにしてもマスターのご意向か。ふふ、遂に俺もマスターに認められたということだろうか。
「……未成年の戦闘行為の危険のある前線への配属は規則で禁止されているが、君の非凡な才能を伸ばす為にと所長の権限でもって特例で認められた」
マ、マスター……。
「私個人としては規則を軽んじかねない特例事項は反対なのだが……、君が配属されることになった死体運搬班ではここ数年において戦闘に巻き込まれたという記録が無いということで特別に許可された」
ああマスター、貴方という人は……。
「もちろん君には拒否権がある。安全な後方で従事することも可能だ。どうする?」
「死体運搬班で参加します」
マスターの特別な計らいを無下にするだと? あり得んな。
「そうか……、わかった。気をつけて事にあたってくれ」
ぐふふ、遂に俺もマスターに、ぐふふふふふ。
「嬢ちゃん、副所長を悪く思わないでやってくれ」
「けして嬢ちゃんのことを嫌っているわけではないんだ」
「むしろその逆だ」
「副所長は帝国の出身でな、少し固いところはあるが根は良い人なんだ」
「誤解しないでやってくれ」
はっ! 早く資料を受け取って配置に着かなければ!
「……聞いてないな」
「ああ」
「悲しいな」
「副所長も不憫だが」
「何より俺達が寂しい……」
バルさん「私は反対ですっ、子どもを前線付近の班に配属させるなど!」
マリア 「私も反対です!」
バルさん「それに規則で禁じられているではないですかっ!」
マリア 「あれ、規則には戦闘行為の禁止としか書かれていませんね」
バルさん「マリア君!?」
マリア 「え?」