後々には改善されてるかもしれない。でもっ、苦しいのは今なんだっ!
う、う~ん、頭が痛い……。気分が悪い……。
「おきた」
声がしたのでそちらに顔を向けるとエマがいた。うつ伏せに寝ている俺と顔の高さが同じ位置にあり、目が合う。そして近い。
「本当!?」
「おさけくさい」
それはすまないな。だがなぜ俺から酒の匂いがするんだ? えーと、……駄目だ思い出せない。だが俺はこの症状に覚えがある。そう二日酔いだ。うっぷ、いったいどこで酒なんか飲んだんだ。
「っ、気分はどう?」
ドタドタと足音をさせて女の人がやって来た。……誰だ?
「もうっ、心配したじゃない」
このマリアさんに近い雰囲気を醸し出す感じ、知っているぞ。たしかマリアさんのお姉さんだったはずだ。マリアさんのほわっとした感じをシュッとした感じの人。いつもはマリアさんがいるのに、マリアさんに近い雰囲気の人が近くにいることに物凄い違和感が。
「大丈夫? 起きられる?」
ふっ、そうするのは吝かではないが、体に力が入らん。俺の精神は倦怠感に屈したようだ。俺に構わず先に行け。手遅れになるぞ?
「あ、こらっ、エマ入ったら駄目!」
お? 布団に入るのか? おーよしよしよし! 頑張ってベットをよじ登る様はなかなかに微笑ましいではないか。その頑張りに免じて我が懐に迎え入れてやろう。
あー、なんて心地好い暖かさ……。なぜこうも小さい子どもを抱き締めると心がほんわかとするんだろうか。体温もそうだが匂いも何だか安心する感じだ。二日酔いによるストレスが浄化されていく……。
「もうっ、早く出なさい」
あっ、俺の抱き枕が……。
「クロエちゃんも出られる?」
無理だ。
「はぁ、しょうがないわね」
ん? 何するんだ? 掛け布団を捲らないでいただきたい。寒いじゃないか。なんだその手は。んっ、どこに手を入れてーー。
「け、結構重たいわねっ」
へい、魂は男だが、肉体はレディだぜ? 重たいはないんじゃないか?
「ちょっとはっ、自分でっ、歩いてよっ」
むーりー。
「ふぅ、はぁ。ほら、お水を飲みなさい」
んく、んく、んく、ぷはぁーっ!
「食欲はある?」
無い。
「そう」
うん? サクッサクッと何かを切っている音がする。
「はい、少しでいいから食べなさい?」
これは、限りなくリンゴに近い果物! ……いや、食欲無いんですが。
「無理してでも胃の中に入れなさい。胃の中に何もないと気持ち悪いままよ」
むぅ、仕方がない。食べなければ無理矢理にでも口に突っ込まされそうだし。
サクリと切り分けられたリンゴをかじる。うむ、甘い。リンゴを咀嚼しているとエマが寄って来た。エマの目は切り分けられたリンゴに向けられている。ふむ。
「欲しい?」
「うん」
うむ、そうかそうか。ではくれてやろう。床に落とすでないぞ?
「ほら、座って食べなさい」
言うや否やエマを抱き抱えて椅子に座らせる。エマは足をぶらぶらとさせながらリンゴを食べている。
うむ、子どもらしくて良いではないか。
「ありがとう、クロエちゃん」
何だ、突然。
「そうやってエマに気をかけてくれるのもそうだけど、昨日エマから目を離さずにいてくれたこと」
ああ、そのことか。
「おかげでエマに何事も無かったわ、本当にありがとう」
いや、なに、人として当然のことをしたまで、大したことではない。
「本当はその場を動かないでじっとしといて欲しかったけど」
うん、いやね? 人混みが……。腹も減ってたし。
「ふふ、本当にマリアの言った通りね」
何が?
「いいえ、とても素直で優しい子だって」
よせやいっ、照れるじゃないか!
「あなたと仲良くなる方法も何となくわかったわ」
え? 何だって? 今ボソッと何か言っただろ。
「何でもないわ。私はアンナって言うの、よろしくね」
ふっ、覚えておこう。
それからアンナさんは色んなことを話してくれた。ここの下町に住んでること、実家も下町にあること、両方ともここからはちょっと遠いけど。
結婚していて旦那は衛兵をしていること、祭りの間は仕事で家に帰って来れないこと、なのでマリアさんの様子を見に来るのとついでに俺を見に来たらしい。
どうもご両親が気にかけていたようだ。マリアさんに面倒が見られるのか心配だったらしい。まあアンナさんがエマを生んだ時も同じ心配をしていたらしいが。
次第に話しは俺の生活態度に言及され始める。曰く、朝起きるのが遅い。曰く、少食過ぎ。曰く、もっと身嗜みに気をつけること。……あんたは俺のオカンか。仕事の日は早く起きてるし、ご飯もしっかり食べている。少しだけだけど……。身嗜みは、うん、気をつけます。
そんな感じで俺が気まずさに耐えきれなくなりそうなときにマリアさんが帰って来た。
「ただいま」
あれ、そういえばマリアさんはどこに行っていたんだ?
「おかえり、買えた?」
「あんまり買えなかった」
「まあ、そりゃそうよね」
「祭りの前に買い占められちゃうものね」
それらを調理したものを屋台がぼったくりな価格で販売されているんですね。わかります。
「あら、クロエちゃん起きてて大丈夫なの?」
まあ、大分ましになったかと。
「シモンさん達も心配してたわ」
んん? 何でおっさん達が心配するんだ? 俺はエマを連れて家に帰ろうとしてたはず……。でも、そういえば声をかけられたような。あれ、その辺から記憶が曖昧だな。
「どうやら覚えてないようね」
う~ん、さっぱりわからん
「本当に大丈夫?」
大丈夫大丈夫。
「辛かったらまた寝ててもいいのよ?」
「もうっ、そうやって甘やかしたら駄目だって言ったでしょ!」
「え、でも心配だし……」
「二日酔いなんだから体を動かして、水分を取れば直るのよ」
「それはそうだけど……」
へへっ、マリアさん、この程度なら心配には及びませんぜ。なんたって四十度近い熱が出ても出勤しなけれはならなかった元企業戦士、頭痛、吐き気、倦怠感だけで済むならまだ御の字でさぁ。ここに高熱が加わると手足に痺れを感じやすが、それでも圧して勤務に就かなきゃならんのですよ。
「クロエちゃんがたまたましっかりした子だからこの程度で済んでいるけど、場合によってはとんでもない我が儘な子になるのよ」
「うう……」
えー? 俺は別にしっかりとはしてないですよー? 隙あらばサボろうとするし、文句を言われないように偽装工作もしますぜ? ただ少しばかりの社会的常識を身を持って知っているだけですよー。
「だいたいマリアは昔からーー」
うむ、上手いこと説教の矛先がマリアさんに向いたな。まあ、言っていることは正論で傾聴に値するんだが、そういったものって耳に逆らうようなことでもありまして。
そういう生き方が出来れば苦労も少ないんだろうけど、まあ大概の人には窮屈に感じることでもありまして。それに勤勉な人が皆幸せになれるかというとそういう訳でもないし。社会には実力の差とポストの空きというどうしようもない限界が存在するのだよ。
ならば自分にとって楽しくて、それでいて楽な生き方を見つけようと足掻くのが人情ってものじゃあないんですかね? もしくは諦める。ようこそ社畜の世界へ!
ぐぅー。
「おなかすいた」
まあどっちにしろ子どもにとっては訳のわからん話しな訳ですよ。エマの腹からの自己主張が聞こえて時計を見ると昼飯の時間を過ぎていた。これ幸いと戦略的撤退を試みるマリアさんだが……。
「そ、そうよねっ、お腹空いたわよね! 今から作るからね!」
「ちょっと、まだ話しは終わってないわよ!」
「もう勘弁して~」
相手がそれを見逃すかというとそんな訳もなく、マリアさんには容赦なく追撃が入る。アンナさんに追撃を緩める要素が皆無だからな。
それにしてもお前……、リンゴをほぼ一個も食べたのにもう腹が減ったのか?
エマ 「おかわり」
クロエ (え、まだ食べんの!?)