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ジャム選びでみんなが幸せになる方法

作者: 礼生

お久しぶりです、梨杏です。今日も元気に過ごしています。

天気は晴天。夏真っ盛りというと嘘になる七月初め頃です。

もうすぐ夏休みだと楽しみにしていたのですが、学校がなく家で留守番だと思うと暇で暇で仕方ないものです。

もちろん宿題なんて手をつける気はさらさらないですし、欠伸をしながら本を読んで時間を弄ぶのも時間を無駄に過ごしている気がしてやるせません。

なので私は早寝遅起きで少しでも時間の有効利用をしようと思いました。

規則正しいのか正しくないのかわからないこの微妙な生活リズム。崩せねば崩してみせようホトトギスという言葉がある通り、私にはこの生活リズムがいつか必ず崩れると覚悟していましたし、期待もしていました。

しかし、返ってその生活リズムは段々良い方向に向かっていったのです。

夜の十時に寝て朝の十時に起きていたのですが、段々体に余裕が出てきて疲れがなくなり、むしろ寝るのが辛くなってきたために、夜の十時に寝て、朝の七時に起きる生活へとバージョンアップしてしまったのです!

私はこれはまずいと思いました(何もまずくありません)。折角の休みだというのにこんなことでいいのかと(良いです)。

父はこんな私を羨ましいと言いました。その言葉には何か重みを感じましたが、今の私はそんなことを気にする余裕がありません。

そうやって何の利益にもならない葛藤に悩まされていた休日の朝、食卓にメモがあるのに気付きました。どうやらおつかいをして来なければならないようです。

私の両親は私が起きた頃にはもう家を出ているのでいつもメモが残されています。朝食はこれとこれを食べなさい、洗濯物を干すこと、帰りに何々を買ってきてください、などなど。内容は様々ですが、両親とのやり取りはこれぐらいしかしません。彼らも毎日大変なんです。

携帯電話があればいいんですがあいにくまだ持たされていません。

今日はテーブルにある食パンを焼いて、ピーナッツバターを塗って食べました。あまりこの味が好きではないですがこれ以外に塗るものがなかったので仕方ありません。

そしておつかいというのはやっぱりパン屋さんでの買い物でした。パンにつけれるものが家にピーナッツバターだけしかないというのは由々しき事態です。まず母が許しません。彼女はピーナッツが大の苦手なのです。

身支度を整えて必要なものをバッグに詰めていきます。

「それじゃいってきますー」

いってらっしゃいーと遠くで声がしました。私の兄です。彼は自宅警備員で家を守っています。


「しあんちゃんいらっしゃい。今日はどうしたん?」

「パンに塗るジャムとバターを買いにきました」

「おつかいかい?えらいな」

パン屋のおばさんは私の母と顔なじみで付き合いが長い方です。私が生まれた日はたくさんのパンを持ってきてくださったとか。そのためおばさんは私に優しくしてくれます。うれしいです。

「今の時期はこんなのがいいね、スイカジャム!」

「私が食べれへんし...」

「あらあ?じゃあこれとかどうやろ」

必死にジャムを探してくださるおばさんに少し申し訳ないと思い、大丈夫です私で選びますので、とことわりました。おばさんは、そうかい?何か欲しいのあったら遠慮なくきいてやとレジの仕事に戻りました。

しかし私は困りました。

メモには新しいジャムとバターを買ってこい、と書いてあったのですが一体何味のジャムを買えばいいのか見当がつかなかったのです。

今の時期はマンゴー、スイカ、ライチ、ピーチストロベリー、パイナップルなんですがどれが一番いいかわかりません。まず私が好きでも兄と母と父が嫌いだったら怒られてしまいます。

そこで私は消去法に出ました。これは確実に選ぶべきではないと思ったものを省いていくのです。

マンゴーは残念ながら父が嫌いです。なので却下。

スイカは私が嫌いです。なので却下。

ライチはあまり食べたことがないので却下。

ピーチストロベリーは兄が嫌いです。なので却下。

パイナップルは母が嫌いです。なので却下。

...困りました。どれも却下になってしまいます。

明日から私は何を塗ってパンを食べていけばいいんでしょう。

たくさんのジャムの前で頭を悩ませている私に道行く人がどうしたの?と声をかけてくれました。

とっても綺麗なお姉さん。少し見とれてしまいます。

「お姉ちゃんはどのジャムが好きなん?」

「んーとね、私はこれかなーピーチストロベリー」

「うちもピーチストロベリー好き!やけどお兄ちゃんが嫌いで...」

「そうなんだ、私も家に今ジャムがなくて困ってたんだ」

「うちはピーナッツバターしか塗るもんがないんよ。誰も好きやないのに」

「誰も好きじゃないのに何であるの?」

ここでふと考えを別のところに移しました。なぜ家にピーナッツバターはあるのかということです。

そもそも誰が買ってきたのかもよく分かりません。少なくとも母が買ってきたとは考えにくいです。

そして私と母はピーナッツバターが好きではありません。兄もあまり付けたがりません(先日何も付けずに食べてました)。じゃあなぜ我が家の食卓にあるのか。

「そうか!お父ちゃんがピーナッツバターを買ってきたんや!」

思わず声に出てしまって周りの人が私の方を見ます。私は少し恥ずかしくなってこほんと咳払いしました。

「ありがとなお姉ちゃん」

「えっ私何か役に立ったの?なら良かった」

私は笑顔でおばさんにマンゴージャムを渡しました。

「マンゴーでいいの?」

「大丈夫です!」

私と母と兄はマンゴージャム、父はピーナッツバターでみんな朝食べるパンにつけるものは困りません。


軽い足取りは家の玄関まで続きました。ただいまーと家のドアを開けると兄となぜか母の靴も脱ぎ捨てられていました。

ひょこっと母が顔を出します。

「あら、おかえり」

「お母ちゃん!帰ってたの?」

お昼前のこの時間に母が家にいるのはかなりレアです。これは何か事件か何かかと身構えてましたが、

「家に置きっぱなしにしてた資料取りにね。また出かけるわ」

意外に理由はあっさりしてました。ほっとした反面少し残念。

テーブルの上にさっき買ってきた食パンとマンゴージャムが入った紙袋を置き、手洗い場に向かいました。

遠くで母が話しかけます。

「おつかいしてくれたん?助かったわ」

うがいをしているので答えられません。

「ああああがうがう」

「あら、マンゴージャム。お父ちゃんマンゴー嫌いじゃないの。知ってるでしょ?」

「あががががあぐがう」

「この前父の日が終わったからって、お父ちゃんかわいそう」

ペッ、うがいを終えて反論します。

「何のジャム買えばええんか全然わからんかってんもん」

「私がジャムって書いたらピーチジャムに決まってるやないの」

「ピーチ??どこにピーチの要素が?」

「見なさい、この可愛らしい字を」

「書いた本人が言わんといて」

口元を拭いて減らないピーナッツバターのことを言いました。

「ピーナッツバターあるやん、お父ちゃんあれつけて食べればええやん」

「ああ、そっか...ならええか」

あれお父ちゃん勝手に買ってきてなかなか減らしてくれないから困ってんのよ、と母が呟きました。やっぱり私の推理は正しかったようです。

リビングに戻ってきた私の前に母がいました。

こうして私たちが向かい合うのは何ヶ月ぶりでしょうか。

一瞬間が空き、母が口を開きました。

「大きくなったわね、梨杏」

「お母ちゃんはシワ増えてんな」

「黙らっしゃい。これでも苦労してんのよ」

二人での食卓も随分久しぶりです。こうして食べるご飯はいつもより二倍くらい美味しく感じます。

「真修はいつまで部屋に閉じこもってんのか、私が二階まで行ってもドア叩いてもおかえりーしか言わない」

「しょうがないねん、お兄ちゃん自宅警備員やから」

「自宅警備員ならちゃんと一階も警備しろっての」

それから話は学校のことになりました。授業参観や懇談会の件は従兄弟に任されることになっているのでそのことなら問題ないことを話すと、

「違う違う、そんなことじゃなくて梨杏がいつも学校でどんなことしてるのかが聞きたいの」

こちらを見ず、しこたまご飯を食べながら母は言いました。

「別に何もないで。授業には遅刻せずに行ってるし、楽しいし、遊ぶし、給食は美味しいし」

「お家に誘ったりしないの? ちゃんと掃除してるし全然あげてええんやで」

「心配せんでもあげてる」

「そ、ならよかった」

ずずっと味噌汁をかき込んで母は立ち上がりました。

「そんじゃお母ちゃん、昼も頑張ってくるから、留守番よろしくね」

「あいー」

「あとお皿洗いもお願いね」

「ええー」

リビングを出ようとする母に私は何か言わねばと思いました。これを逃すと次にいつ話せるかわかりません。

「こ、今度はいつ一緒にご飯食べれるん?」

少し動きを止めた母はにっと笑い、答えました。

「あんたがもう一層大きくなった時」

じゃ行ってくるね、と母はリビングを飛び出して行きました。玄関を開ける音、閉まる音。

私は母が心配です。私たちのために休みの日も働く母には感謝していますし、かっこいいとも思います。でも少し頑張りすぎじゃないかとも思ったりします。

私はマンゴージャムをテーブルの上に出し、こっそり蓋を開けて舐めてみました。

んんっ甘い。

母が美味しそうにジャムを塗ったパンを食べてる様子を想像するとなんだかちょっと嬉しいなってきました。

タイミングを見計らったかのようにようやく一階に降りてきた自宅警備員さんはそんな私を見て、幸せそうやな、とつぶやきました。


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