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読み終えたアナタが少しでも優しくなれますように

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その子は、いつも朝一番に教室にいた。

僕はいつも2番だった。他にはない。2番手だった。


彼女より先に教室に入れたことは無い、

1度だってなかった。


毎日僕は先に言った。「・・・おはよう」

すると、不器用に彼女は言った。「お、おはよう・・・」


クラスメイトの挨拶とは思えない程、他人行儀で

あまりにも作業的だった。


✁ ✃ ✁ ✃ ✁ ✃ ✁ ✃✁ ✃ ✁ ✃ ✁ ✃ ✁ ✃✁ ✃


5月9日


小学校6回目の5月9日、転校生の目新しさもなくなった頃。


相変わらず転校生、朝乃(あさの) 花奈(かな)は僕より先に教室にいた。


何とも許せないやつだ、名前順でも一番、教室に来るのも一番、勉強でも一番。

そんなに一番がいいのか。でしゃばりめ。


「おはよう」

「おはよう」


また今日も負けた。なんでこいつは早く来てただ座ってるだけなんだろうか。全く気に食わない。ほんとむかつく。


朝一番のつもりで学校に来たら、先に人が来ていた。

ただそれだけのことではあったが、負けず嫌いの僕にはとても憎く見えた。


僕が朝早く来るのには理由がある。


サッカーボールを取るためだ。


このサッカーボールは各クラスに1個ずつしか置いてないから

一番に来ればボールは独り占めだ。


僕は紺のランドセルを机に放り投げると、サッカーボールを持って、すぐに校庭で遊び始めた。


僕の教室は、一階にある。

田舎の小さな小学校で、全校で50人いるかいないかくらいだから、校舎も小さい。


校庭からも、朝乃 花奈は見ることが出来た。

相変わらず机に座っているだけだ。


やることはないのか暇人め。

まあ、朝早く起きてボールを独り占めしたいなんて浅はかなことをしてる僕が言えることではないかもしれない。

お前が言うな。と、言われてしまうだろう。


それにしても、机に座って何もしてないというのは意味がわからない。


せっかく一番に来たのだから、黒板でお絵描きをしたり

自由帳に好きなことを書いたり、机に突っ伏して寝たりすればいい。


なのに朝乃 花奈はそれらをすることなく。

何もすることはなく。ただ机に座って俯き気味でいた。


石像にでもなりたいんだろうか。


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5月30日


ガラッ


「おはよう」

「おはよう」


5月30日 負け


朝乃 花奈はまた僕より早く来ていた。


学校に住んでるんじゃないか?。と勘違いされてもおかしくないだろう。僕はあいつの家を知らない。そんな仲がいいわけでもないから、遊びに行くこともないし、田舎だと割と遠くから来る奴もいる。


僕が教室に入った時には席について座っているもんだから、

ランドセルを下ろすとこなんて見たことは無い。


はやい、はやすぎる。


小学生の僕にだって、オカシイ事には気がついていた。



✁ ✃ ✁ ✃ ✁ ✃ ✁ ✃✁ ✃ ✁ ✃ ✁ ✃ ✁ ✃✁ ✃


6月15日


雨が多く降るようになると、

なかなか校庭でサッカーができない。


今日もそのとおり、朝から雨が降り続けていた。


勿論のこと、サッカーなどできやしない。

僕が朝早く学校にいくメリットなど一つもない。

そんなことは百も承知。


だが朝乃 花奈もそう思ってるに違いない。

奴は油断してるはずだ、雨なのに早く来るはずが無いと。

そうして教室に一番ノリして悦に入っているのだろう。

だがそうはさせない、今日こそ僕が勝つ。


念を入れ、いつもよりさらに早く家を出た。

僕は勝利を確信していた。


勝利を確かめたくてその足を速めた。



ガララッ


勢いよく教室の扉を開けた。躊躇なんてものは無かった。

その時まで僕は自信に満ち溢れていたからだ。


しかし、そこに勝利はなかった。

そこにいたのは


朝乃 花奈 だった。


上から下までびっしょり濡れた、朝乃 花奈だった。


僕は驚きを隠せずにいた。隠せずにはいられなかった。

「なんで・・・お前・・・・・・」


「・・・おはよう」


帰ってきたのは無機質な"おはよう"だった。

その時僕の中でプッツリと糸が切れた、バッサリと袋が破れた。


「なんでお前が先にいるんだよ!!!」


「・・・え?」


「気に入らないんだよ!!!

いつもいつも、嫌味のように俺より先に来やがって!!」


「ちがっ・・・!そんなつもりじゃ!!」


「うるさい!!!!お前なんか学校に来んな!!!」


気がつくと僕は、ランドセルを投げつけていた。

正真正銘の最低だった。


つまらないことで怒り散らして、女の子に物を投げつけるなんて、最低以外のなにものでもなかった。


朝乃 花奈は、

「ごめんなさい・・・ごめんなさいっ・・・ごめんなさい・・・・・・」

と涙ぐみながら繰り返し、教室を飛び出していったきり

その日は戻って来なかった。


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6月16日


僕は不本意ながらに


朝乃 花奈に 初めて勝利した日だった。



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朝乃 花奈は来なかった。


次も、その次の日も。



僕は朝乃 花奈に勝ち続けた、

勝ち続けながら後悔と懺悔を積み続けた。


僕はもう一度会って謝りたかった。

あの日の僕はどうかしていたと。


しかし、その思いとは裏腹に朝乃 花奈には2度と会うことはなかった。


その知らせを聞いたのは11月の頃だった。


朝乃 花奈は自殺した。


いや、殺されたと言うべきかもしれない。

僕に、親に。


朝乃 花奈は親からの暴力、虐待を受けていた。

思えば朝早くから学校にいたのは、少しでもはやく自分を

いたぶる恐怖から逃れるためだったのかもしれない。


毎日毎日、鬼のように続く拷問のような日々は

朝乃 花奈を、臆病で身動きひとつ取らない石像に変えるのは簡単なことだった。


彼女は席から動かないのではなく、動けなかったのだ。


そこへ僕は言ってしまった。

絶対に言ってはいけない一言を


「学校にくるな」


僕が朝乃 花奈に止めを刺したも当然だった。

学校にも、家にも居場所を無くした彼女は

とうとう自分で自分の命までなくしてしまった。


僕は後悔した、後悔したけれど、その後にまた後悔した。


もう少し優しくなれていたら、朝乃 花奈を助けることがでにたのかもしれない。

今更悔やんでも遅いが、過去は変えられない。


僕は殺されても文句の言えない人間だろう、本当に

ひどいことをした。

どんな言葉をもってしても、時に言葉は無力だ。


きっと彼女は僕が化け物に見えたに違いない、

怖くて怖くて仕方が無かったに違いない。


浅はかな僕は今でもそれを忘れずにいる。



だから一番に教室に着いた時は今でも、

あの子のことを思い出す。



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