契約と力
「ようこそ、『力の間』へ」
俺の耳にそんな言葉が聞こえる。とっさに声の主を探すが、上下左右前後の全てが黒い空間で、声の主はみあたらなかった。
そもそも、この空間が不気味だ。光が無いにも関わらず、自分の姿をハッキリと見ることができるし、立っている感覚もないのに自分が立っていると分かる。
非常に気味が悪い。
そんな思いを抱く俺の耳に再び声が届く。
「不快にさせてしまったことは申し訳ありません。現在、あなた様の精神……いえ、魂のみをこの場に喚び出していますので、いつもと勝手が違うのでしょう」
直後、俺の前方の空間に一人の女性が現れた。
白銀の髪をあわや地に着くほどまでに伸ばしたその女性は、どこか造られたような美しさを持っていた。
「魂のみ……。俺は一体どうなったんだ?」
女性の言葉に、自分の死が脳裏をよぎる。
魂だけってことはその可能性が最も濃厚であるわけだし。
しかし、俺が次に聞いた言葉はそれを否定するものだった。
「いえ、違いますよ。あなた様はまだ生きております。わたくしがあなた様をこの場所へとお呼びしたのは、わたくしがあなた様と契約を結ぶ為です」
「契約?」
俺の疑問に対し、彼女はその生気の無い顔で微笑みながら答える。
「はい。わたくしは『管理者』の役割を担っているのですが、その管理しているモノが少々厄介な状態に陥ってしまいまして。それを解決するために、あなた様と契約を結ばせていただきたいのです」
俺は訳が分からずに呆けたような顔をしてしまう。
だっていきなり管理者がどうこうとか言われてもなぁ……。
「心配する必要はありません。これまでもこのような事態に陥ることは何度かありましたし、その度に契約を結び解決していますから」
「いや、まずそんな状態にならないようにしろよ」
思わずツッコミをいれてしまった。
だってそうだろ?何度も同じようなことが起こってるってことは、対策をしてないってことじゃねぇか。
「おっしゃりたいことは分かります。しかし、こちらとしてもそうできない理由があるのです。お教えすることはできませんが」
「ハァ、まあ、分かった。仮に契約するとして、俺は何をすればいいんだ?」
一つため息をつき、俺は彼女に質問する。
「こちらからは、どのようにして欲しいといったことはありません。あなた様が思うように行動していただければ、それがそのまま問題の解決になりますので」
「それじゃあ契約する必要がなくないか?」
そう、俺が思うように行動するだけでいいなら契約なんかしなくても問題は解決できる。何故契約を結ぶ必要があるのかが分からない。
「何も知らないあなた様を勝手に連れてきて、何も知らないままわたくしの抱える問題を解決する手段にしてしまうことは、褒められたことではないでしょう?ですので、せめて契約という形だけでもとっているのです」
その言葉をきいてハッとなる。
「まさかお前があの不思議現象の原因か?」
「ええ。あなた様が不思議現象と呼んでいる出来事は、わたくしが起こしたものです」
相変わらず微笑んだままの彼女――管理者。
その態度に多少の苛立ちを覚える。
「もし契約を果たしたら、俺は元いた場所に、日本に戻れるのか?」
「それはあなた様次第です。この契約を果たした時、あなた様は自身の望んだものを手に入れる……、それが報酬ですので」
彼女が言っていることはよく分からない。どこか俺とは違う次元でものを言っているような印象を受ける。
しかし、彼女が言っていることが本当なら、最終的に俺が望むものを手に入れることができるのなら、彼女と契約を結ぶのもいいかもしれない。なにせ好きなようにしてればいいわけだし。
「……その契約、結ばせてもらうぜ」
「そうですか。では、握手を」
そう言って彼女は手を差し出してくる。俺は一瞬だけ逡巡し、その手を取る。
次の瞬間、彼女の手を取った手に違和感を感じる。
皮膚を突き抜け、肉をかき分け、血管を押し退け、骨をまさぐられ、神経と絡み合う、そんな不快感。
しかし、それは一瞬で、彼女の手を取った右手の甲に、一本の直線を中心に、二本の線が絡み合ったような、血のように紅い紋様が浮かび上がる。
「これで契約は完了です」
彼女の言葉から、この紋様は契約の証であるようだ。
彼女の手を離し、もう一度じっくりと観察してみる。が、既にそこに紋様は存在していなかった。
どういう原理だ?
「さて、次にあなた様のこれからの為に、あなた様に力を授けましょう」
それは非常にありがたい。このままじゃ好きなように生きるなんてとてもではないができないからな。
「しかし、あなた様の望む力を授けることは流石に了承しかねます。それでは別の問題が発生してしまいますので。ですので――」
そう言って彼女が腕を振るうと、俺の周囲にカードのようなものが現れる。それも、外の黒い空間がほとんど見えなくなるほどの量。
「このカードを五枚めくっていただいて、そこに書かれていたものをあなた様に授けましょう」
そう言いつつ、彼女もカードでできた球の中へと入ってくる。
「五枚、どれでもいいんだよな?」
「ええ、好きなようにめくって下さい」
好きなようにと言われても、逆に困るな。
軽く百は超える枚数があるわけだし……。
「ええい、迷っててもしかたねぇ!」
まず俺は真っ正面の、目の位置にあるカードをめくった。
「ステータス確認?」
「一つ目はそれですね。これは、あなた様の知識にあるゲームのようなステータスをいつでも確認することができるものです。自分のものだけでなく、他の生物のものも確認できます。また、アイテムなどの無生物のものも確認できます。本来は自分のものすら確認できないのでかなりのアドバンテージになるかと思いますよ?」
無生物のステータスってどんなのだよ……。いや、武器なんかだと攻撃力とか会心率とかあるから、そういうのか?
よく分かんないな、なんて思いつつ、今度は上の方のカードを適当にめく――ろうとしたが手が届かない。
どうすりゃいいんだよ。
疑問に思いつつ、試しにめくるような動作をしてみたら、めくることができた。
「次は成長率アップですね。倍率は……」
そこまで言って、横に立っている管理者が言葉につまる。
「どうした?」
今までの振る舞いからすると非常に不自然だったので、俺は気になって声をかける。
「成長率……百倍……。まさかこれを引かれるとは……」
「そんなにいいものなのか?」
「成長率に関するものの中では最高のものです」
管理者の言葉を聞いた俺は、ほんの少し落胆していた。
最高でこの程度のものなのか……。これじゃあどう頑張っても普通の人の百倍にしかならないってことだよなぁ。
「まあいいか。次だ次」
今度は後ろにあるカードの内の一枚をめくる。
「えーっと、制限撤廃?」
どういう意味だ?
チラッと横の管理者を見てみると、どこか奇妙な笑顔で固まってしまっていた。
「……後で説明してもらうかね。次は……っと。激レア確定武器ガチャ券?」
ソシャゲかよおい。
まあ、武器があるのはいいことだ。さっきも狼に襲われたしな。
「で、最後は……ん?」
最後のカードに書かれていたのは、『ボーナスチャレンジ』。
今までで一番意味が分からない。
とにかく、管理者に説明してもらおう。
そう思った俺は、管理者に声をかける。
「おーい、五枚めくり終わったぞー」
「ハッ、すいません。思わず呆然としてしまいました……」
「とにかく全部説明してくれ」
「あっ、はい」
そう言って彼女はめくられたカードを確認する。
「……あなた様は、どんな運をしているのですか?五枚中三枚が最高クラスのカードですよ?」
「そうなのか?」
正直そんな感じのしないカードばかりな気がするが……。
「説明しますと、まず制限撤廃は、本来なら人種や個体差などの関係で習得が不可能なステータス上で表記されるスキルや魔法、各種能力の伸び率や限界値といった制限が全て無くなります」
なるほど、これは文句なしに最高クラスだな。完全な万能生物になれるわけか。
俺が連れて来られた場所……一応異世界だと思っておくか。その異世界にどんな生物がいるかは知らないが、それら全てが持つスキル――特技のようなものを全て覚えることができるのは美味しいな。
「あ、先ほどの成長率百倍の説明もさせていただくと、能力の上昇が本来の百倍になり、成長限界値も百倍、さらにはレベルアップの速度も百倍になります」
思った以上に壊れ性能でびっくり。こんなものとか思ってごめんなさい。
……ん?レベルアップ?
「能力上昇はレベルアップ式なのか?」
「はい。ステータスは本来わたくしのみが見ることができる秘匿情報ですので、誰もそのことに気づいてはいませんが」
「ふーん」
とりあえずよくある修業なんかをしなくてもよさそうなのは嬉しいな。
なるべく楽したいし。
思わず顔に笑みを浮かべてしまう。
そんな俺の顔をみて、不思議そうにしながらも、管理者は説明を続ける。
「次にこの激レア確定武器ガチャ券ですが、こちらのガチャポンを回していただいて、出てきた武器をプレゼントいたします」
と、いつの間にか出現していたガチャポンを指し示す管理者。
どう考えても武器が出てくるようなサイズのガチャポンではないが、気にしたら負けだろう。どうせ不思議ななんかでどうにかなってるだろうし。
「じゃあ回すぞ」
「はいどうぞ」
ハンドルを一回転させてしばらく待つと、排出口から槍と斧を合わせたようなもの、いわゆるハルバードが出てきた。
「ああ、やっぱり最高レア度の武器……」
どこか諦めたように呟く管理者だが、俺は正直あまり嬉しくはない。
ハルバードといえば、西洋の万能武器として知られている。しかし、同時に扱いの非常に難しい武器でもある。
つまるところ、俺みたいな平和ボケした人間が初めて手に取る武器としては最悪に近いということだ。
ちなみに、最悪は扱うのに高度な技術が必要であることが大前提の武器だ。
ハルバードは振り回してるだけでも武器としてはある程度役立つからそれよりかは少し上。
「このハルバードはあらゆる生物の首を落としたといわれるものでして、全生物に対する耐性無視、追加ダメージ、傷の治癒妨害などの特効能力、攻撃対象に呪術的なステータス劣化を付与する能力、一定範囲内の任意の生物の生命力を吸収し、自らと使用者の能力を上昇させる能力を持っています。ちなみに三つ目は防御不可、耐性無視です。」
「どう考えても悪役が持ってる武器じゃねーか」
能力がかなりエグい上に悪役系。流石に少し引き気味にツッコミをいれる。
「そんなことわたくしに言われても困ります。さて、最後のボーナスチャレンジですが、これはレベルアップの度に一回、今回のようにいくつものカードの中から一枚選んでもらい、そこに書かれた内容によって追加で能力が上昇したり、新しいスキルを手に入れるたりできるものです。ボーナスチャレンジ自体は必ず発生しますが、ボーナスなしの場合もあります」
ああ、これは最高クラスじゃないな。運任せだし。
「では、これらの力を固有の特殊能力――アビリティとして付与しますね。あ、このアビリティもボーナスチャレンジで新たに取得することができます」
そこまで言うと管理者は一息つき、生気は相変わらずないものの、どこか呆れたような目をこちらに向けてくる。
「全く、ここまで反則じみたことになるとは思いませんでした」
「それこそ俺に言われても困るわ」
俺はジト目で管理者を見る。
「ですが、これでよかったかもしれません。今回の問題は今までで最も深刻かつ厄介ですので……。それでは魂を送り返しますね。あなた様のこれからが実り多きものとなりますよう……」
その言葉と同時に視界が歪んでいき、次に視界がはっきりした時に見えたのは、赤毛の少女の泣き顔だった。




