見知らぬ世界
「どこだここ?」
俺こと櫻井颯真は今、だだっ広い草原に寝転がっていた。さっきまでの光景を思い出すと、あり得ないことだ。
「一体何が起こったんだ?」
俺はゆっくりと体を起こす。
辺りを見渡すが、遠くに見えるのは山とか森くらいだ。しかも、目測だと歩いていくには億劫になるほどの距離がある。
「さっき車にはねられそうになってたけど、一体どうしたらこんなことになるんだよ……」
そう、俺は大学からの帰り道で車にはねられそうになった。俺は青信号で横断歩道を渡っていたから、完全に向こうの不注意だ。
今まで、雷がすぐ近くに落ちたり、建設用の足場が崩れて傍に倒れてきたりといった死にかけるようなことはよくあったが、どれもこれも運よく無傷ですんだ。今回は流石に無理だろうなぁと思った矢先にこの不思議現象だ。
「全く、毎度のことながら運がいいのか悪いのか」
俺は呆れたように呟く。
今回も結果的には命は助かったようだ。
ただ、助かった後すぐに命の危機に陥ってしまっているが……。
「何はともあれ、人がいる所まで移動しないとな。」
体力に自身は無いが、それでもここから動かないでいたら餓死してしまう。いや、最悪草でも食ってればワンチャンあるかもしれないけれども……。
「にしてもこんな場所日本にあったか?ってかそもそもここ日本なのか?」
歩きながらそんなことを口に出す。
俺を轢き殺す寸前の車の前からこんな草原に来てる時点で不思議なんだから、ここが日本じゃなくてもまあ不思議だけどそれほどでもないか?
もしかしたら地球ですらないかも……?
「異世界……」
ボソッと呟いてから、その場で悶えたくなってしまい後悔。
中高生時代はなんとなくネット小説なんかで読んだ展開に多少の憧れのようなものを抱いていたし、そんなことが起こらないかななんて現実逃避もしていた。そんなことを思い出すと、どうにもむず痒い感じがしてくる。
「バカなこと考えてないでさっさと人がいる所探すか」
「疲れた……」
全然景色の変わらない草原をひたすら歩いた俺は、どれくらい歩いていたかは分からないが、遠くに見えた森の傍まで来ていた。
まさか景色が変わらないことがここまで精神的にクるとは思わなかった。
スマホはウンともスンともいわず、時計も持ってなかった為に時間を確認することもできなかったのもそれに加担してるんだろうな。
「……ん?」
俺は森と草原の境目がまるで道のように土が剥き出しになっていることに気づいた。
もしかしたらここで待ってたら誰か通るかもしれない。
そう思った俺は、疲れた足を休める為にも、ここで腰を下ろして誰かが通るのを待ってみることにした。
足の疲労を感じなくなる程度には待ってみたものの、その間誰も通りかかることはなかった。
「道じゃないのか?」
不安になって思わず声に出した直後、森の中から一匹の狼が現れた。
ん?いや、狼って……ヤバくね?肉食だよね?
いつでも動けるように体勢を整えつつ狼を観察してみると、目を血走らせ、涎を垂らしていることが分かった。ついでにこっちをガン見していることも。
どう考えても肉食じゃないですかヤダー。しかも俺食糧認定されてるっぽいし。
「っておわぁっ!?」
そんなことを考えてたら狼が飛びかかってきた。思った以上に速い動きであったが、なんとか回避することができた。
ちょっと漏らしそうになったけど。
「無理だと思うけど、三十六計逃げるに如かずってな!」
俺は狼に背を向けて全力で走った。
すぐに捕まるかな?と思ってたが、しばらく走ってもそんな気配が無かったので、後ろを振り返って確認する。
「えっ?」
そこに狼の姿は無く、思わず足を止め、間抜けな声を上げてしまう。
逃げた……わけないよな。あんな目血走ってたし。
俺は疑問を感じながら前に視線を戻す。
と、そこには低い声で唸るさっきの狼がいた。
「ぅえ……回り込まれてたのね……」
こりゃもう無理だ。
乾いた笑いを浮かべる俺に狼が食らいつこうとする。
「ファイアボール!」
声が聞こえた。
澄んだ、綺麗な女の声だった。
次の瞬間、狼が横っ面を殴られたように吹っ飛び、代わりに火の粉が俺の目の前で散る。
「大丈夫ですか?」
そう言って俺に近寄ってきたのは、俺より少し年下に見える、赤毛の美少女だった。
「ああ、なんとか。助かったよ、ありがとう」
少女に若干見とれながら、俺は少女の言葉に答える。
くりっとした目に小さくて引き締まった印象の唇……ストレートに伸ばした髪と相まって綺麗さの中に可愛さがあって――ってそんなこと考えてる場合じゃない!
「あの狼は?」
「大丈夫です。スターブウルフ程度ならあれで気絶はしてるはずです」
そう言って微笑む少女の顔を思わず見つめる。
しかし、俺はさっきの狼が起き上がるのを視界の隅に捉える。
少女は気づいた様子は無く、狼もそれに気づいているのか、すぐさま少女の喉元にその牙を突き立てようと飛びかかる。
「危ない!」
俺は少女を突き飛ばし、狼の前に躍り出る。そして、咄嗟に飛びかかってくる狼の口に左腕を噛ませる。
超痛い。噛む力強くて骨がミシミシいってる。
「けど、胴体とか噛まれて致命傷になるよりかマシだろ!」
俺は声を上げて気合を入れると、捨てることなく右肩にかけっぱなしにしていたバッグ――中身は参考書とかパソコンとか――を口の部分を鷲掴みにするようにして持つ。
そして、そのまま狼の側頭部へと無理矢理体を捻ってバッグを叩きつける。
メシャッ!と音を立てて狼は俺の腕から離れてふっ飛んでいく。
狼は受け身を取ることなく地面にその身を打ちつけ、ぐったりとしたまま動かなくなる。
「ご、ごめんなさい。私がしっかりしていなかったばっかりに……」
今にも泣き出してしまいそうな顔で、申し訳なさそうに謝ってくる少女。
しかし、その時の俺にはそんな少女の顔も、横たわる狼も見えていなかった。




