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出逢いー4

「陛下、ルイナをどう思われますか?」


部屋から叩き出された2人は人払いを済ませた小さな部屋で話を始める。

夜の闇が支配する部屋は小さな燭台に灯された蝋燭の火が揺らめくのみで、2人の表情に静かな影を落とす。

仄暗い面から真剣な眼差しが覗き、先程の情けない王の姿など幻の様にさえ感じさせる。


「あの容姿だからな…。」


「えぇ、本人は否定していますがかの国との繋がりは捨て切れません。」


「そうだな。だが、恋路に試練はつきものとよく言う。」


「…何の話しですか⁉︎」


「何だ?ハルがルイナに一目惚れしてしまったが故の問いだと思ったのだが?」


と実に楽しそうに琥珀色の酒のグラスを傾けると、先程までの重い空気が嘘の様に、シックで落ち着いた趣きの部屋へと印象が変わる。


「人払いを済ませたとはいえ王宮です。その様に砕けた呼び名は…。」


「何のための人払いだ。敬語と敬称はなしだ。」


「しかし…ではなくてですね!私は真剣に」


「実に弄りがいのある娘だと思うが…」


はぁーというわざとらしいため息をつくハルシュフィードを傍目に


「裏があるだろうな。隠し事も1つや2つではないであろう。影を呼べ。ルイナ…という名は偽りではない事は確実だ。その名を元に北の地で詳細を調べ上げさせろ。もし、これをネタに独立をしようと企んでいるのであれば…」


「秘密裏に戦いの支度もさせましょう。こういった事は早急に叩くのが1番です。」


「気が重いな。戦争は好かない。」


クイッと酒を煽る。薄く開けた窓から入る夜風に蝋燭の火が消え、再び糸を張った様な緊張が漆黒の部屋に満ちる。


「リリンの動きも注視しておけ。」


「既に手配は済んでいますよ。今の所動きはありませんが、王宮にフェリオール王家の特徴を持つ市民が乗り込んだ…との噂は抑えられないでしょう。」


「人の口に戸は立てられない…か。本当に酔えない酒だな。」


寂し気な笑みに、疲れた苦笑いを返した宰相は、重い話が続きますがと前置きをし、


「重税の件は事実の様です。影の中でも特に足の速い者を先駆けに出しましたが、見る影もなく疲弊しきっており、市場も開いていないと。」


「なるほど…あの様子では大方は事実であろうと踏んでいたが、やはり真実でした…となると、複雑だな。」


「思惑はどうであれ、早急な対応が出来るでしょうね。」


「だな。1人残らず炙り出せ。王を欺くとどういう目にあうのか、しっかりとその身に、命を持って分からせなければな。」


ニヤリと笑う顔は、戦いを好まないと述べた男とは思えない、残酷な狼に相応しい歪んだ笑みだった。







翌日ーーーーー。

部屋から一歩たりとも出ることが許されていないルイナは不機嫌だった。しかも、昨夜の2割り増し豪奢な淡い黄色に精緻なレースを施したドレスを着せるため、朝早くから起こされ、身支度を整えさせられたために、目が座っており迫力も2割り増しであった。いまだかつて、狼王と呼ばれる以前であっても、ここまであからさまに不機嫌です、という顔を連日された事がロウェルにはない。もちろん、王族に対して敵意を露わには出来ないという事もあるが、基本的にロウェルは生まれながらに王者の風格のある男であり、決断力に優れた人物であるため、いつまでもウジウジと対人関係に溝を作らないためでもあった。

しかし、ルイナについてはそれがどうにも上手くいかない。


「何が不満なのだ?」


「陛下の思惑がわかりません。部屋から出さないのならば、一層の事、政を混乱させたとして牢にでも放り込めばよろしいのでは?」


「確かに、王宮への進入、政の撹乱、王の暗殺となれば、即日死刑でも誰も文句を言うまい。」


「ですから!暗殺など企ててません。」


「口では何とでも言える。それに、昨夜から何度も言っているが、何も聴き出さないうちに消されるのが困るのだ。いい加減、聞き分けぬか?それに、不自由はあるまい?」


と、4人掛けの装飾を抑えたガラステーブルに所狭しと置かれた料理の数々は見た目にも楽しく、方々から集まる芳しい香りを放つ果物やふかふかのパンにたっぷりと添えらえた鮮やかなジャム、朝食に相応しいあっさりとした一羽丸ごとの蒸し鶏など特に目を引くものを除いてもとても1人分とは思えない品揃えだった。さらに、衣装ダンスに収まりきらないドレスの山に装身具の数々などへと視線を流し、一層、嫌悪を露わにする。

ロウェルにはそれがわからない。ルイナが何らかの秘密を持っている事もあるが、気に入っているのも事実であるため、当然、一般的な貴族の子女が喜ぶだけの対応をしているつもりなのだ。

その事にいち早く気付いたのはルイナの方だった。


「私は庶民です。この様な待遇、身の置き所がなく不愉快です。私にこれだけのお金を使うのであれば、明日にも飢えて死んでしまう民のためにお使いください。」


「それはもう手配している。心配せずとも3日の後には腹を満たせるだろう。」


「3日!何をもたついてらっしゃるのですか?すぐにでも近くの諸侯へ伝令を飛ばせば、今日にも飢えを解消できるでしょう?」


「そう単純な話しではない。手配などに時間がかかるのだ。これでも最大限に急がせているぞ。」


と、話しはここまでという様にロウェルは踵を返した。なるほど、庶民ではいきなりこの待遇では気持ちが落ち着かぬのかと、納得をしつつ、さて、今後はどう対応をしようかと心内で画策する。ロウェルがルイナの笑顔を見たのは議場での一瞬だけなのだと、思い至ると、ますます、満面の笑みで喜んでもらいたいと思い、浮き足立った。

しかし、その背にルイナは冷たく追い討ちをかける。


「陛下の威光を守るため、ですか?」


「何故そう思う?」


振り返る事なく返された言葉には、年甲斐もなく浮き足立った男の様相はなく、狼に相応しい鋭いものへと変化する。

しかし、ルイナも負けずに一切を受け流し侮辱ともとれる発言を続ける。


「どうせ、定期的な視察時に発覚した、という体にして、私が王城に来た事自体をもみ消すか、市民の声に耳を傾け調査に乗り出し、早急に首謀者を含めた組織を捕縛するために、粗方の調査が終わってから赴こうという算段でしょう?」


「本格的に私を悪役に仕立てるつもりか?やはり、尊敬しているなどという言葉はあてにならんな。」


「お次は冗談めかて真意を隠そうという算段ですか?狼王にどうやら期待を膨らませ過ぎていたようです。所詮は、若き王。勢いで押し切るだけ、ということですね。」


と呆れを含んだため息を吐きつつさらに挑発を続けるルイナに、側へ控える女官長の方が冷や汗を浮かべる。


「ほう…。」


「とうとう私を殺しますか?目障りですものね。陛下の御耳に痛い事しか発言せず、これだけの厚遇に尻尾を振る事もなく、その上、フェリオール王家の人間で、その繋がりは不透明…。今すぐにでも消したいですよね?」


「何が目的だ?」


「そして、何も聞かなかった事にして反旗を翻すかもしれない民など捨ておけばいいわ。飢え死にしてくれれば、戦争になった時に殺す数が減りますものね。それに、そんな民にお金を使うのならば軍備を整えられますもの。鬼神と謳われる陛下は戦場でこそその真価が発揮されますものね。」


「何が言いたい?」


「でも、そうする度胸もないんですよね。だから、そんな曖昧な事しか出来ないんですよね。自分を恐れる臣下を従えて、それで満足だなんて、何処の愚王ですか?」


「ルイナ様っ…!」


ロウェルの発言をまるっきり無視し、淡々と侮辱を続けるルイナに女官長が声を上げる。

いまだ振り返る事なく、発言を許している辺りからもその不機嫌さは相当なものであろうと、長年務める女官長は危機を悟ったのだ。しかし、ルイナは声を上げる。だが、その声音は先程とは違い優しく暖かみのあるものであった。


「……陛下。何を怖れているのですか?陛下の助けを待つ者達は皆、陛下の民です。オルヴィスの民でも反旗をひるがえそうと企む者でもありません。心から陛下を信じ、陛下のためならばと涙を呑んで、王命に従う民です。」


「お前に私の何がわかるというのだ。」


「わかりません。わかるはずがありません。私は一市民にすぎませんから。ですが、陛下。陛下も民の心をわかっていません。どれ程陛下を敬愛しているのか…それがわかっていれば、揺らぐことなどないはずです。」


はっと、目を見開きロウェルは振り返る。

真っ直ぐにロウェルを見つめる茶の瞳には怒りも諦めもなく、ただ、ひたすらに思いを乗せた真剣な眼差しだった。


「そうだったな…。本当は…わかっているのだ。」


と重い溜息をつき、人払いをかけ深くソファに腰掛けた。


「だが、世の中はそう単純ではない。今回の件を利用しようとする者達は少なくないだろう。もちろん、旧オルヴィス国もだ。」


漸く怒りを収め、紅茶のカップを手に取る。揺らめく水面には、仄暗い影を潜めた男の疲れた顔が静かにうつる。


「陛下の心配する様な事態にはなりません。」


にっこりとそれこそ、ロウェルが望む晴れやかな微笑みをルイナは浮かべる。


「なんだと?」


「重税に対する不満から、何らかの暴動が起き、それをフェリオール王家が支援する事で戦争に突入する…そんな最悪のシナリオを描いてらっしゃるのではありませんか?」


「っ……!」


「フェリオール王家の選民主義を甘く見てますね?今回の件、北方全てが…という訳ではありません。私が知りうる範囲で2つの大きな都市と6つの村や集落が被害にあっています。そして、それらはみなエルニスと北との境界です。つまり、混血が多いのです。そんな人々はオルヴィスの民と認めたくないんですよ、本当は。だから、手を貸す様な事はせず、オルヴィスの誇りを捨てた者たちがどうなるのかという見せしめに使われる位でしょう。それにより一致団結する可能性はあるでしょうが。」


「ま…待て。フェリオール王家の血を引くものでなければ、北国の民もエルニスの民も容姿など変わりあるまい。そこまで自国の民を蔑ろになど…。」


「するんですよ。それに、混血が多いという事は、多様な地域の意見を取り入れる地域であるという事にもなり、崇高な王家という肩書きをを脅かす存在になり得るのです。つまり、邪魔なのです。だから、間違っても反旗を翻す様に煽り、それを支援するなどという事は起き得ないのです。」


「何者だ?」


あまりに自信に満ちた、堂々とした発言にロウェルは訝る。だが、質問の意図がわからないとルイナは、小首を傾げた。


「北国の民であれば誰もが知る当たり前の事です。長い年月をかけ、腐りきった誇りが生み出す悪しき慣習…ともいうべき選民主義です。フェリオール王家は、むしろ、己以外は慈しむ必要もない単なる駒の一つでしかないのですから。」


と浮かべる寂し気な笑みは、王家と民衆との確執を物語るかの様であった。


「だが、仮にお前の話しを信じ、早急に支援を出したとしよう。誰がそれを本当の王からの使者だと信じる?」


「さぁ?そこは陛下の腕の見せ所でございましょう?賢王と名高き陛下の真価を発揮するチャンスでしょうに。」


無邪気ともとれる笑みを浮かべてみせるルイナは、どんな手を使うかを既に見通しているかの様であった。


「何を企んでいる?」


「何も。ただ、民衆の危機を憂うだけの女でございますから。そんなに私が何かを企んでいるとお疑いならば、どうぞ、暴いてご覧下さい。もし、陛下の導いた答えが真実ならば、嘘偽ることなくそれが答えであるとお答えしましょう。しかし、大丈夫ですよ。陛下がどの様な沙汰を下そうと、うまくいくはずですから。」


謎めいた笑みを浮かべ話しを終わらせる。

一方のロウェルも悠々と話しをしている場合ではない。後できっちり話しは聞かせてもらうと、キツく言うと深紅のローブを翻し執務室へと真っ直ぐに向かいながら、執務官の1人に指示を飛ばす。


「緊急招集だ。議会の前にノーザとハルシュフィードを呼べ。話しを詰めるぞ。それと影!」


「ここに。」


長い廊下に並ぶ柱の陰から1人の男が音もなくスルリと現れる。


「フェリオール王家の人間を洗え。市民へと下った者も含めてその血縁全てだ。必ずルイナの正体を暴くのだ。あれは王家の闇さえも知っている所縁の深い人間であろう。早急にだ。」


スルリと再び闇へと溶け込み男が姿を消す。ナーシャ王家に代々仕える密偵の中でも選りすぐりの者達を王の影と呼んでいたため、いつの間にか国王に仕える密偵を影と呼ぶ様になっていた。だが、誰もその規模も素顔も知らず、また、知られない事こそ優秀である事の証であった。


「さて…影であればルイナを暴けるか?」


呟いた言葉は静かに執務室へと溶け込んだ。






ーーーーー旧オルヴィス国国境街、イティヤにて。


閉じられた店の並ぶ商店街は、人の生気もなくかつてエルニスとオルヴィスの中継地点として栄えた街とは思えない、寂れた様相だった。

その通りを何台もの荷馬車が通り、先頭を白地の制服を着た騎兵が進む。


「また、王の遣いだよ。」


窓の隙間から、街の人々がそっと伺い重い溜息を吐く。


「今度は何で巻き上げるんだい?」


「静かにしないか!殺されるかもしれないぞ?」


「聞きに行かなきゃだめかね?」


「狼王様だからね、何で不興を買うかわからねぇだろ。」


ぼそぼそと話す声は次第に大きくなり、パラパラと大通りの先にある広場へと集まりだす。


「ありゃ、昔の制服じゃないか?」


「どうでも…。」


「静粛に!」


広場に朗々と響く声で騎兵は、王家の紋章を掲げ勅令を伝えんとする。


「陛下からのお言葉であーる。ここ数年に出された税制の改変は全て余を騙る悪しき者による偽りの勅令である。よって、余を欺いた者を1人残らず、余の前に曝すためにこの街の出入りを一切禁ずる。この命に逆らう者は余への悪心ありと判断し、即刻、死罪とする。なお、余を欺いた不届き者に関する情報を与えた者には、対価としてここにある食糧を持っていくがよい。共にエルニスの平和を脅かす者を捉えようぞ!以上であーる!」


しんと水を打ったような静けさが広場を支配する。


「信じられるか!」


「陛下の命に背いたって、情報を渡した人達を殺すんでしょう?」


「狼王様ならやりかねねぇな?」


「そんならこいつら、殺っちまうか?」


と街の人々の声が過熱する。痩せて落ち窪んだ瞳にはギラギラとした殺気が宿り、過酷な訓練を受けてきた騎兵も後ずさる。


「ま…待たぬか?我らは王の勅令を…っ…!」


「おいおい、お前ら退けよ!俺はもう、腹減って死にそうなんだよ。てめぇらと違って、殺り合う体力すらねぇんだ。それによぉ、どーせ、そう長くないうちに死ぬんだ。飢え死にするよりは、腹満たして、バッサリ死んだ方がマシだろ?」


と人の群れの後ろでガラの悪い声が響く。


「あぁ、確かにそうだな。ここでこいつら殺しても処刑されるしな。」


とポツリと1人の若者の声で広場に満ちていた殺意がスッと引いていく。

こうして、街の人々は勅令を持ってきた兵の特徴、お金をどこへ持って行ったのかなどを事細かに語り、お腹を満たすのであった。

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