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出逢いー3

遅くなりました…。

カツンとヒールの靴音が響き、ロウェルは顔を上げた。

議場よりもさらに王城の奥。そこは、国王がプライベートに謁見を行う私室の1つであり、大きな窓から見える王城の全容がまるで風景画のような印象さえ受けるシンプルな部屋だった。煌びやかな部屋を好んだ前王時代から一変させたロウェルお気に入りの部屋へ、ルイナが1人の40半ばを過ぎた貫禄ある女性に連れられて現れた。


「おくつろぎ中の所、失礼致します。ルイナ様のお支度が整いましたのでお連れいたしました。」


「いつも良い仕事をするな、フェリアス。用があればまた呼ぶ。下がっていい。」


「もったいないお言葉です。ルイナ様は陛下の私室でお休みということでよろしかったでしょうか?」


「よろしい訳ないです!陛下にご挨拶をするのに、本来はあの様な格好は相応しくないとフェリアス様がおっしゃるので従いましたが、ご挨拶が済みましたら帰ります。ご心配には及びません。」


と、議場にいた時とは打って変わって不機嫌さを隠そうともしない形相でルイナは真っ直ぐ王を睨んだ。


「怒らなければ、さぞ美人であろうにもったいないな。」


と、ルイナとは逆で上機嫌に王は笑う。

それもそのはずで、ルイナは今、ロウェルから与えられた若草色のドレスを身に纏い、大きく開いた胸元には一体何カラットのダイヤなのか考えることすら放棄した一粒ダイヤのネックレスに、揃いのイヤリングとティアラを付け、フェリアス女官長の手によって艶めきを取り戻した栗色の髪を繊細な造りのバラの髪飾りで纏め、いかにも履き慣れていない雰囲気が出る高いヒールの靴を履き、よろよろとした足取りでロウェルの前に立っていたのだ。

よろよろさえなければ、胸を張った凛とした佇まいに、真っ直ぐ前を見据えた瞳は名家の令嬢に相応しいものだった。


「お戯れが過ぎます。私は陛下の目を楽しませる目的でここへ来た訳ではありません。ましてや、王の私室で休むなど……。私は陛下の愛妾になるつもりなどありません!」


「何を早とちりしておる。私の私室で休むとしか言っていないぞ?寝室を共にせよ、と言ってもらいたかったのか?」


みるみる顔を赤くし、下唇を噛んで怒りに震えたルイナは、失礼しますと、怒っているとは思えない優雅な礼をしてみせ、下がろうとした。


「やはりお前は王家と深い繋がりがある様だな。」


ソファに肘をつき不敵な笑みさえ浮かべてみせる王は、その態度とは裏腹に冷ややかな口調でルイナの背中に言葉を投げる。


「何を根拠に?」


「感情が昂ぶっている時ですら、優雅な礼をしてみせる。つまりは、その身に礼儀作法が染み付いているということだ。付け焼き刃ではこうはいくまい。そして、あの言い回し。王の御心のままに……だったか?単なるパン屋の言葉とは思えないな。」


「信じる、信じないは陛下の御心次第ですが、私にフェリオール王家との接点はありませんよ?もちろん、王家の血が流れなければこの姿にはならないです。隠す程の事ではありませんからお伝えしますが、大お祖父様は王家の人間です。そのせいか、幼少よりきちんと礼儀作法や教養は付けられました。だから、皆が土地を管理する貴族へ訴えようとする事に対しなんの意味もないと考え、こうして王城まで来たのです。」


「なるほど。ならばその賢い頭で考えればわかるはずだが?女官長が私の私室にお前の部屋を用意しようとする意図が。」


「私を消そうとする者が現れるかもしれないとの危惧ですか?それこそ、消そうとする者が上位の貴族であればどこにいようとその危険から逃れる術はありません。初めに申し上げた様に、私は陛下に殺される覚悟でここに来ています。それは、陛下の指示であの様な命令が出されていなかった場合、陛下の怒りを恐れる何者かにより殺されるという危険も含めて…です。それとは別の思惑として、陛下には妃どころか愛妾さえいない事は周知の事実ですから、庶民であろうとフェリオール王家の特徴を持つだけの血の濃さを持つ私が愛妾となれば国益になり得る。その考えもあるとは思いますよ?」


「一パン屋にしておくには惜しい女だとは思わぬか、ハルシュフィール?」


満足気に後ろに控えていた男に声を掛けると、苦笑いを浮かべつつ頷きを返した。


「それ位の知恵を臣下は身に付けてもらいたいところです。……が、フェリオール王家の血を引く貴女がその賢さを持っているのは、少々考えものですね?」


「あら?宰相殿は女が学を身につける事にご不満でも?随分と古びた事をおっしゃるのですね。」


「それだけの知恵があるのなら、王家に潜り込み何かをしようと企んでいると、考えるのが普通でしょう?」


「ほんと…この血のせいで、私自身を見てもらえることなんてないんですもの。信じる信じないは勝手ですけれど、私は王家との繋がりもない唯のパン屋です。一市民として生きてきましたし、今後もそれが変わる事はありません。なんなら、フェリオール王家が放った刺客として私を王の御命令で殺せば…っ!」


慣れないヒールの高い靴で、王に詰め寄ろうとした事で、見事に足を捻ったルイナはそのままロウェルの胸に倒れこんだ。


「陛下!」


と慌てて駆け寄るハルシュフィードを片手で制し、くつくつと楽し気に笑いながら、ふわりと膝にルイナを乗せる。


「な…何の真似ですか?」


「一市民というのは誠だろう。そんなにふらふらとした令嬢は見た事がない。だが、お前には聞かなければならない事もある故、死んでもらっては困る。今日はここで休むがいい。王の私室には有能な番犬がいるからな。」


と、意味深に柔らかく栗色の髪に口付けを落とした。

耳の先まで真っ赤にしながら、


「こ…こっ…ここでって…ここですか⁉︎」


「不満か?」


「あっ…あた…当たり…っ!」


「そら、深呼吸。」


「すーー、ふーー…。じゃなくて!!どうして、王の膝の上で休まなければいけないのですか!」


ぱちくりと音がしそうなほど、きょとんとした顔で大きく瞬きをしたロウェルは助けを求める様にハルシュフィードへと顔を向ける。

そして、見つめ合うこと数十秒。

堰を切ったようにロウェルは笑い出した。


「お前、面白いなぁ!気に入ったぞ!」


「だ!か!ら!私は王の愛妾にはなりません!」


「いやぁ、お前なら正妃にしてやっても構わんなぁ。」


「せ…正妃?!」


「どうせ、官吏連中は結婚しろと五月蝿かったし丁度いいな。」


「冗談はその位に。本当に刺されますよ?」


「そうだな?くくっ」


とまだ笑いの収まらないロウェルは全身を真っ赤にしたルイナをちょこんと床に降ろしてやった。


「ここ、というのはこの部屋のことだ。お前が望むのなら、俺が添い寝をしてやってもいいがな?」


「ここが私の部屋なら……今すぐ出て行ってください!」


と、鬼も裸足で逃げ出す様な形相と剣幕で、狼王と名高いロウェル国王と、稀代の宰相は間も無く部屋から叩き出されたのだった。

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