第1章:出逢い
遅くなりました。
タイトル通り、プロローグ場面から遡った話しとなります。
わかりにくい点などあれば、ご意見下さい。
初夏を控え、陽射しが少しずつ厳しくなる頃にも関わらず、エルニス国の政治の中枢たる議場は、凍える程の寒々とした空気が満ちていた。そして広々とした議場は、衣擦れの音一つしないため、多くの官吏が詰めているとは思えない程、静まり返っていた。
そんな静けさを、バサリと紙が舞う音が壊した。
「なんだ、この案件は?西地区に水路の建設だと?つい先日も西地区には水路を新設したはずだが?」
「此度は農業用の水路です。先日の物より簡素な造りにする事で予算を抑え、迅速に対応できるように検討しました。」
「先日の水路から水源を十分に確保できるはずだ。」
「しかし!あの地域の農業用地を考えると……。」
「くどい!西南地区は海が近いために真水の貯留が難しいと聞くが、その件についてはどうなっている?」
「現在、良き方法を調査中にて……。」
「遅い。目を向けるべき事から目を背けて、別の案件を上げるなど、官吏らしからぬ行いだと思うが?」
ギラリと王の目に殺意が宿る。
この玉座に座る男こそ若きエルニス国の王、ロウェル・ナーシャだ。
官吏らしからぬ行いと認められれば、即退職を勧告されるか、自らの私利私欲で動いたとして処刑されるかであるため、入れ替わりが激しく、長く官吏として勤める事は奇跡に等しかった。
だが、言い換えれば、それだけ私利私欲を持ち、家の力を借りた知恵のない者ばかりが、王の周囲を固めていた事もまた、事実であった。
ーーー今から5年程前。
多くの側女達に囲まれ、政を官吏に一任し、王としての務めを放棄していた前王は、自身の甥によって討たれた。
だが、官吏にとっては、前王の死を悼む事も、慌てる事もなかった。何故なら、前王暗殺のシナリオは、悪政により反乱の機運が高まっていたために、官吏によって考えられていたからだった。
辺境の地に住まう忘れ去られた王位継承権を持つ、武術に長けた甥に前王を殺させ、父の仇を息子に討たせる。血脈の力に溺れきっている息子は官吏の良いように動く人形に過ぎない。故に、王が変わった事で反乱の機運は収まり、自分達の栄華は続くと……。
だが、実際はシナリオ通りとはいかなかった。
甥は既に、自身を利用している事を知っていたのだ。その上で、シナリオ通りに前王を殺した。そして、そのまま悪政の根幹に息子も関わりがあったという情報を捏造し、息子も殺したのだ。
そして、甥は玉座に座り、議場に自ら赴き、使える者と使えない者を選別したのだ。
その甥こそ、ロウェル、その人であった。
圧倒的な武術と、冷酷非情な親類殺し、緻密な計略、冷徹な官吏の処罰、大胆な戦略、そして誤りのない政治的手腕を持つ若き国王を人々は、畏怖と尊敬を持って、狼王と呼んでいた。
だが、王には一つの問題があった。
「案件は以上か?」
王の右腕として、即位する以前から仕える彼の従兄、ハルシュフィードが問うと、一人の初老の官吏が、恐る恐るといった風で前に出る。
「恐れながら、我らが偉大なる王をお支えする優れた女人のご紹介をさせていただきたく思い……」
「また、その件か……?くどい!」
「しかしながら、一国の王でありながら妃の一人もいないというのは、世継ぎがないと諸国に宣言するようなものであり……。」
「ほう……?お前は妻の一人も持てぬ我が身では諸外国に舐められるとでも言うのか?」
「いえっ!その様な事は決して!王のご威光は……。」
「もう良い。次はないと思え。」
そう。
ロウェルは今年、25を迎えるというのに未だに妃がいないのである。
元々、辺境の地の忘れられた皇子であったため、婚約者もいなかったのだが、即位と同時に浮上した世継ぎ問題によって、妃を立てようと働きかけたが、この調子で、5年。未だに妃の席は空席のままであった。
諸外国からは、王は男好きだと笑われているが、実際は、一国の王の後継ぎがいないという事は、王の死が国の混乱に直結するため、笑い事では済まされないのだ。鬼神とまで言われる王の戦上手と民からの信頼の厚さに、攻め入られることも謀反もなく済んでいたが、誰もが時間の問題であると、思っているのであった。
「では、解散とする。」
という、王の声に緊張の糸は一気に緩んだ。
常ならば、王が退席し、官吏が頭を下げ、見送ることで会議は終わるが、今日は、やけに外が騒がしかった。
「なんの騒ぎだ?」
「さぁ……。何か問題があれば、兵から報告が……。」
ドタン!という、派手な音を立てて議場の扉が開く。
そして、肩で息をした一人の女が転がり込んできた。その後ろからガチャガチャと鎧のたてる派手な音が響き、おい!や、止まれ!などの声が飛んでいた。
「王に……どうしても、つ……伝えたい事が……。」
よろつきながら歩みを進める女は、バサバサとした茶の長い髪を緩く一つに結わき、ヨレてくすんだ緑のタータンチェックのワンピースを着て、使い古した柔らかな皮の簡素な靴を履いた、王城には相応しくない出で立ちだった。疲れ切った姿ではあったが、茶色の瞳は鋭く、真っ直ぐに王を見つめていた。
カチャリと軽い金属の音と共に王は女の首に刃を当てた。
「私を殺しに来たか?わざわざ遠い北国から王城に忍び込むとは、その度胸は買ってやろう。」
と不敵に笑う。
その刃に怯むことなく女も返す。
「一切の武器は持っていないと後ろの兵にも伝えましたが、理解して頂けず、この様な騒ぎとなってしまいました。私はただ、王にお伝えしたい事があるだけです。」
誰も口を挟む事すら出来ない程、激しく二人は睨み合った。
交錯する茶と黒の瞳を先に逸らしたのは、王の方であった。
「良かろう。話してみろ。兵は下がって構わない。」
刃を鞘に収め、再び玉座に腰掛けた王は静かに女を見据え、先を促した。
説明が多くなってしまいました。
次回はもう少し、進展させる予定です。
ちなみに、茶髪に茶色の瞳を持っているのが北国の人種という、設定があります。(説明を入れる場所がわからず、裏設定となりました……。)