プロローグ
初投稿です。ゆったりと更新予定です。
架空の中世の王家をモチーフに恋の話をと思っています。
素朴な白を基調とした石造りの王城は、薄ら寒く感じる程にシンと静まり返っていた。
どこを見回しても人1人いない。そもそも生気を感じないのだ。
ーーー死んだ王国の城……か。
鋭い紫掛かった黒の瞳を厳しく周囲に向けた男は心の内で呟く。
己の手で滅ぼしたとはいえ、こうも亡国の様を見せ付けられると、戦いの終わった戦地を歩くよりもずっと堪えるのだった。
そんな男の心情を知らぬ、隣の若い騎士が軽い口調で語りだす。
「しっかし妙な城だね?敗戦国とはいえ、案内の騎士とか、女中とかいるのが普通でしょ?罠かねー。だとしたら、面白いなぁ……ねっ王様?」
「何が面白いんだ、ルキ。気を引き締めろ」
「ビクつきすぎだって王様。あんなに手応えなかった奴らがどんなことしてくるのかってちょっと考えると面白いでしょ?」
と、ルキと呼ばれた騎士は軽口を返すが、その視線は油断なく周囲に向けられている。
「暴言は控えなさい。」
と一言、ルキとは反対側を歩く中年の男が嗜める。はーいと拗ねた口調で返す騎士には目も向けず、中年の男は王へと視線で指示を仰ぐ。
「だが、妙なのは事実だ。」
と、短く言葉を切り、無言で目の前に延びる血の様な深紅のカーペットへと足を向ける。そのカーペットに従い王城の奥へと煌びやかな装束の3人と騎士達が進むが、城の雰囲気なのか、王の気迫なのか、その後は会話もなく、沈黙が重く集団にのしかかった。
緊張が最高潮に達した時、集団の前に重厚な扉が現れ、唐突にカーペットは中へと誘う様に途切れていた。その扉の前にすら騎士はいなかったが、男は躊躇なく自ら扉を大きく開く。
同じくシンと静まり返った広々とした空間から、ここは議場だろうと予想しながらゆったりと歩みを進める。
一瞬遅れて、臣下の者達が男に続く。
静かな議場には、靴音と鎧の立てる金属の高い音が響き渡る。その音に反応する様に遠く離れた玉座で何かが動く。
近付くとそこには中央に据えられた金色に輝く玉座があり、これまた美しいばかりの深紅のドレスに煌びやかな宝石を身につけ、艶やかに微笑む女が優雅に腰掛けていた。
「これはこれは、遠路はるばるのお越しを心より歓迎いたします。ご存知の事とは思いますが、私が城主のルイナ・フェリオールでございます。敗戦国の王たる私が本来は貴殿の国へ赴くのが当然の事とは思いますが、何分、私も王となってから日が浅いもので、支度が整わず、今回、この様な形でお会いする事になってしまった事、心よりお詫び申し上げます。」
「形式的な挨拶は要らない。単刀直入に聞く。兵士はどうした?重臣や親族は?」
「さぁ?」
「シラを切るつもりか?ならばこの場でその首をはねても構わぬということだな。」
男は殺意を込めて女を睨んだ。後ろに立つ騎士の背中にすら汗が滲む、壮絶な殺気を女はしかし、微笑で躱す。
「はねられるものならはねてご覧なさい?一国の王女を短気で殺したなんて、それこそ笑い者になるのはあなたの方よ?」
「我らの王にその様な汚れ仕事を任せるわけがないでしょう?」
とルキと呼ばれる若い騎士が柄に手をかける。
「さすがは後先を考えられないナーシャの皆様だこと。いいわ、教えてあげる。」
軽い挑発すらして見せた女は悠然と扇を口元に当て、楽しげに笑う。
視線だけで殺しそうな男と騎士から視線を外すことなくゆったりと立ち上がる様は、紛れもなく選民主義のフェリオール王家に相応しいものだった。
「私、降伏するつもりなんてなかったのよ。だって、北の大家オルヴィス王国よ?成り上がりのエルニス国になんて負けるはずがないじゃない?やる気のない腰抜けの兵士共のせいで、連敗を重ねているだけだわ。王家がいるからこそ衣食住が成り立つって言うのにそれを理解できない民のせいで物資が不足するんだわ。なのに、まるで私がいけないとでも言う様に勝手に降伏の話を進めて、今朝の議場で初めて今日が降伏の日だって知ったわ。これを読んでくださいってね。」
パサリと投げた1枚の紙には先ほど述べた口上が書かれていた。端整な筆致から、この国最後の賢臣と呼ばれた宰相のものだろうと判断できた。
「つまりは、偉そーな王女様は臣下に見限られたってわけか?かわいそーにね。」
「本当に哀れな民だわ。私の言う通りに動いてさえいればいいのに。」
「つまり貴女は今だに、臣下に見限られた理由がわからないと?」
感情を押し殺しているためか、声が若干震えている中年の男が問いを返す。
「理由?そんなの分かっているわよ?民の頭では王家の考えについていけなかった。だから目先の利益に囚われて、王家を見限った……でしょ?」
ダンっ!と激しい音が議場に響く。
「王女様は、戦場で死んだ兵士をそうやって片付けるのか……?なら、そいつらに代わって……」
「待て。」
今にも斬りかかろうとするルキを抑えて、黙って聞いていた王と呼ばれる男が声をあげた。
「お前……あのルイナか?レナ・フェリオールの義妹のルイナか?」
「……。覚えていたんですね。」
「何故、お前が……。」
「5年もあれば人は変わりますよ?私は一般人ではなく王家の血筋を持った民を率いる立場である事を知ったのですから、その血を持つ者として、当然の事をしているまでです。」
「そんな訳が……!」
「あの頃の私は居ませんよ?」
クスクスと笑いながら、あの日、5年前とは逆の立ち位置から、同じ色の瞳を重ねて、2人はただ見つめ合った。