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人の欲望

作者: 棘田 清棘

 それは十月某日に起こった。

 発端はSNSで仲良くさせてもらってるある方からのコメントであった。


#好きな画像を1枚貼って3人指名していくリレー


 そんなコメントで自らが指名されてしまったのだ。

 だが、普通に好きな画像を張るのではおもしろくない。何か面白い画像がないかとスマホの画像フォルダを探った。

 そして見つけてしまったのだ。熱せられることによってうまみが溢れだし、醤油によって今にも香ばしい臭いが漂ってきそうな焼き牡蠣の画像を!

 だが、そんなコメントをする直前に頭に一つの囁きが聞こえた。


「冷静になれ」


 そう。冷静にならなければならない。

 今は7時頃。この時間はまだまだ飯時だ。これでは被害が少ない。もっと小腹が減ってくる時間。10時ぐらいが狙い目だろう。


「違うから! 冷静になる部分はそこじゃない!」


 そんな声が聞こえたが気のせいであろう。

 まさかここが小説の世界だったりするわけがないし、読者が居るわけでもない。そんな声が聞こえるわけがないのだ。

 だから10時。そのタグで焼き牡蠣を投稿した。


 私にも良心はあった。

 せめて被害を狭くしようと次に回す3人を一人の人物に、それも飯テロの教祖と呼ばれる存在に送ったのだ。

 彼女なら何ら問題ない。何個か会話して終わる。そんな風に思っていた。

 それはすぐに大きな間違いだと思い知らされる。

 私は舐めていた。人間の欲を、人間が他人の不幸がどれだけ大好きなのかを、そして食欲を……。


「残念だったね! 今日はさっき食べたばかりで腹がぽんぽんだぁー!」


 そんな台詞とともに返信されたのは2枚の画像。

 それぞれが綺麗に飾られ、丸い白く、美しい物にチェック状に切れ込みが入れられ、上に乗る赤い輪が眼を釘付けにする。

 隣にあるモノは葉っぱ状に整えらている。表面に適度な焦げ目。その黄色いモノは噛んだら口いっぱいに甘いモノが広がりそうだ。

 後ろの団子状のものは茶色い蜜でコーティングされており、輝いている。また、他にもいくつかの食材が一つの皿に並べられていた。

 だが、それだけではない。まだあるのだ。

 もう一枚の画像には2つのモノが映し出されていた。

 緑色の団子。おそらく抹茶味の団子が純白のソースに彩られる。一緒に置いてある木串で刺せばほんの少しの抵抗と共に貫き、口に運べばモチモチとした触感が出迎えだろう。

 もう一つの皿には真っ白なプリンが乗っていた。

 恐らくは豆乳プリン。

 その白さは証明の光を弾き返し、上に乗ったハーブを際だたせる。スマホを振れば即座に揺れ出しそうであった。


 だが、まだだ。相手は飯テロの教祖。

 このぐらいは既に想定済みだ。こちらに被害はない。

 心を落ち着かせ、スマホを見る。

 口にはグレープのほんのりした甘さとハーブの『スー』とする感覚が口に広がっていた。


「おいやめろ。その戦争は周りへの被害が甚大すぎる」


 その通りである。これですべて鎮静化する。

 数人のお腹にダメージを与えただけですべて済むのだと。

 だが、私は口の中に飴を入れた時点で人間の食欲を思い出すべきだったのだ。

 私は素直に謝る。これですべて収まる。いつも通りの日常(SNS)に戻るはずであった――。


「争いなんて無益なことはやめるんだ」


 そのように送られてきた画像。

 中には有名な映画にでてくる優しげなお化けを象ったおむすびが並ぶ。彩りにつけられたミニトマトには可愛らしげなキャラクターの爪楊枝が刺さり、見た目豊かにし、敷かれた葉っぱがすべてを包み込む。

 他にも画面の端に移る数々のおかず。

 ゆでたトウモロコシにかぶり付き、一つ一つの粒が口の中で奏でる音。その後にかぶりつく本来の味が引き出された肉。

 それを食べられればどれだけ幸せなのだろう。

 だが、これは戦争の始まりであった。

 再び教祖から送られてくる和の料理。

 ふわふわの生地にサンドイッチのように包まれたアンコ。ゼラチンの中で甘さを秘めた紫芋。薄い皮の中に粒々のアンコが入ってるであろうモノ。

 どれもが食後の食欲をそそる。


 即座にまた別の人物が画像を送ってくる。

 今度は豪快に焼かれた肉。


 ジュワァァァ。


 そんな音と共に溢れでる肉汁を幻視する。控えめな画像が多かった頃にこれである。目の前に実物があれば豪快に噛みつきたい。そう思わせた。


 今度も肉。だが、それは魚であった。

 身の詰まった鯛にアサリが多い被さる。海鮮独特の塩みが口の中を洗い流す気がする。

 添えられた赤によって決して地味にならず、そして華美になりすぎないそれは私のお腹を鳴らすには十分であった。


 まだまだ画像は続く。

 絶妙に作られたローストビーフ。まるで料理の見本であるかのような数々の卵料理。たまに食べたくなるようなインスタントの焼きそば。

 デミグラスソースを絡めたハンバーグはフォークによって持ち上げられ、口が肉汁を欲する。

 それとは対照的に白く存在するのはカニのグラタン。

 焼き肉に、鰻重。鍋が覇を競う。

 そこに現れた黄金の輝きを持つラーメンは何人の腹を鳴かせたのだろうか?

 醤油に始まり、魚介、豚骨と並ぶ。

 持ち上げられたスープはのどを鳴らした。


 カレーにナポリタン。うどんと並び、ピザから伸びるチーズが止めを刺しにくる。

 既に口の中には涎が一杯でこれ以上は耐えられそうになかった。

 そして胃に気を使うようにヨーグルトが差し出される。

 すでにこの流れは誰にも止められそうになかった。そうその発端となった画像を投稿した私にも……。


 塔のようにそびえ立ったワッフルがジャムをつけて食べろと言う。重なりあったホットケーキが蜂蜜を垂らし、皿に甘い水たまりを作る。

 デザートで落ち着いたかと思えば再び海鮮丼が存在を主張する。プチプチと潰れるイクラ。醤油と絶妙なコンビネーションを行ってくる赤身、宝石のように光るキャビア。

 勿論海鮮丼で終わらない。

 今にも雫が弾けそうな餃子。冷たいビールと共に食べればどれだけ爽快だろうか。

 最後にはイチゴとブルーベリーのタルトなどどうだろう。

 気がつけば私は自室から出てキッチンに居た。

 湯気の立つ熱々のお湯を注ぐ。

 一緒についてきた粉がお湯にとけ込み、うま味が広がっていく。

 3分が経ち、ふたを開ければ広がる醤油と鰹節のいい匂い。

 油揚げを箸でぐっと押し、スープに浸ける。

 まずは麺からと長く、平べったい麺を箸で掬いあげる。それと同時に広がるスープの味。麺の触感。

 健康に悪いと言われながらもここまで人気を誇る理由がわかる気がする。

 汁を啜れば熱々のスープが舌を包み込む。

 湯気で眼鏡が曇るがそんな些事は気にしてられない。

 様々な画像で腹を空かした私には今目の前にあるうどんの事しか考えられなくなっていた。

 スープをたっぷり含んだ油揚げにかぶりつき、静かに佇むかまぼこを食べる。

 再び麺を、スープを口に運べば10分も経たないうちに容器の中身は空となる。


 画像とは恐ろしいものである。

 とても綺麗に撮られた写真ならば見るだけで香りが、味が伝わってくる。そして味がわからないものは味を想像させる。

 未知への欲望が、食欲を増進させ、時に我慢を越えることがある。


 飯テロとはとても危険だ。テロという物騒な名前が付くのにも頷ける。人の欲を、食欲を増大させ、そして周りに拡散させていく。

 わずかなきっかけなはずなのに気がつけば周りの腹の限界を易々と突破する。


 皆さんは気をつけてほしい。飯テロとはとても危険である。軽い気持ちでやれば決して取り返しのつかない事になるだろう。今熱々の白米を食べてる私のように。


「あぁ、一粒一粒からあふれ出す米のほのかなあまみは最高だ」


教祖からのメッセージが届きました

「残念だったな!

あれは甘鯛の丹波焼き 木の葉丸十 レンコンサーモン 菊花蕪

そして 胡麻のブラマンジェ

柿の吟醸ジュレ シャインマスカット月の雫よ!」

教祖様が送ってきた料理についてです。

な、なんかの呪文でしょうか(汗

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― 新着の感想 ―
[良い点] 飯テロいただきました! [一言] ご飯食べたばっかりだったので影響少なかったけど、ついアイスいただきました!
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