表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後半






        4






 その彼が目を開いてその鳴き声を響かせたのは、「研究所」から帰って次の日の夕方だった。それまでの丸一日中、あたしはその「竜」をまじまじと観察する機会を得た。


 一口に竜といっても、城壁内にいる子たちの竜具合にはいくらか差がある。メルクリウスのように全身がすっぽり鱗で覆われている子もいれば、ビスマルクのように背中だけ鱗がなく、ふさふさの子もいる。この人型の「竜」は、メルクリウスに近いタイプで、耳や瞼まできっちりと鱗に覆われていた。髪もないし、何というか、ゲームとかによくいるリザードマンと半魚人を足して二で割ったような雰囲気だ。


 身長から見て、あたしと同じか少し下くらいの男の子だったのではないかと推測できる。元々、この子はどんな人間だったのだろう。


 本人の口から聞くことができればよかったのだけれど、この「竜」は喋ることができなかった。目を覚ました直後、竜そのものの吠え方をしてあたしの期待を粉々に打ち砕いてくれたことには、さすがのあたしも結構根に持っている。


 とりあえず、最初は餌付けだ。あたしはメルクリウスお気に入りのツナ缶をお皿に出して、彼に与えてみた。


 結果、食べた。お皿もだめにされたけど。さすがにお皿はまずかったのか、ぺっと吐き出したのが憎たらしい。


「あんた、名前は?」


 そして、だめもとで聞いてみる。答えは ぐるるといううなり声。あたしはため息を吐くと、かつてフリードリヒたちにしたように、命名式を開催する。あたしにネーミングセンスなどというものは存在しないので、歴史の授業とかで知った名前を適当に当てはめるだけなのだけれど。


「うーん。じゃあ、ヴィットーリオ・エマヌエーレ二世」


 意味もなく長い名前を言い、あたしは得意げな笑みを浮かべる。名前だけいやに覚えていたけれど、どんな人間だったのかは全く覚えていない。


 対して、人型の竜は首を傾げた。


「……ないか」


 そんな名前じゃ、呼びにくいったらありゃしない。とはいえ他の名前を当てはめるのもなんだかしゃくだったので、あたしはそれにちなんだ名前を強行採決する。


「うん、あんたの名前はヴィト。これからあたしは、あんたのことをヴィトって呼ぶ。わかった?」


 あたしが念を押して言うと、ヴィトはぐるると答える。ま、すぐには覚えないわよね。


「付いてきなさい」


 あたしが言うと、ヴィトは無言でベッドから立ち上がり、命令に従った。


 不思議なものだ。メルクリウスも、フリードリヒも、あたしの出会った竜たちは一部の人間の言葉を理解する。研究所で知った、人間の従順な召使いとして作られたという事実が、わたしの頭をかすめた。


 とはいえ、ヴィトをあのまま放置した結果部屋をぶっ壊すという暴挙に出るという可能性がなくはない。いつもは温厚だけれど、その力はまさに竜そのもの、合板でできた壁なんて、ダンボールか何かのようにぶち破ってしまうことができる。


 竜の正体が衝撃的すぎて話そびれてしまったけれど、あの研究所で仕入れた情報の一つに、竜たちには互いに意志の疎通が言葉を持っているらしいというものがあった。それなら、あたしではなくメルクリウスたちに先生をつとめてもらったほうがいい。


 けれど、目覚めたヴィトと最初に対面したメルクリウスの反応は、ひどく予想外なものだった。


 あたしがメルクリウスと初めて出会ったときの、おなかを見せて「かいて」の要求、あるいは完全服従のポーズ。それを、ヴィトに対してやったのだ。


 対するヴィトは、微動だにしない。無言の時間が続き、耐えかねたあたしがヴィトの目の前で手を振ると、ヴィトは抗議のうなり声をあげる。


 瞬間、尻尾を振っていたメルクリウスの動きが、止まった。まるで、「あ、間違えた」とでも言うように、すぐさま姿勢を元に戻し、あたしの足下に身を寄せた。


 ここに来て、あたしは、メルクリウスがヴィトのことを人間だと「勘違い」していたことに思い至った。と同時に、寒気に似た戦慄が背筋を走る。


 竜は、他の惑星に降り立った人間たちをサポートするために作られた、召使いだ。では、人間であり、同時に竜である竜が目の前に現れたら、どうするか。


 その結果が、メルクリウスの反応だ。きっと、あの研究所にいた人たちはそのケースを試そうとしていたのだろう。だから、ヴィトは作られた。


 自分でも驚くぐらい急に、涙が出た。

なんということだろう。メルクリウスにも、ヴィトにも、彼らだけの人生が、生き物としての生があっただろうに。人が作り出したテラフォーミング装置によって、彼らは「竜」となった。山間とはいえ、被害は人里にも及んでいたから、きっとこのウイルス災害は事故だったのだろう。それが、余計に悲しかった。研究所にいた人たち――もう生きてはいないだろうけど、きっと彼らも望んで事故を起こしたわけじゃない。ここでは、誰もが被害者だった。


 メルクリウスが心配をして、あたしの手をなめる。人の形をした竜は、その光景を、いつまでも、いつまでも眺めていた。







 あたしの体に異変が起き始めたのは、ヴィトが目覚めた二日後の朝からだった。いつものように洗顔、その乙女の嗜みの最中、あたしは自分の肌がいやにかさついているのに気が付いた。この頃いろいろとあったし、疲れが貯まっているのかなと思って、その時は特に気にもかけなかったのだけれど、その夕方になって、異変ははっきりと自己主張をし始めた。


 なんだか体がだるくて、昼寝を決め込んでいたあたしだけれど、どうにも調子が悪かったので体温を計り、熱が出ていることを知った。そして顔色を見るために見た鏡に映った自分の姿に、あたしは絶句した。


 紅い。朝では健康的な肌色をしていた顔が、食紅を塗りたくられたように変色していた。そのあまりにメルクリウスたちを彷彿とさせる色に、あたしは恐怖で凍り付き、膝を折ることさえできなくなっていた。


 あたしはその時、寝室に戻って布団をかぶって震えるか、外に飛び出して空のバカヤローでもするつもりだったのだと思う。そのまま鏡の前でじっとしていたら、その赤い肌と同様にどうにかなってしまいそうだった。


 でも、あたしが行動を起こす前に、あたしは突然壁をぶち破って現れた何者かに腕を掴まれ、家の外に放り出されていた。あたしの体はバトルもののアニメか何かのように宙をぐるぐると回転し、派手に地面を転がった。


 もちろん、その瞬間のあたしにはなにが起きたのか、全くもって理解できていなかった。無理もない。あたしの髪は突然金色になったりはしないのだから。


 しばらく目を回し、気がついて最初に目に入ったのは、一階部分の壁に大きな穴が開いている光景だった。そのあまりにシュールな景色に、あたしの頭は急に冷静さを取り戻す。


 うつ伏せの状態から、手足に力を込める。幸い、五体満足で骨も折れた様子もない。けれど、一瞬であたしの全身に刻まれた打撲はひどいものだった。あまりの痛みに、あたしは再度その場に突っ伏してしまう。


 その場から動けず、穴から紅蓮の鱗をまとった人型が現れるのを、目を見開いて見届ける。それは間違いなくヴィトだった。しばらくきょろきょろとしていたが、ふとあたしと視線が合うと、直後、人ならざる咆哮を上げて突進してきた。しかし力を制御しきれないのか、あたしを通り過ぎてしまう。その様子を見ながら、あたしは奇妙な高揚感に囚われていた。


 これは、憎しみだろうか? しかしそれにしては、渇望に似た熱量が体中を駆け巡っている。どうしようもなく、これから素晴らしいことが起きるという予感が頭の中をがんがんと響きわたる。


 でも、地面を数十メートルも転がるほどの勢いで放り投げられたあたしは、一歩も動けないどころか、立ち上がることさえできなかった。沸き上がる高揚感と、全く動かせない体。その相反する感覚が、脳味噌をぐちゃぐちゃにする勢いで渦を巻く。


 体勢を立て直してもう一度突進してくるヴィトからひとときも目を離せぬまま、あたしの心はもう壊れそうになっていた。


 と、紅蓮の色を持った風が、吹いた。


 それはヴィトを突き飛ばし、あたしがそうなったように数十メートルも地面を転がった。けれど動きを止めることはない。丁度、サバンナのチーターがそうするようにヴィトの首筋にかぶりつき、激しく揺さぶっている。それの首が力強く振られる度、水まきかなにかのように赤い液体が迸る。


 生命力はさすがの竜だ。ヴィトが動かなくなるまで、車を洗うぐらいの時間はあったかもしれない。それはさすがに言い過ぎかもしれないから、もっと短かったかもしれないけれど。当のあたしはそれどころじゃなかった。


 今思えば、それはたぶん、天敵か何かを目の前にした高揚感だったのだと思う。ヴィトという、人間の形をしながら竜の特徴を併せ持ち、そして人を襲う、彼らにとって排除すべき存在を目の前にした。その状況への条件反射。あたしはもう、半分以上竜になりかけていたのだ。


 ヴィトが動かなくなったのを確認したそれは、それがさも当然のことであるかのように、ヴィトを食べ始めた。いつの間にか巨大な鳥が降りてきて、仲良く会食と洒落込む。


 それは、メルクリウスとフリードリヒだった。


 人間の形をした生き物がばりばりと噛み裂かれる光景というのは、筆舌に尽くしがたい。さきほどまであたしを喰いつくそうとしていた奇妙な高揚感は消え去り、あたしは女子として至極真っ当なリアクションを取った。


 何かを見たことが原因で吐いたのは、これが初めてだったかもしれない。それは、ノロウイルスによる嘔吐感よりもずっと、吐いたあとの改善がなにも見られないものだった。


 食事を終えたメルクリウスとフリードリヒが、こちらに寄ってくる。その体を覆う紅蓮の鱗は血を浴びててらてらと光っていた。なんとか吐き気は堪えたけれど、恐ろしさに後ずさってしまう。


 一歩、後ろに踏み出した瞬間、二匹はぴたりと動きを止めた。二匹は困ったように顔を見合わせ、もう一度こちらに視線を戻す。


 それからしばらく、あたしたちは無言で視線を交わしていた。


 なにも言えなかった。


 そのうち、メルクリウスがきびすを返し、フリードリヒは飛び立った。暗黙のうちに、彼らはあたしが必要としているものに気がついたようだった。


 あたしは、城壁内部に入って初めて、ひとりぼっちになった。







        5






 人間、水と食料さえなんとかなればいくらでも引きこもっていられるらしい。今でこそ、それ以外の要素が必要になってくることは知っているけれど、その時のあたしは本気でそう思っていた。


 まったく、死人と呼ぶのが丁度いい有様だったと思う。研究所で見つけたあの情報。もう三日とない時間の後、城壁の内部は核爆弾でなにもかも吹き飛ばされる。何世代か前のSF小説を愛読している人は目を剥くと思うけれど、ウイルスの世紀と呼ばれるこのご時世、核爆弾なんてそこまで大したものじゃない。あなたなら知っていると思うけど、今の時代の核爆弾は、一帯に放射性物質が一ヶ月と残らない。その分、致死率はC型肝炎と鳥インフルエンザを足して二で割らないくらいだ。浄化にはうってつけと言える。


……その時が来れば、何を言わなくても終わらせてくれる。


 なんて卑屈だったんだろう。


 家庭菜園ができなくて、研究所でメルクリウスたちの正体を知って、自分がどうやら「竜」になりかけているみたいで、ヴィトに襲われて、その当人がメルクリウスたちに食されて。


 そんなイベントがあるまで、あたしはよく耐えたと思う。何せ、城壁内には人間など一人もいなかったのだから。一人ぼっちの人間は、どうしようもなく、脆い。


 彼らがいたから……。


 非力な女子高校生が、ちゃんとした住処を見つけ、食料を調達し、友達とのおしゃべりがない状況で正気を保っていられたのだ。竜たちは、あたしのよき友人だった。例えそれが、改変された遺伝子によって決められていたことだったとしても。


 それを言うなら、あたしだって、遺伝子で決められているから人間なのだ。あたしが自らの手で選んだものなんて、それこそ雀の涙みたいなものだ。高校だって、塾の先生から進められたところなのだから。


 一人の夜は、あまりに耐えがたいものだった。そんな、益体もないことを考えてしまうぐらいに。


 それでも、人間、ある程度時間が経てば自分が何に苦しんでいたのか忘れてしまえるらしい。ニュースやドラマで見る殺人事件では、何十年も前のことを復讐したがる人がいるものだけれど、あたしにはそんなスタミナなんてなかった。要するに、あたしは悩むのに疲れてしまったのだ。


 五日ぶりに鏡を見て、あたしは自分の皮膚が元に戻り始めていることに気がついた。軽く顔を洗うと、ひどく日焼けした後のようにぺりぺりと皮膚がはがれる。同じく日焼け痕のようにすごく痛かったけれど、その下から現れたピンク色に、あたしは詰めていた息を吐き出した。


 せっかくだから、外を見ていこうかな……。もう、最後の日だし。


 一応服を着替え、シャワーを浴びて、外へと出る。夕暮れ時だ。斜めから差し込む赤い光がプラズマシールドにかき乱されて、まるでとてつもなく大きな生き物が向こう側で暴れているかのようだった。


 今日、この日。城壁の向こう側から爆撃機かなにかがやってきて、ここをきれいに焼き払ってしまうのだ。


 あたしは笑った。向こう側、だなんて。まるで、ただの高校生として過ごしていた頃のことが遠い昔のことのようだった。


「死にたくないな」


 不意に、自分でも気がつかないほど不意に、かすれた声が出た。遅れて、自分が口を開いていたことに驚く。まったく、あたしは完璧なまでに引きこもりになっていたらしい。


 その言葉に反応したわけではないだろうけど、その瞬間、森のあちこちから何かが飛び立った。夕日をはらんで、いくつものシルエットが天を目指して舞い上がっていく。まるで、この牢獄から逃げ出したいと願う誰かが、自由の象徴として夢見る鳩かなにかのように。


 しかし、プラズマシールドで囲われた城壁内部の空は、生物の移動を拒むために激しい乱気流が吹き荒れていた。飛び立った影たちは皆、乱気流に揉まれて高度を落とし、それでもあきらめずに天を目指す。


 急に、涙が頬を伝った。声はない、しゃっくりもなし、嗚咽ですらなかった。


 しばらく夢見心地でそんな景色を見ていたけれど、不意に、ぼとりと何かが落下する音がして、あたしは振り向いた。背中から体長をゆうに越える翼を生やしてはいたけれど、それは明らかに大型犬の形をしていた。


 あたしははっとして、その竜に駆け寄る。間違えようもない、メルクリウスだった。


 メルクリウスは竜にあるまじき情けない鳴き声を発して、差し出しだされた手を舐める。あの黒い影たちは、みな竜なのだ。どうにかして翼を生やし、ここから逃げようとしている。


 そう思った直後、空から、森のあちらこちらから、そしてメルクリウスの口から、雷鳴のような咆哮が発された。あまりに強いその響きに、体中が泡立つような、本能的な恐怖が全身を貫く。


 そして、変化は唐突に起こった。メルクリウスの背中から、さらに何かが生まれ出てくる。ばきばきと骨が折れるような音がして、先ほどとは比べものにならない大きさの翼が生えてきた。力強く羽ばたき、あっというまに飛び上がる。


 変化はそれだけではなかった。明らかに苦悶とわかる吠え声を上げながら、メルクリウスの体が、破裂した。その中からさらに大きな体が現れ、膨らんでいく。


 それは、まったくの、竜そのものだった。体中からぼたぼたと血を流しながら、天を目指して上昇していく。


 いつのまにか、空は巨大な竜たちに支配されてしまったかのようだった。大地に赤い雨を降らせながら、一点を目指して侵攻する。


 プラズマシールドのせいで、そこに何があるのかは見えなかったけれど、あたしにはそれがこの地を浄化するための何かを運んでくるものに思えた。


「そんな……無理だよ……」


 竜の巨大な翼をもってしても、プラズマシールドの生み出す乱気流を突破するのは容易ではない。竜たちは悪戦苦闘しながら、それでも諦めることはない。


 乱気流にもまれ地面にきりもみ落下した竜は、さらに体を巨大化させ、血をだらだらと流しながら飛び立っていく。あまりにもグロテスクな生命の進化。


 まるでファンタジー映画の一幕のように、竜たちは一点を目指し、その巨大な影は力強く羽ばたく。


 その光景は、どうしようもなく、生命の脈動が感じさせるものだった。






        6






 もちろん、今あたしがあなたと話している通り、あたしは死ななかった。竜たちは、見事城壁内部を守り抜いたのだ。


 当時のニュースを見た限りは、核爆弾を乗せた爆撃機は気流の問題がなんだとかで、一度引き返したことになっていた。


 元の体が小さかったせいなのか、メルクリウスたちのように巨大化しなかったメッテルニヒは、呆然とするあたしを再びあの研究所に導き、その奥にあった地下道から、あたしを逃がした。


 まったく、拍子抜けだった。ほとんど諦めかけていた脱出が、このような形で叶うなんて。


 メッテルニヒは、小さな体で恭しく、起用にお辞儀をしてあたしを送り出した。当然、あたしは彼を連れていこうとしたけれど、竜特有の無駄に強い力で拒否されたものだから、根負けして帰路についた。


 その後は、あなたも知っている通り。


 城壁の跡地に、あのビル街と、この公園が出来た。あの二か月の間は、本当に心配をかけちゃったね。うん、お母さんにも、泣いて抱きつかれちゃった。さすがに警察には本当のことははぐらかしたけど、あの時の顛末は、まあだいたいこんな感じ。


 最後まで口を挟まずに聞いてくれて、ありがとね。


 もう、あれから五年も経つんだね。どう? 新しい仕事は?


 うん、そうだよね。あはは、あたしも。まあ、あなたはこんな話を黙って聞いてくれるぐらいだし、たまには言いたいことも言わなきゃだめだよ? 特にオトコにはね。


 殺人事件の加害者は、現場に戻ってきたがる。そんな話があるけど、まあ、あたしもそんな感じかな。まだ誰にも話していないけど、やっぱり、誰かに話しておきたくてね。この地に眠っている、あたしのよき友人だったものたちの話を。


 ほんっとうに、持つべきものは友だちだよね。こんなの、一人で一生抱えられるものじゃない。

なんて言っておいてなんだけど、できれば、この話は誰にも言わないでほしいな。公にしたら、そりゃもう一大スキャンダルなんだろうけど、あたしはね、もう、彼らのことは放っておいてあげたいなって思うんだ。研究は完全に中止にされているみたいだし、無理に掘り返す必要もないしね。


 ああそうだ、案内したいところってのは、あたしがあの二か月の間一番長く住んでいた家があった場所でね。ほら、こっち。


 ……来るのは初めてじゃないんだけど、こう、噴水になってるってのもなんだか不思議な気分になるよね。まあ、偶然だろうけどさ。


――たぶん、ここにあなたは眠っているんだろうな。最後の日も、わざわざ家の近くに落ちてきたぐらいだし。紹介するよ、彼女は、あたしの中学からの友達。おっとりした子でね……。


 噴水の水は、まだ春が終わっていないことを主張するつむじ風によって、霧吹きのように軽くあたしたちを濡らした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ