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VRゲームの正しい遊び方  作者: エタナン
9/12

その場のテンションに注意

 進行が遅くてすみません。

 どちらか一方だけが生き残る方法はある。

 単純に二手に分かれて全力で逃げればいい。


 だが、それをやると助かる方はもう片方を見捨てたことになる。

 一週間くらいの短い仲だが、もうお互い見捨てられるような薄い関係ではなくなっていた。


「ハッ!!」

「シッ!!」


 俺は槍を出来うる限り最高の速度で振り回す。


 俺の槍の名前は≪神槍グルグニル≫。高スペックで入手が困難な武器だが、一番の特徴は『投擲後いつでも手元に呼び寄せられる』ということだ。


 この≪神槍グルグニル≫と≪英雄クーフーリン≫のコンボで俺は何度でも投擲技を使える。


 だが、それは投擲に十分な時間と距離があればの話だ。


 今の俺にはそんな余裕は欠片もない。

 俺は反射速度ギリギリの領域でマスクド・ジャックの高速ナイフ術を弾き続けている。


 俺がこの高速戦闘を続けられる理由は二つある。


 一つは俺の後ろのオリーブの存在だ。

 これは『守るものがあれば強くなれる』とかってセンチメンタルな話じゃない。


 オリーブの契約している神は≪勝利の女神フレイヤ≫。北欧神話における勝利を呼び込む神。

 その効果は『発動中のパーティーメンバーの回復およびステータス強化』。


 今はその対象となるパーティーメンバーがオリーブ自信と俺の二人だけになり、オリーブ自身は無傷なので回復力はすべて俺に回されている。


 だから俺は、致命傷だけを避けながら小さな傷の原因となる牽制を無視して戦える。

 ステータスの底上げもあるが、回復力のほうがかなりありがたい。



 そして、もう一つはやはりオリーブの存在だ。

 これは『守るものがあれば強くなれる』というセンチメンタルな話だ。


 いままで『次元の違う強さ』だと思ってきた強さの秘密がようやくわかって来た。


 なんてことはない、ただのモチベーションの違いだった。


 気合、信念、覚悟、根性、動機……そんなありふれたもの。


 昨今では『気持ちだけでは何も変わらない』とあきらめるような風潮が強いが、モチベーションの高い人間とモチベーションの低い人間ではパフォーマンスに差が出るのは当然だ。


 それが日ごろの鍛練の段階からなら尚のこと実力には差が出ることになるだろう。


 後ろめたく、現実から逃げるためにゲームをしていた俺があっけなくオレンジに一撃必殺されたのは当然のこと。


 やる気のない主人公が奇跡を起こせるわけがない。


 オレンジ、ジャック、それに友もきっと何かを抱えて背負っているからこそ、違う世界の存在のように感じたのだろう。


 今だってこんな付け焼き刃のモチベーションで追いつけたとは思えない。


 だが••••••


「オリーブと一緒なら、負ける気がしねえ!!」


 俺にはオリーブからの援護がある。


 さっきは威圧されて立っていることも出来なかったオリーブも、今では自分の足で立って理不尽な殺人鬼に対して戦う意志を見せている。


 二人でなら、あのまるで一族の仇に向けるかのような殺気に耐えられる。



 そして、持久戦をしていれば有利なのは回復できる俺の方だ。


 そんなことを思っていた。

 だが、殺人鬼は戦いながらまるで世間話のように話しかけてきた。


「おにいさん、一ついい?」


 俺は答える気はない。答えてる余裕なんてないからだが……殺人鬼は意外な言葉をそんな最中浴びせてきた。


「もしかして、あのおねえさんのこと好きなの?」

「な!?」

「いきなり強くなったし、愛の力ってやつ?」

「な、何馬鹿なこと言ってんだ!?」

「手がお留守になってるよ」


 ちっ、やられた……精神的に揺さぶりをかけて集中力を削る気か!?


「ねえ、どーなの? もしかして付き合ってるの? チューとかした?」

「オマエは女子中学生か!?」

「もしかしてCまで行った?」

「昔の高校生か!?」


 揺さぶりってゆうか、こいつ単純に俺とオリーブの関係に興味津々になってやがる。

 なんだこの殺人鬼……どんなモチベーションだ?


「いや、ボクが言いたいのは……弱点は隠すべきだってことだ」

「!!」


 また投擲が来る!!

 今度の軌道はおそらく俺が避けたらオリーブにあたるように飛ばしてくる。


「シッ!!」

「チッ!!」


 さっきは不意打ちだったが、今度はパターンがわかってる。

 避けては駄目なら弾けばいい。


 マスクド・ジャックの右手が素早く動く。

 今だ!!

 手を中心に槍を回転させて投擲から俺と俺の背後のオリーブを守る。


「甘いな」

「なに!?」


 マスクド・ジャックは声からタイミングをずらして短刀を槍の回転する円形の軌道を超えた高い角度で短刀を投擲する。


「オマエ、最初からオリーブだけを!!」

「どうする?」


 短刀は放物線を描いてオリーブに当たる。普通のVRプレイヤーなら落下してくる短刀くらい確実に避けられそうなものだが、日の浅いオリーブにはおそらく急にはできない。


 オリーブを守るには……


「撃ち落とす」


 俺は無我夢中で『必中投擲』を使い短刀をロックオンして槍を投擲した。

 槍が有り得ない軌道で短刀を追う。


「やっぱり、自分より大事なんだな」


 前を見ると、目の前には殺人鬼が迫っていた。

「!!」


 決着は一瞬だった。

 気がつけば、俺の腹に毒爪が……毒の抜き手が刺さっていた。


「お、ク、クロードさん!!」

「グッ……来るな、逃げろ!!」


 しかし、オリーブは逃げようとしない。

 俺がやられたのは腹だ。大ダメージではあるが、即死はしない。だが、このままでは毒の効果で回復しながらでもHPが尽きてしまう。


 これは罠だ。

 俺を生殺しにしてオリーブを誘い出す罠だ。


「やめろ……」

「うるさい」

「グッ」

 口を塞がれた。

 振りほどこうにも毒の効果でろくに動けない。


「その人を放してください!!」


「……ねえ、おねえさんはこの人のこと好きなの?」


「……え?」


 こいつ、いきなり何を言い出すんだ?


「答えてくれたら放すのも考えるから、正直に言ってよ」


「••••••はい。好きです」


 え?


「あ、でも、それは恋愛とかじゃなくて人間としてというか……」

「like? love?」

「……どちらかと言えばloveです」


 え? マジで?


「でも本当に違うんです!! 詳しく言えないけど違うんです!!」


 ……どんなふうに違うんだ?

 詳しく聞かせてほしい。


「……よくわからないな……まあいいや、ほら受け取れ」


 殺人鬼は俺の腹から手を抜いて、俺をオリーブに向かって無造作に放った。


「うおっ!!」

「あっ!!」


 オリーブは俺を受け止めようと走り寄ってきた。


 そして……


「やめろ!!」

「約束は放すとこまでだ」


 その毒爪は俺を受け止めたオリーブの腹をも貫いた。


「きゃあ!!」


 殺人鬼は女子供にも容赦しなかった。




 オリーブの腹から手を引き抜いた後、俺の横にオリーブを寝かせて言った。

「これがゲームでよかったね」


 俺もオリーブも直接致命傷を受けたわけではなかった。

 だが、受けた毒は強力で俺たちのHPは直になくなるだろう。


 オリーブの技でHPを回復したくても、オリーブ自身が毒で『儀式』は行えない。


 つまり、俺たちはもうゲーム上での死を待つばかりだ。


「これがゲームじゃなくて、ここが現実世界で、ボクが殺人鬼だったら二人とも本当に死んでたよ」


「そんな非現実的なこと……」

 ここは現実世界で考えれば平和な日本だ。殺人鬼なんてもうフィクションの上でしか存在しないとすら言われている。


「非現実的? おにいさんやおねえさんは『自分や自分のまわりの人は死なない』と思ってない? それこそ非現実的な話だよ。死なない人間は一人もいない」


 殺人鬼は地面に落ちた短刀を拾い上げるが、俺たちに止めを刺すわけでもなくそれを腰のベルトにしまう。


「好きな人も、嫌いな人も、知ってる人も、知らない人も、家族も、キョウダイも、お隣さんも、友達も、恋人も、片思いの相手も案外いきなり死んじゃうよ? だからおねえさんは好きなら早くそう言った方がいいし、おにいさんは命はれるくらいならもう好きだって言った方がいい。お互い生きているうちにできることは全部済ました方がいいんだ」


 殺人鬼は命の大切さを説くような言葉を、おそらく精一杯の心を込めて俺たちに吹き込んだ。



「人間って厄介なことに殺してもなかなか死なないけど、殺さなくても簡単に死んじゃうからさ」



「今のは誰にも言わないでよ? これはおねえさん達の『愛の力』と頑張りに対する敬意なんだから。いいもの見せてくれたお礼••••••恥ずかしいし」


 最後にそう言って、言いたいことは全て言ったとでもいうかのように、勝者にふさわしい力強い足取りで帰って行った。






 俺たちのHPが尽きるまでの時間はあと……三分くらいか。


「負けちゃったな」

「やられちゃいましたね……なんか傷口を中心に全身すごい不快感です」

「あー、そういえば死ぬの初めてだっけ?」


 これはゲーム。ここで死んでも町で復活するだけだ。


 だけど、さっきの言葉は俺に響いている。

 殺人鬼の説法なんて冗談もいいところかもしれないが、あれは冗談などではなく本気だったと思う。


「ねえ、あの『違う』ってどういうこと? 俺のことマジで好きなの?」


「あ、あれはなんていうか……あそこで好きじゃないなんて言ったらクロードさんを見捨てた感じになっちゃうじゃないですか!!」


「でも、それならlikeのほうでいいよね? 一応lOVEなんだよね?」


「……ねえ、もうこの話やめません? 私たちはあの黒い人の前に瞬殺されてすぐ全滅しちゃったことにして」


「いや、もう少しだけ時間あるしさ、もう少しだけ話さない? 動けないし」


「じゃあ話変えませんか?」


「うーん、そうだな……じゃあさ、どこら辺からログインしてる? 俺は家から……池袋駅に近いあたりに住んでるんだけど」


「……リアルの話は駄目とか言ってませんでした?」


「じゃあなんでloveの方なの?」


「……私も池袋駅の近くです。これでいいですか? あんまりリアルのこと聞いてくると密告しますよ」

 たぶん密告先はオレンジだろう。

 下手すると俺のリアルの首が吹っ飛ぶかもしれない。


 いや、これから言うこと密告されたら本気でそうなりかねないけど••••••


「どうしました? 急に黙り込んで」

「••••••I love you」

「••••••え?」



「俺も好きだぜ。リアルで会って告白させてほしい」


 言った。


「で、でも、私があなたに向けてるのは恋愛感情じゃなくて、そ、それに顔だって本当はこんな可愛くないし」

「まあ、顔についてはともかく、俺は性格美人派だし、人のこといえないもやしっこだ。それに、『好き』の種類については惚れさせるための努力をしたい」


 時間も残り少ないし、言いきる必要がある。



「三十分後、会ってくれるなら駅の東側に来てくれないかな。俺は……GWOの攻略本持って立ってるから。」


 思えば、外出なんて二ヶ月ぶりか?


「来なくてもいいし、来て俺を見てから断ってくれてもいい。オレンジさん同伴は••••••ちょっと勘弁かな。断っても別に今までの関係が壊れたりはしないと約束する」


「え、ちょっと待っ」

「じゃ、もう時間だから」


 オリーブの反論を待たないベストのタイミングで、俺のHPが尽きた。


 引きこもりゲーマーのGWOアバター『クロード』はこうして『死んだ』。


 そして、俺はそのまま復活せずにログアウトした。

毒の設定的には、服毒が困難なので『麻痺、ダメージ、能力無効』の高性能です。

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