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VRゲームの正しい遊び方  作者: エタナン
6/12

リアルの話題は親しくなってから

 ようやく、ここまでこじつけました。

 今回は回想シーンメインです。

 オリーブがVRゲームに慣れてきた六日目。


 練習台にしたモンスターを倒した報酬のアイテムを二人で見せ合いながら分配した後、いらないアイテムを売却しようとフィールドから町に向かう道すがら、俺はオリーブに気になっていた事を聞いてみた。


「どうしてオリーブはこのゲームを始めようと思ったんだ? オレンジさんに勧められたから?」


 俺は不思議に思っていた。

 オレンジは『戦闘大好き』という雰囲気があるのだが、オリーブはこんな物騒なゲームより、ほのぼの系の育成ゲームの方が向いているように感じるのだ。


 少し長めの沈黙の後、オリーブは言葉を慎重に選ぶように話し始めた。


「家庭の事情••••••みたいなものです」


 それは、余りにゲームを始める動機にはそぐわないように思えた。

 だが、オリーブは俺の反応をよそに話を続ける。


「私みたいな普通の人間には、あの人の考えていることなんてさっぱりわかりません。同じゲームをしてみたらわかるかと思ったのですが••••••」


 わからなかったのだろう。

 『あの人』というのがオレンジのことなのは間違いないだろうが、交流がなかったにしろ時期的には長く同じゲームをしている俺にもオレンジの考えはわからない。


「オレンジさんは••••••俺なんかとは比べものにならないような別の次元の存在だからね」


 追いかけることすら馬鹿らしくなる。

 歩み寄るには遠すぎる。


 むしろ、今のうちにそう割り切るように促した方がオリーブのために••••••


「ほんと、すごい人ですよ。憧れますよね」


「……」


「あそこまでは無理でも、追いつこうと頑張るだけで自分も成長できそうな気がします」


「……」


「……? どうしたんですか、私なんかおかしなことでも言いました?」


「……いや、オリーブは素直だな」



『ユウちゃんはすごいね!! 私にも教えてよ!!』



 俺は他人のセリフで回想する癖でもあるのだろうか……


 俺が黙っていて気まずくなったのだろうか、オリーブは控えめに、しかし大胆な提案をしてきた。

「……あの、私だけ話すのも不公平なので……クロードさんのことも教えてもらっていいですか?」


 意外だった。VRゲームでは基本的にリアル情報の交換はマナー違反だ。

 オリーブはあまりそういう不文律とかには抵触したがらない真面目なタイプだと思っていた。


 だが、よく考えてみたら特に深い配慮もなく、リアルの話に繋がりかねない話題を振ってしまったのは俺なのでどうこう言える立場ではない。


「……俺も……家庭の事情っていうか、人間関係かな」


 実のところ、最初にこのゲームを始めたのは受験生を始める前であり、受験生を始めるにあたって一度はやめたのだが受験に失敗してからまた再開した。


 最初は逃げ道とかではなく、ただ本当に楽しむためにやっていたんだった。


「家族と……妹と、いろいろあってうまくいかなくてさ……」


 そうだ……両親との不仲は直接的な原因じゃない。

 そもそも、二人とも仕事でほとんど家にいないのに俺がその両親を恐れて自分の部屋に引きこもる必要はない。


 

 では、何が俺の引きこもり生活を始める直接的な原因になったのだろう?


 決定的な瞬間があった気がする。


 受験の合否発表が出た瞬間?

 友が家に来た瞬間?


 それとも……俺が友に将棋で負けた瞬間だったのか?


『むしろ、兄将は私よりお姉ちゃんのほうを避けてますよね?』


 ……全く、恐ろしい妹だ。

 あいつは未来が見えるのかもしれないと思うほど的確な言葉の数々だ。


「俺は……正しい妹が怖いんだ」

 俺は三城から逃げているんだ。




 『あの日』、俺は友と将棋をした。

 俺はその時、友のことをただの背伸びした子供だと思っていて、将棋はただの遊びのつもりだった。

 そして、三城は横でずっと俺たちの対局を見ていた。


 ある程度将棋ができる程度の俺には序盤で戦力差がわかるほどの技量はなく、むしろ今考えれば馬鹿らしいことこの上ないが、友に合わせて手加減してやるつもりでさえいた。


 だが、中盤になって俺は違和感を覚えた。

 盤面が入り乱れてきて俺の打つまでにかかる時間が伸びてくるのに対し、友の手は一定のリズムで放たれ続けた。


 そして、終盤には俺の簡単なミスや手加減などではなく、友の策略によって飛車と角が友の軍門に下った。


 後はもう詰むだけ。


 そして、対局が終わった後……


『マジでか……』

 俺は現実を受け入れるのを拒もうとした。

 完全に侮っていた、下だと思っていた七歳児の友に負けたことを信じたくなくて、自分の中で『自分は最初手加減していたから』、『今日は調子が悪かったから』などと理由をつけようとしていた。


 しかし……

『ユウちゃんはすごいね!! 私にも教えてよ!!』

 三城は素直に友を賛美し、褒め称え、友が少し引くくらい友を撫でまわしたり抱きついたりした。


『ケッ、たかがゲームで強かったところで……』


『お兄ちゃん、そういうのはよくないよ。そういうのは負け犬の遠吠えって言うんだからね』

 正論が俺の心に刺さった。


『……なんだよ、俺は友好を深めようとして友の得意なゲームで勝負してやったんだぜ。友は勝って当然なんだから全然すごくなんて……』

 思えば、あの時の俺はこれ以上ないほどかっこ悪いことを言っていた気がする。


 そして、これには意外にも友が反論して来た。

『……勝って当然ですか? 別に、将棋でなくともチェスでもオセロでも、囲碁でもテレビゲームでも、なんならルール無用の喧嘩でもお相手します。でも、その結果は私が実力で得た戦果です。当然なんて言葉で済ませないでください』


 その言葉には重いものがあった。

 もしかしたら、友も大きな何かを抱えていて、それが顔を出したのかもしれない。


 だが、受験に落ちたばかりの俺には『結果が重要』みたいな言葉を冷静に受け止めるだけの器はなかった。

 俺にはこう解釈できてしまったのだ。『結果が出せないのは劣っている証拠だ』と。


『このっ!!』


 これは完全に俺の落ち度だったと今でも思う。だが、友の言葉を曲解し、侮辱だと受け取った俺は友に掴みかかった。

 いくら天才だろうとも、友は身体的にはたった七歳の子供。胸ぐらをつかまれれば簡単に宙に浮く。


 本当に、最悪だった。受験失敗の精神的ショックを言い訳にしても全く弁解できる気がしない瞬間だった。


 友は友で、俺の手に握力全開で爪を突き立ててきた。

 俺たちの様子は、迎え入れられたはずの家で虐待に遭い、首を絞められて苦しむ幼い少女と意地悪な兄のように見られてもおかしくないほど殺気に満ち……


 三城はそんな俺を殴り飛ばした。

『小さな妹に暴力をふるう兄なんて最低よ!!』


 我に返った俺から友をもぎ取った三城は怒鳴った。

『いい加減負けを認めろこのバカ兄貴!!』


 三城のジャッジは公平だった。公平で、正確で、反論のしようもなく正論だった。


 『正論を言われて傷つくようならそれは傷つく側が悪い』とはよく言ったものだ。こんなエピソードで立ち直れなくなるまで傷つくなら、それは俺が最悪レベルに悪いということだ。


 だが、俺には三城のように素直に相手より自分が劣っていることを認めて相手を賞賛したりできる器がなかった。ちゃんと負けることすらできなかった。


 あの後、喧嘩のほうについては友が自分で挑発したと三城に強く訴えた(実際、俺の手に爪を突き立てた友は躊躇なく静脈を狙って来た気がする)ので、親まで報告はいかず大事にはならなかった。


 俺が三城を避けているのはきっと三城が俺にない『公平さ』や『正しさ』を持っているからだ。

 優れたものを見つければ賞賛し、劣ったものを見れば欠点を指摘する。そんな才能とすら呼べないごく普通の能力を恐れている。


 同じ普通の領域の中ですら、俺との格の違いを見せつけられた。


 俺は自分の駄目さ加減を他人に指摘されるのを恐れている。

 俺がただの『普通』すらちゃんとできないことを認められずにいる。


 だから、友やオレンジのような優れた者を自分と比べられない『違う世界の住人』と考えて自分の劣る点をうやむやにし、比べられるであろう人間を引きこもることで遠ざけている。


「俺は自分の欠点をちゃんと認識するのが怖いくて、この世界に逃げ込んでいるんだ。妹に、俺の悪いところを見せたくないんだ。……今まではそんなことなかったのに、眩しい人間を見てると自分の駄目なところがどんどん見えてきて……それを妹は正しく認識してて……ああ、悪いな。自分で言ってて意味わかんねえ」


 負けの判定を受けたくないから、ゲームからログアウトしてリザルトの記録をごまかすように現実からゲームの中に逃げ込む。

 そして実際駄目になるの悪循環。


 話してみて気がついた。俺がなんで引きこもっているのかという動機に気がついた。


「……すいませんでした。嫌なお話をさせてしまって」

「いや、俺も嫌な話を聞かせちゃって悪かったよ。さ、町についたし残り時間があるうちにいらないものは売っちゃお」

「そうですね、それでぱーとおいしいものでも食べて気を取り直しましょう」


 この後、残り時間は二人で町を散策したり食事したりとほのぼの系ゲームみたいな時間を過ごした。


 だが、やはりここは戦闘系ゲーム。


 二人で食事しているとき、こんな物騒な会話が聞こえてきた。


「なあ、仏門地区のほうで例のPK(プレイヤーキラー)が出たらしいぞ」

「それってもしかして……」

「ああ、あの『マスクド・ジャック』らしいぜ」

「昨日はギリシャ地区だっただろ?」

「たく、『神出鬼没』とはこのゲームにぴったりな言葉だよな」

「ちげえねぇ」


 もちろん、聞こうとして聞いたのではなく。ただ偶然に耳に入っただけの情報だった。

 はっきり記憶したわけでもなく、ただ少し耳にに残った程度の情報だった。


 『不死のオレンジ』に及ばないまでもかなりの有名プレイヤー。

 『神出鬼没』の二つ名を持つPK(プレイヤーキラー)

 絶対遭遇したくない指名手配級の危険人物。

 


 俺は軽率にもこの時こう思ってしまった。

『今日が仏門エリアなら明日の仏門エリアは安全なんだな』


 翌日、俺は軽率にそう考えてしまったことを大いに後悔する。


 だが、俺には友のような未来を見通す力はなかった。

 伏線があからさまですいません。

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