初心者には優しく
いつも読んでくれるような奇特な方がいるなら不定期で申し訳ございませんが投稿しました。
俺は唐突に兄貴分になった。
というのも、正確に言えばオリーブの姉のオレンジから『初心者のオリーブにVRゲームの指南をする役』に任命されたということなのだが……
俺はオレンジにひそひそ話の要領でオリーブに訴えかけた。
「なんで俺なんですか? 自分で教えればいいじゃないですか」
ぶっちゃけ、かなり接しづらいタイプの女の子だった。対人恐怖症だといわれれば納得できそうなくらいだ。
オレンジの答えはぶっちゃけていた。
「だって……こういう言い方悪いけど、あの子は凡人なの」
「言っている意味がよくわからないんですが……」
「レベルが違いすぎると教育はかえって難しいのよ。その点、クロードくんって努力型じゃない?」
「……まあ、天才肌ではないんで」
確かに、結構積極的に戦闘技術を磨くほうだが、正直現実からの逃避という面が大きい。
「それにさー、みんなに聞いたら一番よく見かけるプレイヤーは君だっていうじゃない。時間もありそうだし、技術もまあ申し分ないし、レベルを合わせてあげてくれない?」
本当にぶっちゃけていた。
要約すれば『私ってテストはできるけど授業は寝てるから勉強教えられないんだよね~』みたいな話だ。
クラスに一人いたが腹が立つことこの上ない。
だが、同時に思うところもあった。
きっとオレンジは妹にレベルの違いを見せつけるようなことはあまりしたくないのだろう。
下手をすれば俺と妹たちみたいな関係になってしまうかもしれない。
だったら、自分の家庭の中で兄妹の関係を間違えてしまったこの俺が、ほとんど現実では赤の他人の姉妹の関係を守ることができるかもしれない。
俺の決意は固まった。
「わかりました。立派な兄貴をやらせていただきます」
ちなみに、もう夕食時ということもあり、オリーブの教育は明日からということになった。
正直言えば、引きこもりの俺はそんなしっかりした生活リズムで生きているわけではないので、すぐ始めてもよかったのだが、それで規則正しく生きている地中海姉妹の生活リズムを乱すわけにはいかない。
そんなわけで、二人がログアウトするのを見送ったのだが••••••
「どうしてこうなった?」
現状を簡単に表現すれば『質問攻め押しくら饅頭』だ。
二人がログアウトした直後ギャラリーに取り囲まれたかと思えば•••••
「なあ、どうやってハンデ勝負なんてしてもらったんだ!?」
「オレンジさんは何やったんですか!?」
と言うような質問の雨あられ。
あの人••••••こうなるのがわかってて逃げたな!!
「あーあー、俺もそろそろ夕食だから落ちるぞー!!」
今日はもうログインできないな••••••
現実世界に戻って暫くすると廊下からガチャガチャと料理を運んでくる音がした。
足音が軽い••••••友の方だな、珍しい。
「兄将、いますか?」
「ああ、いるよ••••••三城は?」
「お友達と勉強会だそうです」
「そうか」
あいつも、もうそろそろ部活を引退して受験生だ。本文は勉強、俺への『餌やり』なんて二の次だ。そうあるべきなのだ。
……いや、こういう卑屈な態度はよくないかもしれない。
俺の家庭内でのポジションはこれ以上悪くならないとしても、卑屈な態度があっちの世界でも滲み出るようではそれこそ『兄貴分』には不合格だろう。
ここは一つ、ポジティブに考えよう。
三城は真面目に勉強に集中しているんだ。これはいいことだ。
それに……今のうちに、自覚が残っている今のうちに友と話す機会ができたのはいいことだ。
俺が友のことを眩しく思っていることを……嫌っているわけじゃないってことを伝えるなら、今がベストだ。
「友……あのさ……」
どう伝えればいい?
「……言いにくければ言わなくてもいいんですよ。『本当はお姉ちゃんの運んできたごはんがよかった』とか」
「違うよ、ただ……」
喉が詰まる。言葉が出ない。
俺にはここで一気に友と親密になれるような話術の才能はない。
だが、どうしても……小さな一歩でもここで前進できなければ、今度は逃げてしまう。
俺が逡巡の末絞り出したのはこんな言葉だった。
「友の言うとおりだったよ」
これだけで何がわかるはずもない。
友の発言通り『逃げ続ける』のができなかったなんてわかりようもない。
だが、友はこう返したのだった。
「お役にたてて何よりです」
この一歩は、思いのほか大きな一歩だったかもしれないと思えた。
その翌日、俺はちゃんと兄貴をするのがどれだけ難しいか知った。
まず最初の会話の段階でいきなり予想外の事態が発生した。
「じゃあ、まず始めにストレージから武器を出して装備してくれ」
「ストレージってなんですか?」
「••••••」
まず第一のハプニング••••••というより俺の予測の甘さが露顕した瞬間だった。
オリーブはVRゲームの用語を全く知らなかった。
オリーブの家では『ゲームは一日二時間まで』という門限があるらしく、ログインは一日二時間だけというのをオレンジから聞いていたのだが、初日は用語の説明で終わってしまった。
そして二日目。
「キャアアアア!!」
「落ち着いて、そいつ雑魚だから!!」
VRゲームの特に戦闘系だとよくある話だが、モンスターを見てパニックになる人も割と多いらしいが、オリーブはもろだった。
二日目は無害な小動物から慣らすので精一杯だった。
三日目、やっとオリーブがモンスターをあまり怖がらなくなったので剣の使い方を教えてみたのだが•••••••
「えいっ」
「へっぴり腰すぎだろ••••••」
最強のプレイヤーの妹と思えないほど弱腰だった。
四日目、オレンジが様子を見に来たので、現状報告してみたのだが••••••
「ま、がんばってね」
と丸投げされた。
俺はちゃんと兄貴分をやれているのだろうか•••••••
ただ、一つだけ確実に大きく進展したことがある。
いつの間にか、俺はオリーブに本物の妹と同じかそれ以上に心を開いていた。
ダイジェストのようになってしまい申し訳ありません。




