栄養失調に注意(食事はリアルで)
第二話です。
ほとんど現実側ですが次からはもっとゲーム内を増やすつもりです。
『遠くへ行ったはずの妹が何故か部屋の前にいた。』
だが、これはホラー的な展開じゃない。ただ単純に、俺には妹が『二人』いるだけだ。
一人は今さっき俺に食事を持ってきた高校三年生の大きいほうの妹。名前は大倉三城⦅おおくらみき⦆。
そして、もう一人は目の前の妹。小さいほうの妹で名前は大倉友⦅おおくらゆう⦆。
俺は目の前の小さい妹が苦手だ。何故かといえば……
「扉を閉めるとかってベタな手はやめてくださいよ?気まずいからって逃げてたら話が前に進みませんから」
「……嫌になるほど正論だな。いつもそんなんだと人に嫌われるぞ」
「正論で傷つくならそれは言われる人が悪いんです。今ので傷ついたら引きこもってるほうが悪いんです」
一言一言が急所を攻めてくるし、
「ところで兄将、話があるの」
「その変な呼び方やめろ」
変な呼び方してくるし、
「どうやって待ち伏せたんだ?三城が来てから足音なんて他にしなかったぞ」
「簡単です。お姉ちゃんが来る前から待ち伏せていたんです。予めお姉ちゃんには私がいないようにふるまってもらえるように頼んで」
腹が立つほど賢い。そして何より……
「暇なんだな。学校の宿題とかはないのか?」
「小学二年生の宿題なんて五分で終わりますよ。それより、食べながらでいいから話しません?兄将の部屋の中で」
「……帰れ、自分の部屋に」
「……泣きますよ。幼女虐待の罪で社会的に抹殺されたいんですか?」
こいつ、なんと年齢は七歳。小学二年生。
見た目は完全に幼女の癖に頭は大天才。幼女に対等に口を利かれるほど腹の立つことが他にあるだろうか……しかも脅迫されているし。
「……やっぱり帰r」
「わーん、お兄ちゃんがゆうのことぶっt」
「やめい!!」
このままでは本当に社会的に抹殺されてしまうかもしれない。
「どうして俺の部屋になんて入りたいんだ?」
食べるだけなら別の部屋でもいいだろうに、どうしてよりにもよってこの部屋なんだ。
「だって……簡単だから」
「は?」
「引きこもりを部屋から引っ張り出すより、部屋に侵入するほうが簡単だからです」
俺は絶句するしかなかった。
「うわー、これが引きこもりの部屋なんですね!!思いのほか綺麗です」
「どこでテンションあげてんだよ!! てか、なにいきなりベッドの下探ってんだ!?」
「うーん、書物によると男性の部屋のベッドの下には禁断の書があるはずなんですけど……」
「書物ってなんだ!? 情報が古いんだよ」
今はこいつの言う『禁断の書』も大抵電子書籍化しているため、そんなところを探しても見つかるはずがない。
ついでに言うと前時代の引きこもりネットゲーマーの部屋はスナック菓子の袋などで散らかっていたかもしれないが、VRゲームではスナック菓子などを現実で食べている暇はないので部屋は基本綺麗だ。
食事を食べる俺を他所に、こいつは俺の部屋を勝手に探り回る。
最悪だ。俺の聖域がどんどん侵されていく。
これでは侵入者というより侵略者に近い。
侵略者……俺にとってのこいつの存在を表現するのに一番ふさわしい言葉かもしれない。
こいつがこの家を侵略し始めたのは二か月ほど前だ。
侵略といってもある意味最も平和的な侵略だった。
俺の不合格発表の何日か後、俺の父親が突然こいつを連れて来て言ったのだ
『この娘の名前は友、これからお前たちの妹になる。仲良くしなさい』
その時は一瞬何が起こったのかわからなかった。だが、徐々にわかって来た。
父親は養子をとったのだった。
最初は俺と三城からアプローチした。
話し方は大人びていてしっかりしていたが、俺たちはただの七歳児だと油断していた。
不合格のショックから立ち直りかけていた俺が精神的にとどめを刺されたのはその日の夜だった。
『友ちゃん、何かゲームでもする?』
『私の得意なゲームでもいいですか?』
『いいよ』
『じゃあ、将棋にしましょう』
結果は俺の惨敗。飛車角両方を一方的に取られ、瞬く間に詰んだ。
この時、俺は理解した。
こいつは『教育に失敗した』父親が『教育を一からやり直す』為に連れてきた天才の卵だった。
俺が失敗したとしても、俺の代わりなんていないと思っていた。
だが、父親にとって俺は替えが聞く存在だった。
それを理解してから、俺はこの部屋に、GWOの世界に引きこもるようになった。
それがどうだ。
今ではその引きこもったはずの部屋まで侵略されつつある。
どうにかして、この部屋から追い出さなければ。
「なあ、話ってなんだよ?それとも俺の部屋に入るための口実だったのか?」
引き出しを物色していた小さいほうの妹は俺のほうを向かずに、物色を続けながら何でもないように答えた。
「話っていうか、言いたいことですね。ま、端的に言えば『お姉ちゃんと仲直りしろ』です」
「……」
「私を避けるのはわかりますよ?こんな新入りに急には馴染めないでしょうし。でも、お姉ちゃんとだったら話は別です」
「……うっせえ」
「むしろ、兄将は私よりお姉ちゃんのほうを避けてますよね?さっきも思いっきり居留守してましたし」
否定できない。
確かに、こいつの策略は巧みだったが、無理やりにでも扉を閉めてもう一回あの世界に入れないこともなかった。
俺は無意識に三城のほうを避けていた?
「ま、ぶっちゃけどうでもいいんですけどね。兄妹喧嘩くらいどこの家庭でも起こることですし……あっ!!」
俺の引きこもりの現状を打破するのに重要な意味を持つかもしれない話を、『どうでもいい』の一言で切り捨てた小さいほうの妹は突然声を上げた。
「これなんですか?」
その手が指差したのは机の端に積まれた数冊の本。
それは俺がここ最近もっとも読み込んでいる本だ。
「そんなに声を上げるようなもんじゃねえよ。ただの攻略本だ」
「攻略本……ですか?」
「ああ、GWO……ゴッド・ウォーズ・オンラインの攻略本だ」
「電子書籍じゃないんですね」
「ああ、そこら辺の規制が最近厳しいからな」
一部の書籍には映像として無断コピーできないように各所にコードが組み込まれている。
このコードというのがよくできていて、内容が判読できるよう高い解像度で映像を複製しようとするとプログラムがコードを読み込んでしまい複製できない。しかし、コードが認証できない解像度では活字部分は判読できない映像となってしまう。
このようにコピーが規制された書籍は紙媒体で購入しなければならない場合がある。
侵略者は俺が止める間もなく攻略本を手に取りパラパラとめくった。
「……チェックしました」
「は?」
攻略本をパラパラと流し読みで全部読み切ったらしい小さな侵略者は呟いた。
そして、攻略本を元に戻して扉に向かった。
「おい、どうしたんだ?」
あまりに行動が唐突なので思わず引き止めてしまう。
だが、小さいほうの妹は振り返ることなく、精一杯背伸びをしてドアノブに手をかけながら答えた。
「用件が済んだので出ていきます。お邪魔しました」
ドアがゆっくりと開く。
苦労してドアを開けたらしい小さな方の妹は去り際にもう一言だけ付け加えていった。
「いつまでも逃げ続けられると思わないで下さいよ?」
それから三日間くらいは特別なことは起こらなかった。
侵略者の侵略から四日後、午後六時ジャスト。
俺はいつものようにゲームの中のショップで買い物をしていた。
ショップではそれぞれのプレイヤーが物選びに集中するためほかのプレイヤーとの会話が発生することは少ない。だが、今日は珍しく声をかけてくるプレイヤーがいた。
「ねえ、ちょっと頼まれてくれない?」
「はい?」
話しかけてきたのは女性プレイヤーの声だった。
この時、俺は俗にいう逆ナン(女性から男性へのナンパ)かと思った。そのプレイヤーの姿を見るまでは。
その姿を見た俺の思考は一瞬停止した。
現実の体系、身長とほぼ一致するのプレイヤーアバターにしては日本人離れした190を超える長身。
白装束に燃え盛る火炎を染め抜いた和服装備。
そして、すっきりとしていて目が覚めるような端麗な顔立ち。その顔に浮かぶ絶対の自信を滲ませる笑顔。
「ん? どうしたの?」
「あなたは……まさか……」
「もしかして、私のこと知ってるの?」
知らないわけがない。
このGWOをプレイしていてこの人を知らなかったらもぐりかルーキーだ。
そのくらい、この人の知名度は高い。
初代GWOナンバーワン決定戦の優勝者にして現チャンピオン。
一度として敗北したことのないとさえ言われる半ば伝説的プレイヤー。
その対戦成績から『不死』の二つ名を持つ女。
「……GWO最強のプレイヤー……『オレンジ』……さま?」
ここから俺の運命は大きく変わりだした。
一応設定上の話ですが、主人公にはロリコンの気は全くありません。
小さい妹とのカップリングを期待した方には申し訳ないです。