sect.6 港町ハタム
「うーむ・・・」
ユマとシュカヌを前にして胡散臭そうな商人がエナジークリスタを覗きこんでいる。
汚れているのか、元々その色なのか分からないターバンらしきものを頭に巻いた商人の男は、色の付いた遮光板を三枚重ねて石に透かしながら唸っている。
「銀貨で6枚!」
「えーっ!!」
とっさにユマが反論する。
「ありえないでしょう!?この大きさでそれだけ?」
「たしかに重さはそれなりにあるが、中身が薄いなぁ・・・」
商人は手元の天秤にエナジークリスタを乗せながら、うんうんと一人頷いている。
それでも不満そうなユマ。
「そうは言っても、これでも多少の色はつけているんだぞ・・・。先日ランタベルヌの船員がこの町の石を買い占めていきおって、この辺りのどこの店も在庫が無い状態だからそれなりの値はつけておる」
「えっ!?」
商人の言葉にユマとシュカヌが食いつく。
「それは、いつの事?」
「いつだったかな?夜更けに砂嵐のあった日だから・・・、六日前か?」
「どこにいったの?」
「そりゃランタベルヌへ帰ったんだろう」
「そうじゃなくて、ランタベルヌのどこへ帰ったの?」
「そんなの、知る訳なかろう」
ガクッ・・・
まあ確かにそうだろう、一介の商人がそこまで知っているはずがない。
「でも、やっぱりここに来てたんだね」
ユマはシュカヌと顔を見合わせて喜びの表情を見せる。
「これなら町中をあたれば何か情報が得られそうだ」
商人は二人の世界に入っているユマとシュカヌにゴホンと咳払いしながら、それでどうするんだいと尋ねた。
「いいわ、他の店にも無いんだったら他をあたってみる」
ユマの言葉に商人は明らかに動揺した。
「うっ・・・、まあ他をあたるのも面倒じゃろう。この店に来てくれたのも何かの縁だし銀貨八枚だそうじゃないか」
商人の目は明らかに泳いで、鼻の穴がピクピクと動いている。
アヤシイ事この上ないのは誰の目にも明らかだ。
「・・・十枚!」
「うぐっ・・・。譲ちゃん、あんたアキンドやな」
さっきにも増して鼻の穴をピクピクさせている商人は、額からじわりと汗を垂らして腕組みしながら悩んでいる。
「・・・・・・」悩む商人。
「十枚・・・」ぼそっとユマ。
「・・・・・・」
「十枚・・・」
「・・・・・・」
「(ぼそっ)十二枚・・・」
「増えとるやないか!」
商人のツッコミにユマはウフフと笑う。
「負けたわ。わかった十枚だそう」
「ほんと?」
「ああ、ただし内緒だぞ」
「りょ~かい、了解!」
ユマは誰に対して内緒なのか分からなかったが、元気よく承諾した。
あれほど渋って悩み続けていた商人だったが、決心したら払いはよかった。
十枚の銀貨を受け取ったユマは、うす暗くこれまた怪しい雰囲気の店内をシュカヌと共に後にした。
外に出たユマとシュカヌの二人を夕日が包む。
「やったね、シュカヌ。ビッグな情報きたんじゃない?」
ユマは受け取った銀貨を手にニコニコしながらシュカヌに向き合う。
「うん、何とかなりそうな気がしてきた」
「だね♪」
ユマは上機嫌で歩き出す。
「じゃ、行こっか?」
「・・・んっ!?ドコヘ?」
「今日はもう遅いから、知り合いのおばさんの家に泊めてもらおう」
「いや、これ以上はもう悪いから・・・」
言いかけたシュカヌだったがユマにさえぎられた。
「なに言ってんの、ここの夜は危ないんだよ!ひとりで行くトコなんてないでしょ?」
そう言いながらユマはシュカヌの手を握り歩き出す。
「いくよ」
「う、うん・・・」
何か言いたそうなシュカヌだったが、ユマに引っ張られながら道を進む。
やがて人通りの多い商業区を抜けると、穏やかな雰囲気の民家が立ち並ぶ通りに出た。
夕日に包まれて家々はオレンジ色に染まり、そこに立っているだけで幸せな気持ちになれるそんな空気に満ちていた。
「この辺は静かだね、さっきまでの喧騒が嘘のようだ」
「うん、この辺りはここの港町に住んでる人たちが暮らす居住区だからね」
路地裏を歩く二人の横を、子供達が笑いながら駆け抜ける。
「この町は豊かだから、子供達も元気がいいよ」
「そうなんだ」
「うん悲しいけど、こういう所はあまり多くない・・・」
一瞬ユマの表情が曇ったが、なんと答えていいかわからなかったシュカヌは無言で頷くだけだった。
「さ、着いたよ。ここ」
そう言ってユマが指差した建物を見てシュカヌは驚いた。
その建物の周りには植物が植えられていた。量はそれほど多くは無かったが、ずっと砂ばかりを見てきたシュカヌには十分な驚きだった。
「すごい、緑だ・・・」
「うん。ここは植物が自生できなくなった土地だけど、なんとか育てる方法がないか試しながら、やっとここまでね」
嬉しそうに語るユマの目が輝いていた。
「あら、ユマじゃない?」
そう言いながら植物を眺める二人の前に、扉の中から女性が顔を出して話しかけてきた。
「あ、おばさん。今着きました」
女性はパタンと扉を閉める。
「・・・・・・・」
わずかな沈黙。
「ノルノさん、今着きました・・・」
ガチャ!
「ああ、ユマいらっしゃい。待ってたわよ」
女性は満面の笑みで家から出てくる。
出てきた女性は確かにユマから見ればかなり年上であるだろうが、年齢を感じさせない綺麗な人だった。
「シュカヌ、こちらノルノの・・・オネエサンです・・・」
ユマは言葉に詰まりながら目の前の女性をシュカヌに紹介する。
「君がシュカヌ君ね、聞いてるわ。よく来たわね」
シュカヌは軽くお辞儀する。
「突然お邪魔して、すみません」
「いいのいいの、気ままな一人暮らしだから気にしないで。それよりも上がって」
ノルノは陽気に二人を招き入れた。
家の中に入ったシュカヌは再び驚いた。
部屋の中はいろんな種類の鉢植えの植物であふれていたのだった。
「すごい・・・」
「あら、気に入った?」
ノルノは部屋を片付けながら語りかける。
「散らかってるけど、適当にその辺に座ってね」
「ありがとうございます」
「そんな遠慮しなくていいから、楽にして」
「はい」
シュカヌはそう言われながらも、どこか遠慮がちに答える。
「これでよしっ、夕食の支度しなくちゃ。ユマ手伝って」
「はーい」
ユマはノルノの後に付いて台所のほうに消えていく。
“けっこうカワイイ子じゃない”というノルノの声が台所の方から聞こえてくる中、シュカヌは居心地が悪そうに椅子に座りなおす。
「シュカヌ君は、好き嫌いとかない?」
「大丈夫です」
答えながらシュカヌは棚の上のあるものに気付く。
写真立てに収められた一枚の写真、ノルノの隣に優しそうな目をした男が寄り添う。
見てはいけないという気持ちになり視線を逸らそうとするが、その二人の姿に引き寄せられて目を背けられない。
「・・・カヌ?シュカヌ?」
不意に呼ばれて正気に戻る。
「ああ、ゴメン」
「できたよー、こっち来て」
「うん」
「ところで、シュカヌ君はランタベルヌの船を探してるんだってね」
食事の終わったテーブルでノルノが切り出してくる。
「なにかご存知ですか?」
「うん、ユマのところの長老からも頼まれたから少し調べてはみたんだけどね」
「六日前ここに来てたらしいね」
遠慮がちなシュカヌを気遣ってかユマが会話を促す。
「そうなの、かなり大きな船だったみたいね」
「そうですね」
「大がかりに人を使ってエナジークリスタを船に積み込んでいたみたい」
「あたしたちもここに来る前に、この辺りの石は買い占められたって聞いた」
ユマは器の水を飲みながら、先程得た情報をノルノに伝える。
「で、そのときの船員達に探りを入れてみたんだけど、かなりガードが固くてね」
「うんうん」
「どうも口封じされてるみたい」
「えー、じゃあ手がかりはないの?」
ふて腐れたようにユマが頬を膨らませる。
「でもね、もしかしたら下っ端の船員達は本当に何も知らないのかも。でね、ちょっと調べてみたんだけど、どうやら船員達のお頭だった人がこの町にまだいるみたいなの」
「だったらその人に何か聞けたら」
「そう、何か情報が手に入るかもしれないわ」
「よーっし、じゃあ明日からお頭さがしね」
「いや、もうこれ以上は迷惑かけられないよユマ」
ノリノリのユマだったが、シュカヌが申し訳なさそうに答える。
「なに言ってんの?ぜんぜん迷惑なんかじゃないよ」
ユマはシュカヌの言葉に耳を傾けようともしない。
「いまは大丈夫だけど、これからホントに危なくなってくる。今日でもヌシだっけ?ユマに何もなかったから良かったけど、一歩間違えばどうなっていたか」
「この世界で生きていたら、それってどこでもあたりまえの事じゃない」
ユマの言葉にシュカヌは複雑な表情になる。
「まあまあ、ユマもそんなにムキにならずに」
横から救いの手を伸ばしてくれたのはノルノだった。
「シュカヌ君も悪気があって言ってるんじゃなく、あなたの事を気遣って言ってくれてるんでしょ?」
「そうだけど・・・」
「明日からは情報を集める為に、危険なところにも行ってみようと思ってる。だからユマには僕の巻き添えで危険な目にあって欲しくないんだ」
それでもまだユマは納得していない。
「だったらこうしてはどうユマ?あなたは、あなたの知り合いに何か情報はないか尋ねてまわったら?それだったら危険も少ないでしょうし、シュカヌ君の助けになる情報が手に入るかもしれないわ」
そう言いながらノルノは、シュカヌにこっそり目配せして合図を送る。
「わかった・・・」
「でもねシュカヌ君もあまり無茶はしないように。君は男の子だけど、まだまだ子供なんだから危険なのはあなたも同じことよ」
「わかっています」
そう答えたシュカヌの目は真剣だった。