sect.2 闇
-ハーデルマーク南西に位置する集落へとつづく道-
「コッチです、急いで!」
森の中をつづく小道をゆく人影。
夕闇の暗さを木立がさらに濃くさせている道をカンテラを手にした案内役の男が往き、その後を二人の僧兵が追走していた。
「そう慌てるな、少しは落ち着け」
僧兵は先頭を走る案内役の男をなだめるように言うが、その耳にはまるで届いていない。
男の目は血走り、また血の気を失って青ざめた表情は、まるでこの世の終わりを見てきたと言わんがばかりの切迫感をかもし出していた。
数刻前、男は知り合いを訪ねて行った集落の異変に気付き、ハーデルマークにほど近いキトトブ寺に飛び込んできた。
先日起きたハーデルマークの崩壊、そしてその現場から逃げ出したとされる奇妙な物体の情報は、ハザサ院から近隣の各寺に届いていたし、その物体を目撃したら直ちにハザサ院へ連絡をするようにもなっていたが、男の言う異変がその事件と関係しているのか確証がなかったため、僧兵たちは男と共に集落を確認しにいくところだった。
深い森を抜け、集落まで目前といったところで男が大きく叫ぶ。
「見えてきました!」
「なんだこれは・・・」
男が指差す先を見て、僧兵たちが驚きの声を上げる。
その集落はいくつかの家屋が集まってできた、家屋の小さな集合体という感じだったが、そのいたるところに蜘蛛の巣が張り巡らされて、それはまるで集落全体が蜘蛛の糸で包まれているかのような様相であった。
「待て!不用意に近づくな」
集落に踏み込もうとする男を、僧兵が呼び止める。
「しかし、アッシの連れが」
「友の身を案じて、そなたの身に危険があったのでは元も子もない」
「ですが・・・」
それでもなお食い下がる男を、僧兵は叱責してたしなめた。
それでも納得いかない様子の男がようやく大人しくなったのを確認して、僧兵たちは落ち着いて現場の確認を始める。
「それにしても、なんとも薄気味の悪い光景だな・・・」
細い道をはさむようにして十軒ほどだろうか、家々が並んでいるというのは蜘蛛の糸で編まれたベール越しにわかる。
僧兵たちが立っている場所から集落の端までは、通常であれば目に見えるほどの距離でしかなく、走り抜けることも可能であろう。だがそれは、あくまで通常であればの話だ。
「例のハーデルマークから逃げたヤツと関係はあるのだろうか?」
「これだけでは何とも言えんな。もう少し情報を集めてみないことには・・・」
「そうだな。なかへ入ってみるか?」
「ああ」
「ならば二手に分かれて・・・」
「いや、ちょっと待て」
そう言いながら僧兵は傍らの男に視線を向ける。
「この男を一人でここに残すわけにもいかん。私が様子を見てこよう」
「そうだな、だが大丈夫か?」
「心配ない、何かあれば合図を送る。だがもしも私に何かあった時は、すぐにここから立ち去りハザサ院に連絡するのだ。決して中に入ってくるのではないぞ」
「わかった、くれぐれも気をつけてな」
話がまとまると僧兵たちは男に向き直った。
「まずは私が中の様子を見てくる。そなたはここで待っておれ」
「ですが・・・」
「心配いらん、私もここに残る」
男の言わんとしていることを先取りして、もうひとりの小柄な僧兵がそう言うと、男は安堵の表情を浮かべた。
「では、行って来る」
大きい方の僧兵がそう言い残して、集落のなかに足を踏み入れていった。
絡みつくような蜘蛛の巣を払いのけながら内側に入っていくと、夜が近いとはいえ暗さで視界は想像以上に悪かった。それでも蜘蛛の巣で張り巡らされた家屋の間を進んでいくと、所々に大きな繭の塊が転がっているのが目につく。
あるものは無造作に道端に転がっていて、またあるものは軒先に吊るされたようにぶら下がっている。
「何なんだ、これは・・・」
僧兵は繭の塊に近づき、手持ちのナイフで繭を切開してみることにした。
!?
「うげぇ・・・」
それを見た僧兵は思わずその場で嘔吐してしまう。中から出てきたのは、干からびてミイラのようになってしまっている子供の姿だった。
「なんだ!?おい大丈夫か?」
当然ながら子供からの返事はない。
だがこの視界にあるそれぞれの繭の中に、人間が入っているとしたら・・・。
とんでもない事が起こっている!
ハーデルマークから逃げ出した奇妙な物体に関係あろうがなかろうが、早くハザサ院に連絡しなければ。だが、とはいえ腕の中の子供をそのままにはできない。
僧兵は口元をぬぐいながら繭の中の子供を外に出そうと、しゃがみこんで糸を切断していく。その背後からせまる影に気づきもしないで・・・。
「・・・いま何か、悲鳴みたいなものが聞こえなかったですかね?」
「いや、聞こえなかったが?」
案内役の男が手に持ったカンテラをかざして、完全に日が沈み暗くなった集落を照らす。
しかし視界が悪いうえに、この暗さでは何も見ることができない。
「おかしいな、気のせいだったんですかね?」
と思ったとき、さきほど中に入っていった僧兵が物陰から姿を現した。
「あっ、ダンナが帰って来やしたよ」
「逃げ、りょ・・」
「へ?」
喜ぶ男をよそに、帰ってきた僧兵の様子がおかしい。
「一体どうしたんです!?」
「待て、近づくな!様子がおかしい」
男と残っていた小柄な僧兵の二人が見守るなか、帰ってきた僧兵の頬が急激な速さでやつれていく。
「逃げるぉ、逃げ・・り、逃げ・・・」
そう警告を発しながら、僧兵は急激に干からびていく。
「ああ、ダンナ!」
そして水分を失っていった体は、やがてポキリと折れた。
「ああ、そんな・・・」
男は目の前の出来事に動揺して、呆然と立ち尽くしている。
「マズイ!ここは危険だ逃げるぞ!」
小柄な僧兵は身の危険を感じて、男に呼びかける。
「ダメです・・・」
「なに!?」
「アッシも捉まっちまいました・・・」
見ると男の腹部に巨大な針のようなものが刺さっていた。
そして男の身体は、ズズッズズッとゆっくり集落の中へ引きずられ始める。
「いやだ、死にたくねえ・・・。助けてくだせぇ!」
男は必死で抵抗するが、努力も虚しく少しずつ集落の中へと距離を縮め、やがてその姿は暗闇に消えていく。そして大きな悲鳴と共に、その声も聞こえなくなった。
ひとり生き残った小柄な僧兵は、どうすることもできずにその様子を眺めていたが、やがて意を決したように集落に背を向け走り出す。
振り返ってはならない、立ち止まってはならない。
そうしなければ食い殺される。
そんな妄想に囚われて走るその背後には、すべてを飲み込むような闇だけがあった・・・。




