sect.5 砂海のヌシ
シュカヌとユマの二人を乗せたボードは広大な砂漠を静かに進む。
「見渡す限り砂ばかりだ・・・」
小さなボードの上でユマの背後から、フードを被ったシュカヌが呟くように言う。
太陽は彼らの真上に位置して、二人を照り付けていた。とはいえ、昼間の砂漠といえば焼け付くような高温をイメージしていたシュカヌだったが、気温がそれほど極端に上昇している様子が無いうえに湿度が低かったので、体感温度としてはそれほどでもなかった。
「シュカヌって変わってるね・・・」
「ん、なんで?」
「だってこの辺りは、あたしたちが生まれる前から、ずっとこうなのに」
「そうかな?」
「うん、まるで“初めて見ました”って感じに聞こえる」
「ゴメン、ついつい大げさに言っちゃうんだ」
「いや、違うの!悪いって言ってるんじゃないよ?」
慌ててユマは取り繕う。
二人の乗ったボードはユマの動揺を表わすように上下に激しく揺れた。
ボードから振り落とされそうになりながらも、体勢を立て直したユマの表情は魂が抜けたようだった。
その表情を見て、シュカヌは思わず笑ってしまう。
「いやあれよ、味って言うのかな?いいもの持ってるねぇ兄さんみたいな?」
慌てたユマは何を言っているのか自分でも訳が分からなくなっていたが、シュカヌの意識はすでに別のところへ向かっていた。
「ねえユマ、あれ何かな?」
ユマの背後からシュカヌが指差した先にはうっすらと砂埃が上がっていた。
急いで進路をその砂埃の方角へと向けるユマ。
「なんだか嫌な予感がする・・・。シュカヌしっかり摑まってて」
そういうとユマはボードを加速した。
ユマの悪い予感が当たっていたことが分かるまで、時間はそうかからなかった。
砂煙の元に近づくにつれ、このあたりでヒックルと呼ばれる動物の群れが、何かから逃げようとするように暴走しているのが見えてくる。しかし十数頭ものヒックルの群れはそれぞれが一本の縄で繋がれており、それぞれがバラバラに動くことでお互いがお互いの動きを牽制して混乱状態に陥っていた。
そしてよく見ると、その列の最後尾では巨大な幌のついたソリのような形の荷車が、ヒックルの暴走に翻弄されているのがわかる。
「うしょあぁ~お!!?」
荷車で手綱を握るヒゲの男が、振り落とされそうになりながら意味不明の叫び声を上げていた。
「いけない!」
そうつぶやくと、ユマは荷車に向けボードをさらに加速する。
その時だった、ヒックルの群れの近くで大きな砂柱が上がった。そしてその真下から巨大な頭部が現れる。
「うそ!?オオ砂トカゲ!」
ユマが叫んだが、あえて例えるならその姿形はトカゲというよりオオサンショウウオに近かった。辺りを埋め尽くす砂の色と同じ色をしたオオサンショウウオに。
オオ砂トカゲ?とシュカヌが尋ねる。
「そう、この辺りのヌシよ。このさわぎの原因はこれだったの?」
前方では繋がれていた縄を引きちぎったのだろうか、突然群れの中から一頭のヒックルが抜け出し走り去ろうとしていた。それを見つけたヌシは砂の中から勢いよく飛び出すと、巨大な口を開きそのヒックルを一飲みしてしまう。
「あっ、食べた!」
大人の人間で三人分はあろうかという大きさのヒックルを一口で飲み込んだヌシを見て、シュカヌは思わず叫んでしまう。
「そうよ、あいつにかかったらヒックルなんて一飲みにされちゃうんだから」
ヒックルを飲み込んで口をモゴモゴさせているヌシの小さな赤い目が、余計に恐怖心をそそる。ヌシは咀嚼のような口の動きを終えると、頭を砂につけ飛び出したときと同じように勢いよく砂の中に潜っていった。
「お腹がいっぱいになって帰ったのかな?」
「そんなわけ無いわ、あいつはヒックルだったら一度に三頭は食べるのよ」
「ということは、次の獲物を狙ってる?」
「たぶんね、そして次に危ないのは・・・」
「あのおじさん!?」
「正解!!」
ユマはボードを荷車に寄せながらヒゲの男に叫ぶ。
「おじさん!」
ユマが語りかけると、ヒゲの男は蛇行する荷車の上で手綱と格闘しながら返答する。
「譲ちゃんたち、はよ逃げな!ここは危なっぴゃららうぃ」
シュカヌはユマの背後で男の言葉を聞きながら、うぁあというもう一つの声に気付く。
シュカヌが注意深く幌のついた荷台の中を覗き込むと、ユマよりも三つか四つくらい幼い男の子が荷台の中を縦横無尽に転がっていた。
ヌシの姿は地上には無かったが彼らの下からその気配はひしひしと伝わってくる。
とその時だった、数秒前に荷車が通過した地点の真下からヌシが大きな口を広げ砂面から飛び上がるかのように垂直に跳ね上がる。
その気配を感じてか、それまでバラバラに走っていたヒックルがヌシに背を向け同じ方向に向かって一斉に走り始めた。と同時に、蛇行していた荷車もまっすぐに加速しながら進路をとり始める。
「ミラクルや!!」
ヒゲの男は涙目で歓喜の叫びを上げた。
地上に躍り出たヌシはキョロキョロと荷車を探していたが、その姿を見つけると短い手足で追いかけてくる。そのスピードは、加速をつけ加速をつけ加速をつけて体形からはありえないスピードだった。
「別の意味でミラクルや!!」
ヒゲの男は涙目で悲哀の叫びを上げた。
荷車の横で並走を続けていたユマにシュカヌが告げる。
「ユマ、荷車に寄せて!」
「どうするの?」
「いいから早く!」
荷車に差し迫ったヌシが大きな口を開いてかぶり付いたがその口は空を切り、荷車との距離がわずかに開く。
「今だ!」
シュカヌの合図でユマがボードを寄せると、シュカヌは華麗な身のこなしでヒゲの男の隣に飛び乗った。
「ボン!死んでまうぞ!」
ヒゲの男が半狂乱になりながら叫んだが、シュカヌは意に介さず揺れる荷車から幌の上へとよじ登る。
幌の上から見る光景はすごい迫力だった。
かなりのスピードで走る荷車の背後から、それを上回るスピードで追走する巨大なヌシ。短い手足で距離を縮めながらゆっくりと半口を開き、そこから覗く鮮やかなピンクの色彩が恐怖を倍増させた。
距離をとりながら並走するユマが何かを叫んだが、シュカヌには届かない。
ヌシが追走しながら全身のバネを溜め、大きく飛び跳ねその口を全開に開いたその時。
(今だ!)
シュカヌは腰から素早く小剣を抜き、幌の上からヌシに向かって飛び降りる。
そして大口を開けて空中に踊ったヌシと荷車の間で上段にかまえた小剣を力いっぱい振り下ろした。
そして宙に舞ったシュカヌの体は・・・。
パクッ!
「あああああ!!!」
横から見ていたユマが思わず叫ぶ。
「おおおおお!!?」
ヒゲの男も叫ぶ。
「ブヒーン!!!」
ヒックルもいななく。
シュカヌを飲み込んだヌシはズズンと音を立てて着地した。
「食べられちゃった・・・」
ボードを止めて呆然とたたずむユマ。
しかしその巨体を眺めていて、何かがおかしいことに気付く。
シュカヌを飲み込み着地したヌシが動かない・・・。
「どうした、譲ちゃん?」
異変を察したヒゲの男がヒックルを操りユマの元へと引き返してきた。
「シュカヌが食べられちゃった・・・」
だから言わんこっちゃないというヒゲの男の言葉を無視して続ける。
「でも様子が変なの・・・」
ヌシがシュカヌを飲み込んでから時間が過ぎていくが、まるで固まってしまったように一向に動き始める気配は無かった。
危ないからやめるように言うヒゲの男を振り切り、ユマが恐る恐るヌシに近づくと突然、割られた果物のようにヌシの巨大な体が二つに割れる。
そこには何事も無かったかのようにシュカヌの姿があった。
「産まれた・・・」
ユマは呆然としながら、その場に倒れた。
「いやぁ、ほんと二人には助けられたわ」
そう言いながらヒゲの男はヤンチと名乗り、彼の隣に立つ(荷台で縦横無尽に転げていた)男の子はニトだと名乗った。
ヤンチは商人で港町ハタムへ荷物を運ぶ途中にヌシに襲われてしまったと説明する。
「兄ちゃんすごいね!あのヌシを倒しちゃうなんて」
ニトは目をキラキラさせながらシュカヌに近寄ってくる。
「さっきのヌシを倒した剣、ちょっとだけ見せて」
危ないから気を付けてと言いながらシュカヌはニトに剣を手渡す。
「でも変ね、このヌシは昼間にあまり活動しないし、このあたりの場所は活動範囲からも外れているはずなんだけど・・・」
「そうやろ?なんかえらい凶暴化しとったし・・・」
「なんだかお腹がすいてイライラしてる感じだったね」
「でもここのヌシは空腹でも凶暴化はしないはずなんやけどな・・・」
「うーん、わからないね・・・」
「でもまあ、何事も無くてほんま助かったわ」
二人の話をよそに地面にあぐらをかいて座り、シュカヌの剣を興味深そうに観察するニト。
(あれがこうなって、でもこれは?・・・)
一人でぶつぶつ言いながら集中していたニトだったが、やがてうんうんと頷きながら色々な角度から剣を眺めている。
「これすごい剣だね・・・」
ニトの言葉に一瞬シュカヌの表情が変わったようにも見えたが、ユマが気付いた時にはいつもの優しいシュカヌの顔がそこにあった。
「うーん、そうなのかな。大事な人から貰った物で、よく知らなかったんだけど・・・」
そう言いながらシュカヌは剣をニトから受け取る。
「うん、大事にしたほうがいいよ」
シュカヌは優しく微笑みながら小剣を腰の後ろに装着する。
「で、ユマ達はどこに行こうとしてたん?」
「じつは私達もハタムに向かう途中で」
やったら一緒にハタムまでどう?と言いかけたヤンチの言葉を、ユマはちらっとシュカヌの顔を見て途中でさえぎる。
「ごめんなさい、私達急いでいる途中だったので・・・」
「そうやったんか、そら悪い事したな。そうや、これ少ないけど持っていき」
ヤンチは袋の中から握りこぶし位の大きさのエナジークリスタを二つ取り出してユマに手渡した。
「命助けてもらっといて、これだけで申し訳ないんやけど・・・」
「いえ、そんな!」
「ハタムに行けば多少の金には換えられるやろ」
「うん、ありがとう」
答えながらユマは肩から提げたカバンに石を詰め、行こうとシュカヌに合図する。
「またね、ユマ」
ニトはボードに乗るユマ達に向かって挨拶する。
「またね、ニト」
「また会うよ、必ず」
「そうだね」
ユマはにこっと微笑んでニトに手を振る。
それじゃあと言いながらユマとシュカヌは二人に別れを告げてボードに乗り、勢いよく走らせた。
「また会うよ、必ず・・・」
二人を見送りながらニトがつぶやく。
「今日のことはオババには連絡しないでねヤンチ」
ニトは荷車を確認するため歩き出したヤンチの後姿に語りかける。
「しかし坊ちゃん・・・」
「オババには僕のほうから話しておくから」
「はぁ・・・」
振り返ったヤンチの目には、宝物を見つけた子供のようなニトの笑顔が写っていた。