sect.4 それぞれの想い
西の大国ランタベルヌの第3都市ハーデルマークにある研究施設。
日も暮れ人気のない研究所、そして光を最小限に抑えた部屋に人影。
ヌシ神の搬送作業を無事に終えたリグアだった。
一人で作業をしていた彼の元に、進捗を確認にヴェルデがやってくる。
「どうだ?」
「問題ありません」
「そうか」
単刀直入過ぎる問いに、単刀直入過ぎる答え。
彼らの目の前には液体の入った容器に浸けられたヌシ神の姿があった。
「スケジュールも予定通りに進められそうか?」
ヌシ神の元へ歩を進めながらヴェルデが問う。
「そうですね、今さらになって本国が計器の貸出しに渋っていますが・・・」
「またルゾールのヤツか?」
「ええ・・・、しかしこちらにある物で代用はききますので問題ないでしょう」
「そうか」
そう言いながらヴェルデは机に向かうリグアの傍の壁に背中をあずけて、コポコポと小さな泡を浮かべるヌシ神を無言で眺めている。
岩の塊にも何かの卵にも見えるその巨体を、時折走るように青白い光が明滅することから“それ”がただの無機物ではない事がうかがい知れる。
「しかし・・・」
ヴェルデは何かを言いかけて言葉を止めた。
「なんです?」
リグアは仕事の手を休めてヴェルデに視線を投げる。
「コイツが何年前のものかは知らんが、これだけボロボロになりながらも“生きている”というのはすごいなと思ってな」
「生体金属と人工生命、失われた技術の最たるものですからね」
リグアの言葉にヴェルデは不満そうな顔でフンと鼻を鳴らした。
「しかしそれほど高度な技術を持った世界ですら危うく滅びかけた・・・」
「技術というのは、それ単独ではただの力でしかありませんからね」
「結局はそれを使う側の人間次第という事だろう?」
「ですね・・・」
ヴェルデはやれやれという顔を浮かべて、目の前の巨大な塊を見つめる。
ごつごつとした隙間をまた青白い光が走った。
「永遠の命か」
遠くを見る目でヌシ神を眺めるヴェルデは呟くように言った。
「こいつもまた孤独なのだろな・・・」
「はっ!」
体中に汗をかいてシュカヌは飛び起きた。
時は夜明け前だろうか、辺りは暗い闇に包まれている。
耳を澄ますと、しんと静まり返った空気に、時折風の音が混じって聞こえた。
シュカヌはそっと半身を起こし、床に足をつけてみた。
(痛っ・・・)
鈍い小さな痛みが足に走ったが、問題なく立てそうだった。
行けそうだなと小さく呟いて、シュカヌは足に力を入れて立ってみる。
とっさに軽くよろめいたが、すぐに体勢を立て直して辺りに視線を走らせる。
ユマが置いてくれたのだろう、枕もとの近くにシュカヌの服がたたんであった。
それを手に取り着替えると、静かにテントから外に出た。
辺りには深い青色のインクをこぼしたようなシルエットの風景が広がっている。
「行くの?」
突然聞こえたその声に、驚いて振り返ると少女の姿がそこにあった。
「ユマ・・・?」
どうしてと言いたげなシュカヌの言葉を先取りユマは続ける。
「なんか、そんな気がしてた。シュカヌが急にいなくなるような」
「ごめん」
「いや、謝る事はないよ」
慌ててユマが言い返す。
「それで、どうするの?」
「えっ?」
「行くんでしょ?」
「・・・」
ユマの言葉に責めるような響きは無かったが、黙ってこの場を去ろうとしていた後ろめたさがシュカヌを無口にさせた。
言葉に詰まったシュカヌを促すように、どこに行くの?とユマが尋ねる。
「港へ・・・、港へ行ってみようと思う」
ユマはふうっと小さくため息を付くと、しばらく何かを考え込んでゆっくり口を開く。
「いいよ。連れて行ってあげる」
「え?」
「だから、あたしが連れて行ってあげる」
「え、いや!?」
ユマの言葉に戸惑うシュカヌ。
「だって港へ行くったって、場所がわからないでしょ?」
「いや、そうだけど・・・」
その時、物陰からやれやれと言いながら新たな人影が現れる。
「長老・・・」
「まったく、若いもんはせっかちでいかんな」
長老はあきれた顔でシュカヌを見つめる。
「すみません・・・」
「まあよい、それほど急いでおるのを我々が止める理由もない」
返す言葉を探すが見つからないシュカヌ。
「これを持って行きなされ」
「これは?」
老人の手には小さな皮の袋が握られていた。
「“お守り”じゃ」
「お守り?」
「うむ。いずれ役立つ時が来るかもしれん」
老人は意味ありげな笑いを浮かべながらそれをシュカヌに手渡す。
「はあ・・・」
「行きなされ、朝が来て子供達が気付いたら旅立てなくなるでな」
「そうですね」
そういうとユマはテントの影から、簡素な棒のハンドルが付いた板を持ってくる。
ユマがその板の上に乗りハンドルを握ると、板から小さくブーンブーンと羽音が羽ばたくような音が漏れ始め、地面から宙に浮き上がっていった。
これは?と聞くシュカヌにスライドボードよと答えながら、ユマはその場でボードを上下させたり軽い点検をしたあとで乗ってとシュカヌを促す。
恐る恐るユマの後ろからシュカヌが乗るとボードがわずかに沈んだが、すぐに元の高さまで浮き上がる。
「すごい、揺れもなくて気持ちいいね」
でしょ、と言いながらユマは長老に向き直る。
「では長老」
「うむ、道中に気をつけてな」
無言で頷いてユマは背後のシュカヌを振り返る。
「いい?シュカヌ、あたしにしっかり摑まっててね」
ユマが手に力を入れると、二人を乗せたボードが急に加速をつけて前進する。
その勢いで危うく振り落とされそうになるシュカヌだったが、とっさにユマにしがみ付き体勢を保った。
「夕方までにはハタムに行くよ!」
「わかった・・・」
風で髪をたなびかせながらシュカヌが返事をする。
日の出が近づいているのだろう、地平線と空の境界はうっすらとオレンジ色に染まり始めていた。
「やれやれ、行ってしもうたか・・・」
次第に白み始めた空のもと、小さくなっていく二人の姿を見送りながら、長老はそっと呟いた。