sect.14 キトトブ寺院ハザサ院
シュカヌが目覚めてから三日後、シャンネラの船は山岳地帯をゆるやかに進んでいた。
それは彼らの目指すキトトブ寺院のハザサ院が、この山岳地帯の先にあったからだった。
シュカヌやシャンネラ、ニト、ユマたちはハザサ院に到着するまでの時間を、操舵室で外の景色を眺めながらくつろいでいた。
「キトトブ寺院ハザサ院。その昔、高名なハザサ僧正によって建立されたといわれる寺社だけど、今ではそこがキトトブ教の総本山として伝わっているんだ」
ニトがユマに説明をする。
「ふーん、そうなんだ。キトトブ寺院はあちこちにあるけど、ハザサ院がそのお寺の頂点ってわけなんだね」
「うん、そうなんだ」
ユマがなっとくといった表情で、うんうんとうなずく。
先日までニトとの間に流れていた、気まずい空気は時間がたつにつれ穏やかになっていた。
とはいえ、その成果はツグナイの民での生活で身につけた、ユマの年下キラーとしての能力がいかんなく発揮された結果ともいえたが・・・。
「ってことは、キトトブのお坊さんって、いろんな所でいろんな事をしているけど、みんなハザサ院から来ているの?」
ユマの質問のとおり、キトトブの僧たちは各地で教えを広める以外にも、寺院で子供たちに読み書きを教える学校の先生の役割をしたり、自警団を編成して治安の維持につとめたりとその活動は多岐にわたっていたのだった。
「直接ハザサ院から来ている訳じゃないだろうけど、それぞれの寺院だったり、お坊さんたちの指揮系統をたどっていくとハザサ院につながっているんだと思うよ」
「ふーん、なんだか難しくてややこしいけど、そうなんだ」
ニトは何が難しくてややこしいのか分からなかったが、あえてそれを口にすることはなかった。
「まあ難しい事はよく分からないけど、大きな町とかではキトトブの人がいるおかげで、助かっていることは多いって聞くし」
「ある程度人の集まっているところでは、キトトブは人々の生活に密着しているからね・・・」
「オバサン、船はどこに泊めるの?」
シュカヌがユマとニトの会話を、意識の端で捉えながらシャンネラにたずねる。
シュカヌの推測では、寺院への船の乗り入れは禁じられているはず、しかもそれが総本山ハザサ院ならなおさらの事だろうと考えたからだった。
「心配しなくても、いくらワタシでも寺に乗り入れるほど、常識外れじゃないよ。キンデラ山のふもとの町に停泊しよう」
「うん、ありがとう」
ハザサ院のあるキンデラ山、そのふもとには各地からの巡礼者が集まる宿場町ができていた。世界の人々の生活は豊かなものではないにしても、だからこそか人々の信仰心は高く、宿場町はちょっとした賑わいをみせていた。
やがて宿場町に着いたシャンネラ一行は、町外れに船を停泊させる。
人通りもなく手ごろな場所を見つけて、シャンネラはご満悦の様子だった。
「さあ着いたよ、行っておいで」
「へっ、シャンネラさんは行かないの?」
とつぜん不意に言われたシャンネラの言葉に、ユマが不思議そうな顔でたずねる。
「ワタシャ、行かないよ。ワタシみたいなのが寺に行ったら、バチでも当たりそうで行く気にはなれないからね」
シャンネラは笑いながら答えたが、シュカヌがそれをさえぎった。
「オバサンにも来て欲しい」
やけに真剣な表情で話すシュカヌに、なにやら違和感を覚えながらシャンネラがたずねる。
「なんで?」
「オバサンにも会っておいて欲しい人がいるんだ」
「ん?」
シャンネラは暫しなにやら考え込んでいたが、やがて意を決したように話す。
「ワタシもちょっとは知れた名だからね、騒ぎでも起きたら面倒だろう?」
「大丈夫だよ」
「ん?」
「騒ぎはオバサンが、居ても居なくても起きるから」
「アンタいったい・・・」
「こんな道があったとは・・・」
シャンネラたちを連れたシュカヌは、参拝者たちが使う参道とは異なる山道をハザサ院へ向けて登っていた。とうぜん周囲に人の姿は見当たらなかったが、その山道は獣道といった様子ではなく、人の往来によって作られた道であることは確かだった。
「シュカヌは、ここに来たことがあるの?」
「うん、はるか昔に」
ユマの問いにシュカヌが答える。
「でもそんな昔の道が、今も残っているなんてよく分かったね」
「ハザサ院がある限り、この道はなくならない。ここはそういう道だから」
「ふーん・・・」
ユマと入れ替わるように聞いてきたニトにシュカヌが答える。
ここに来る前のシュカヌの言葉を思い出して、シャンネラは何かキトトブの裏があるのだろうと想像した。
シャンネラほどの歳にもなれば、それなりに世の中のいろんなものを見てきたから判る。物事には必ずと言っていいほど表と裏の顔がある。キトトブほどの大きな組織ともなれば尚更のことだ。
(キトトブはいったい何を隠しているんだい?)
「もうすぐだよ」
全員が登頂に疲れを訴えはじめた頃、シュカヌがなだめるように告げる。
シュカヌの言葉通り、それから間もなくして彼らの目の前に大きな門が現れた。真っ赤で巨大な鮮やかな朱門は、見るものに威圧感を与えずにはいられない。そして門の前には、長い木製の棍を手にした二人の大男が立っている。
「なに用だ」
門番の一人がシュカヌたちを見つけて、威圧的に聞いてくる。その立ち入ることを許さないと言わんがばかりの雰囲気に、尻込む一行の中でシュカヌが一歩前に出た。
「院長に会いに来た」
いつもと違うシュカヌの雰囲気にユマが気付く。
取り立ててどこが違うというわけではないが、なにか凛とした空気が漂っている気がする。
「・・・何者だ?」
「古き者が来たと伝えればわかる」
門番はいぶかしげな目でシュカヌを眺めていたが、納得してつぶやくように言った。
「・・・いいだろう、暫し待たれよ」
「ながい・・・、いつまで待たされるんだろう?」
ユマがふてくされたように言うのも仕方がなかった。暫し待たれよといって門番が寺院の中へと消えてから、かれこれ一時間は経ったのではないかと思われたが、門番が出てくる気配はまるでない。
残されたもう一人の門番は、無言のまま直立不動でピクリとも動かない。
「この人、生きてるんだよね?」
そう言いながらユマが門番を下から覗き込むと、門番がゴホンと咳払いする。
「ひゃっ、ゴメンなさい!?」
ユマは驚いた拍子に、足が滑ってお尻から倒れてしまう。
その時だった、ギギギ・・・と音を立てて門が開きだした。
「待たせたな、入られよ」
門の内側から発せられた声に、中を覗き込んだユマが息を飲む。
「えっ、これって!?」
門の内側の境内は、武装したキトトブの僧兵で埋め尽くされていたのだった・・・。




