sect.3 家族
いつの間に眠ってしまったのだろうシュカヌは夢の中にいた。
いや正確には夢ではなく、まどろみの中で矢継ぎ早に流れる記憶の断片。
白衣に身を包んだ初老の男
マブイ(魂)プロジェクトと題された冊子
優しい微笑を浮かべて、こちらを覗き込む金髪の女性
粘着性の液体を滴らせる鉱石のような物体
悪意に満ちた実験室
悲しい離別
人の手で造られた生命体
・・ゾ・・・ンゾ・・・エンゾ・・・
額に汗をにじませて飛び起きたシュカヌを、ユマがびっくりして見つめる。
「悪い夢でも見た?」
ユマは部屋を掃除していた手を止め、テーブルの上に置かれていた器に水を入れシュカヌに手渡す。
シュカヌは一言礼を言うと、それを受取り一気に飲み干した。
「大丈夫?」
「うん」
答えながらシュカヌはベッドから身体を起こし、床に足をつける。
それを見たユマは慌ててシュカヌのもとに駆け寄った。
「まだ起きない方がいいんじゃない?」
「いや、もうここに来て一週間だし、そろそろ体を動かしとかないと逆にサビ付いてしまいそうだよ」
そう言いながらシュカヌは器をユマに手渡して、そっと膝に力を入れる。
「おっと・・・」
立ち上がった拍子にバランスを崩しかけて、駆け寄ろうとしたユマを手で制しシュカヌは軽くジャンプしてみた。
「うん、いける・・・」
そう呟いて、体をひねってみたり、その場で屈伸をしてみせた。
大丈夫?と心配そうに様子を窺っているユマにうんと頷き、シュカヌは立ち上がる。
「ちょっと外を歩いてみたいな」
シュカヌはユマの方を向いて尋ねる。
ユマは慌てて手に持った器をテーブルの上に置いて答える。
「ああ、うん。いいよ」
ユマに連れられて、テントの入り口から外の世界に出て行くと、シュカヌは目が痛くなるような眩しい光に包まれた。
「眩しい・・・」
「そっか、シュカヌはもう一週間も、外の光を見てなかったんだね」
そんな二人の姿を見つけた子供たちが、彼らのもとに駆け寄ってくる。
「もう大丈夫なの、ユマ?」
最初に駆け寄ってきたのは二人の女の子たちだった。
「うん、シュカヌが外を歩きたいって」
女の子たちはニコニコしながらユマの隣にやってきて、そこから五歩くらい離れた場所に四人の男の子たちが遠巻きにユマとシュカヌを見つめている。
ユマは男の子たちに、おいでと手招きして引き寄せる。
「この子達がシュカヌを助けてくれたんだよ」
ユマが子供たちを紹介しながら説明すると、シュカヌは微笑みながら“ありがとう”と礼を言う。
えへへと照れ笑いをする子供たちを見ていたユマが、ふと何かに気付く。
「あれ、チッタは?」
「いじけてるんだよ」
女の子たちがすばやく答える。
「え?」
「ユマをね、シュカヌに取られて、ふてくされてるの」
「もう、なにをバカな事・・・」
子供たちの笑いに包まれる中で、ユマは物陰からこちらを窺うチッタの姿を見つけた。
「チッタ!!」
ユマの声で物陰の向こうで男の子の体が文字通り飛び上がるのが見えた。
「おいで」
ユマの言葉で、目を赤くした男の子が小さな足で駆け寄りユマに飛びついてくる。
「ほんとにもう、仕方ないんだから」
そう言いながらもユマは、自分の腰の辺りの服をぎゅっと掴むチッタの頭を優しくなでる。
そんな彼らのやり取りを遠くから見ていた洗濯物を抱えた女達がユマに声をかけてきた。
「ユマ、もう良いのかーい?」
「うん、大丈夫みたーい」
輪の中から手を振りながら答えるユマの横で、シュカヌは呟くように話す。
「なんか皆、温かいな」
「うん、ここでは皆が家族だからね」
(家族か・・・)
眩しそうに太陽を見上げた後でシュカヌは切り出した。
「長老のところへ行きたいな、案内してもらえる?」
「うん、もちろん」
集落の中でひときわ大きなテントのような建物が長老の住居だった。
「そろそろ来るころだろうと、思っておりました・・・」
ユマと共に現れた少年に長老はゆっくりと口を開いた。
長老の周りには男達が並ぶ。
その重く静かな空気にユマは入り口で立ち止まってしまう。
「ありがとうございます。おかげさまで体の方もすっかり良くなりました」
シュカヌはその空気に怖じることもなく前に進む。
そして勧められるままに長老の近くに腰を下ろした。
「いやいや、我々は少しだけ手助けをしただけですじゃ」
「とんでもない、あのとき助けていただけなかったら今頃は・・・」
長老は少年の言葉に微笑みながら目を細める。
「ここに来られたという事は、旅立ちの相談ですかな?」
「はい」
「あれから我々も、あなたの言われていた船の事を調べてみたのですが・・・」
長老の言葉の歯切れが急に悪くなる。
「どうやら発掘に関わった者に口封じをしておるらしくて、探りを入れてもなかなか手掛かりが掴めないのですわ」
「そうですか・・・」
「もう暫く時間をいただけますかな?」
申し訳なさそうに提案する長老に、シュカヌは軽く微笑みながら頭を振る。
「しかし、これ以上こちらに迷惑をかけるわけにもいきません・・・」
「いや迷惑などと、そんな事はありませんよ」
長老の言葉にシュカヌは少し考え込んで切り出す。
「正直に言うと、もう時間がないんです」
「ほう・・・」
シュカヌの言葉で長老の後ろに座っている男達が何か言いたげに反応する。長老はそれを見て、男達をそっと手で制す。
「遠い昔の話じゃ・・・」
「はい?」
唐突な長老の話口調にシュカヌは戸惑いながら返事をする。
「ワシらの祖先は世界が大崩壊を起こす前は学者だったそうじゃ。ワシら一族はこの地で永いこと生活をしとるが、それは祖先が何かを監視する為ここで生活を始めたのが最初とも、祖先の犯した過ちの為に町の人々から追放されたのが最初とも言われとる・・・」
シュカヌは長老の話を黙って聞いている。
「だが時の流れは無常じゃ。二百年以上も経ってこの砂だらけの大地で祖先が何を監視しとったのか、本当のところ今のワシらにはわからん・・・。ただワシらは今でもここに住み続け、世間の一部の者はワシらをツグナイの民と呼ぶ事実だけが残っておる」
「・・・はい」
「旅のお方、あなたが何者であるかワシにはわからん。ここの男衆のなかにはそれを気にするものもおる。じゃがワシはあなたを助けたい、それだけじゃ・・・。それでいいとワシは思う」
長老の後ろに座る男達は何も言わず黙っている。
「・・・よいな?」
長老の問いかけに異議を唱えるものはいない。それが答えだった。
「あ~、もうメンドくさい!」
「なんと!?」
驚く長老を無視して、ズカズカとユマが踏み込んでくる。
「なんで大人はいちいち理屈が必要なの!?困っている人がいるから助ける!それだけの事でしょ?」
男達は黙っている。
「ふぉっふぉっふぉ、ユマには敵わんのぉ」
「ちまちまイジケて暮らしてるから、あたし達は何も変わらないんだよ!」
「が~ん!!」
ユマの言葉に男達はショックを隠せない。
「行こう、シュカヌ」
そう言うとユマはシュカヌの手を握りテントの外に連れ出す。
「ふぉっふぉっふぉ、ワシらの負けじゃな」
長老はそう言いながら男達をたしなめた。
「・・・ごめんね」
テントから出たユマが、さっきまでの威勢のいい態度から一変してしおらしく謝る。
「ん?」
「大人たちは辛い思いをしながら、ここで生きてきたから・・・」
「大丈夫、謝ることはないよ」
(謝らなきゃいけないのはこっちの方だ・・・)
小さく呟いたシュカヌの言葉は、ユマに届くことはなかった。