sect.12 鼻血の王子
「フンー、フフフー・・・♪」
シャンネラの船で洗濯物を干しながら鼻歌を歌うユマ。
「ユマはその歌をよく口ずさんでいるよね」
「ん?あぁ、シュカヌ」
ユマが声のする方に振り向くと、シュカヌが立っていた。
「うん、あたし小さい頃の記憶をなくしていてね。唯一覚えているのがこの歌なの」
「そうなんだ」
「うん。だから記憶をなくす前と今のあたしを繋ぐものは、この歌しかないの。だからなのかな、この歌を口ずさんでいるときは、なんだか気持ちが落ち着くっていうか・・・」
「ふーん」
「だから困ったときとか、気持ちを落ち着かせたいときは、特にこの歌を口ずさんでしまうことはあるかな」
そうかぁと納得しながらも、シュカヌは少し意地悪な微笑みを浮かべて言う。
「ふーん。じゃあ今は洗濯物を干すのが辛かったから、その歌を口ずさんでいたんだね」
ユマは慌てて言い返す。
「えっ、いや違うよ!?今のは、いい天気で気分が良かったからだよ!」
「ふふふ・・・」
「何!?その何か言いたげな笑いは?」
ユマは頬を膨らませて、ふてくされた表情をつくった。その顔を見て今度はシュカヌが慌てる。
「違う違うよ!」
「違わない」
シュカヌは慌てて取り繕うが、ユマの機嫌は直らない。
「困ったな・・・」
困り果てたシュカヌを横顔で見ながら、ユマがポツリとつぶやく。
「・・・じゃあ助けて」
「えっ?」
「あたしが困って、この歌を口ずさんでいるときは助けにきて。そうしたら許してあげる」
「分かった。助けに行くよ!」
そのシュカヌの言葉で、ユマはニコッと笑う。
「ふふ、約束だよ・・・」
船の扉を勢いよく開いたユマの顔を、肌寒い風が包む。
「強い風・・・」
船の下の様子をその扉からのぞき込むと、地響きと共に通過する巨人の姿がさらに大きく見えた。
「じゃあ、行ってくるね!」
ユマは数歩下がった場所で立ち尽くすニトに一瞬視線を向けると、スライドボードに足をかけて勢いよく飛び降りた。
激しく風が吹きすさぶなか、ユマの体は自然落下に近いスピードで落ちていく。
「うわっ、ヤバいヤバい!」
ユマが急いでスライドボードを操作すると、ボードは右へ左へと蛇行するが落下スピードはやがて緩やかになっていった。
「よしっ!」
ユマはスライドボードのコントロールを取り戻し、自信に満ちた顔でつぶやく。
ギギギ・・・、ガシャン!
巨人は真っ直ぐに進もうとしているようだが、老朽化した足は幾度となくバランスを崩す。そしてその度に全身を大きく揺らして、時にエルノマの建築物にぶつかりながら先を進んでいた。
ユマは先ほどシャンネラの船から見た、女の子がいた場所を上空から探す。
「いた!」
女の子はまだなお、道の真ん中にしゃがみ込んで泣いていた。
通りには人通りがなくなって、ユマの他には誰もその子の存在に気付いていなかったが、巨人の進行軌道上にいる彼女と巨人の接触まで時間はそれほど残っていない。
「急がなきゃ・・・」
タッタッタ・・・
シャンネラの船を大急ぎで走るニト。
ニトはスピードを落とすことなく、一つの部屋に飛び込む。
その部屋のベッドには、死んだように眠るシュカヌの姿があった。
ニトは他の物には目もくれず、一直線にシュカヌのもとに駆け寄る。
「・・・起きて」
ニトはシュカヌの体をゆすって語り掛けるが、シュカヌの瞳は固く閉じられたまま動かない。
ユッサユッサ・・・
「・・・起きてよ、シュカヌ。ユマが、ユマが危ないんだ・・・」
シュカヌは静かに寝息を立てている。
「僕じゃ、何もできない・・・。助けてよシュカヌ・・・」
ドンッ!!!
ニトは眠るシュカヌの胸を思いっきり握りこぶしで叩く。
「シュカヌ!!」
ズン・・・、ズズン・・・
「え~これって、どこから行ったらいいの!?」
ユマは建物の間を縫うようにスライドボードを滑らせながら叫ぶ。
というのも女の子とユマのいる場所の間に巨人が立ちはだかり、それを避けて迂回すると時間を大幅にロスして間に合いそうもなかったからだった。
「こうなったら・・・」
そう言うと、ユマはスライドボードのハンドルを握る手に力を込める。
「ダイタンに行っちゃうか!」
ユマは巨人に向かって一直線に加速する。
ズン・・・、ズズン・・・
巨人がその巨大な足を上げたそのとき。
ユマを乗せたスライドボードが、勢いそのままに巨人の股の下をくぐり抜けていく。
「ひゃー、怖い・・・」
だが無事に何事もなくユマはそのピンチを切り抜ける。
「お~、あたしってカッコイイかも!!」
そしてそのまま女の子の元へとスライドボードを走らせた。
「うぇ~ん、ヒックヒック・・・」
女の子は巨人の接近にも関わらず、まだその場に座り込んで泣き続けていた。
ユマはその子にボードを寄せて急ブレーキで止まると、残りのわずかな距離を駆け寄る。
女の子は膝から血を流しており、恐らくは逃げている最中に転倒して擦りむいてしまったのだろう。
「そこのあなた大丈夫?」
ユマは駆け寄りながら声をかけるが、女の子は無視して泣き続ける。
「ここに居たら危ないよ!早く逃げよう!」
「・・・イヤ」
「えっ!?」
予想外のリアクションにユマが固まる。
(説明しよう!女の子は自分が怪我をしていることを誰かに気付いてほしいが、周囲に誰もいなかったので泣き続けてアピールしていたが、タイミングを逃してしまって自分でもどうしたいのか分からなくなり、すべてを拒絶して意地になるという幼子にありがちな困ッタチャン状態に陥っていたのだった)
ズン・・・、ズズン・・・
「でも早く逃げなきゃ、踏み潰されちゃうよ!」
「・・・いい」
「いいって何が!?」
「つぶされてもいい・・・」
「って、なにバカなこと言ってるの!?」
ズン・・・、ズズン・・・
ユマが振り返ると、巨人はもう目の前まで迫っていた。
「ほらもうあんな近くまで来てるよ!」
「・・・・」
ユマは無理やり女の子を立たせようと抱きかかえるが、その子はユマの腕を振りほどいて再び地面にしゃがみ込んでしまう。
ズン・・・、ズズン・・・
(だめ・・・、もう間に合わない・・・)
「フン、フフン・・・」
「?」
突然耳元で歌を口ずさみ始めたユマに驚き、女の子が泣き止む。
目の前に迫った巨人の足は大きく持ち上げられ、ユマたちの頭上に今にも振り下ろされようとしていた。ユマは幼い女の子の体をギュッと抱きしめる。
「約束でしょ!助けに来てよ、シュカヌ!!!」
ガシャン・・・
そして巨大な足は地面にへたり込んだ二人の上に落とされた・・・。
そして静寂・・・。
やがてギギギ・・・。
やがてギギギ?
ユマたちの頭上に落とされたはずの足が、やがて静かに持ち上がっていく。
「・・・待った?」
その懐かしい声にユマが顔を上げると、巨大な足を全身で支えるシュカヌの姿がそこにあった。
「シュカヌ!?」
シュカヌの全身はプルプルと小刻みに震え、鼻からはうっすらと鼻血が出ている。
「・・・ユマ」
「なに?」
「早く向こうへ・・・」
「ああ!」
ユマは放心状態になっている女の子の体を抱きかかえて、巨人の足の真下から建物の方へ移動する。
ドドン・・・
ユマたちの安全を確認して、シュカヌは巨人の足から勢いよく離れた。
ズン・・・、ズズン・・・
巨人は何もなかったかのように行進を再開し、後にはフラフラと魂が抜けてしまったかのようなシュカヌの姿が残る。
「シュカヌ!!」
ユマはそう叫びながらシュカヌに駆け寄り抱き付いた。
ツツー・・・
「お待たせ・・・」
そう言いながらシュカヌは鼻血を垂らして、そのまま気を失ってしまう。
「シュカヌ!?シュカヌ!?」
シュカヌを呼び続けるユマの声が、いつまでもその場にこだまするのであった・・・。




