sect.10 朽ちかけた巨人
カチャ・・・
シャンネラの船の一室に、水差しとタオルを手にしたユマが入ってくる。
ユマが慣れた足取りで部屋の端まで歩いていき部屋のカーテンを開くと、暗かった部屋に心地よい日差しが差し込んできた。
窓の外には慌ただしい朝の時間を過ぎて、緩やかな時間の流れるエルノマの町が見えている。
「うん、今日もいい天気」
ユマは一人つぶやくと、部屋の片隅にあるベッドに向かって歩き出す。
そのベッドには死んだように眠るシュカヌの姿があった。
ユマは持ってきた水差しの中の水を容器に移して、タオルをそこにゆっくりと浸す。
「冷た~い」
容器の中の水は心地よい冷たさで、キュッと体が引き締まるのを感じながら、ユマは浸したタオルをしっかりと濡らした後で絞っていく。
そして絞ったタオルで、眠り続けるシュカヌの顔と額をゆっくりと拭いていった。
「なんだか君と初めて出会った時みたいだね・・・」
ユマは砂海の真ん中で、砂に埋もれて倒れていたシュカヌとの出会いを思い出してつぶやく。
「・・・君はいつまで眠っているつもりなの?」
というのもユマたちがエルノマに着いて一週間が経とうとしていたが、シュカヌはその前からずっとこのベッドで眠り続けたままなのだった。
「キトトブ寺院へ行くんじゃなかったの?早く起きないと、皆が行くのを諦めちゃうよ?」
ユマは静かに寝息を立てているシュカヌの顔を覗き込み、起きろと言いながら頬を軽くつねる。
しかしシュカヌの瞳は固く閉じられたまま、目覚める様子は見られない。
「ここに居たのかい?」
突然かけられた声にユマが振り向くと、扉の前にシャンネラが立っていた。
「シャンネラさん・・・」
「どうだい、シュカヌの様子は?」
シャンネラの問いかけに、ユマは無言で首を振る。
「まったく、キトトブに行きたいと言ったシュカヌを一旦引き止めたのはアタシだけどさ・・・。準備は整ったっていうのに、いつまで眠っているつもりなんだか」
シャンネラの言葉に、ユマは申し訳なさそうな笑顔で返す。
そんなユマの表情で、シャンネラは言い過ぎたことに気付いて慌てて取り繕った。
「アンタが悪いって言っているんじゃないんだ。気にするんじゃないよ」
「うん、わかってる・・・」
カンカンカン・・・
その時、遠くから聞こえてくる鐘を叩くような音。
その音に反応してユマがつぶやく。
「何か聞こえる・・・」
「ん?」
ユマはシュカヌの眠るベッドの横から立ち上がり、窓に向かって歩き出す。
カンカンカン・・・
ユマは窓の外を覗き込みながらシャンネラに告げる。
「ほらまた・・・」
「どれどれ・・・」
ユマの隣に立って外を見たシャンネラも町の異変に気付いた。
「おっと、また来ちまったかい。こうしちゃいられないね!」
何かを知っているかのような口調でシャンネラはそう言うと、慌てて部屋の出口に向かって駆け出す。
「何なに!?どうしたの?」
「いいから、アンタはそこでじっとしてな」
シャンネラの体はすでに半分部屋の外に出ている。
それを見たユマは身を乗り出していた窓から起き上がり、シャンネラの後を追いかける。
「気になるから、あたしも行く!」
「ダメだってのに!」
だがユマは拒絶するシャンネラの背中を押しながら、彼女を促す。
「あ~もう、悠長なことをしてる暇はないんだ。いいかい、邪魔をするんじゃないよ!」
「うん、わかった!」
観念したシャンネラはユマを連れて、部屋の外へと駆け出していくのだった・・・。
ズン・・・、ズズン・・・
エルノマの町中に響きわたるような地響き、そしてその上空では得体のしれない無数の鳥が羽ばたいている。
町中では異変に気付いた住人たちが慌ただしく行き交い、それぞれが近くの建物のなかへと避難し始めていた。
ズン・・・、ズズン・・・
どこからか響いてくる地響きは次第に大きさを増していき、やがてその発生源といえる存在が姿を現す。それはボロボロに朽ちかけた機械の巨人だった。
身の丈4メートルはあろうかという巨人は、骨組みがむき出しの巨体をギシギシと軋ませながらフラフラと町の中心へ向かって歩みを進めていた・・・。




