sect.2 湧き上がる疑念
「そんな体で、もう次の事を考えているのですかな?」
シュカヌとユマが声のする方に顔を向けると、テントの入り口から杖をついた老人が失礼しますよと入ってくるところだった。
「あっ、長老」
ユマは長老に手を貸し、椅子へと導く。
シュカヌが身体を起こそうとするのを手で制し、長老はゆっくりと椅子に身体を沈めた。
「一時はどうなるかと思いましたが、なんとか回復なされたようですな」
「はい、ありがとうございました」
長老はうんうんと頷きながら、ユマから手渡された器の水に口をつける。
「なにやら先を急がれる旅をなさっておられるようじゃが、どちらへと向かわれておられたのですかな?」
シュカヌはしばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりと話し始めた。
「先日この近くで、危険なものが巨大な船によって持ち去られてしまいました。僕はそれを阻止しようとしたのですが、あの嵐のせいで船から落とされてしまって・・・」
「ほう・・・」
長老は眉間にしわを寄せる。
「その船がどこに向かったのかを調べ、追いかけようと思っています」
「しかし追いかけて行ったところで、どうにもなりますまい」
長老の言葉はもっともだった。船で持ち去られたものを取り返すといっても、子供が一人で何が出来るというのか誰の目にも結果は明らかに思えた。
「悪い事は言わん、ここで体が治るまで療養して家へお帰りなさい」
「・・・帰る所はありません」
「うぅむ・・・」
意志が固いのか強情なのかきっぱりとものを言う少年に、長老は少し困った顔をしながら先を続ける。
「ならば仮に、船の行き先が分かってその場所に辿り着けたとして、それから先どうなされるつもりかな?」
「あれが危険なものである事を、粗末に扱ってはならないものだという事を伝えなくてはなりません」
長老はシュカヌの顔を見つめ黙り込んでいたが、やがて決心したかのように話を続ける。
「・・・いいでしょう。船は港に集まります、ハタムへ行けば何か手がかりが掴めるかもしれません。こちらの方で情報を集めてみましょう」
「ありがとうございます」
シュカヌは長老の目を見ながら静かに礼を述べた。
「じゃが・・・」
不思議そうな顔で見つめ返す二人を無視して、老人は椅子から立ち上がる。
そしてベッドに横たわる少年の体を軽くポンポンと叩く。
「うぎっ!!」
少年はおもわず声にならない悲鳴をあげた。
「まずはしっかりと、その身体を治す事じゃ」
意地の悪い笑いを残して老人はその場を後にした。
ユマはうなっているシュカヌを横目にみて笑いながら、今は身体をしっかり治すほうが先決よとたしなめる。
「まったく、二人して同じ事を言わなくても」
シュカヌは少しふて腐れたような表情でユマの顔を窺う。
「そりゃそうよ、だってさっきから今すぐにでもここを飛び出してやろうっていうのが顔に出ているんですもの」
シュカヌはえっ!?という表情で手で顔を触る。
「うっそよ~♪」
ユマはそう言いながら大きな声で笑い、シュカヌもそれにつられて思わず笑ってしまう。
「それでいいんだよ・・・」
「えっ?」
「さっきから、ずっと思いつめた顔してた。そんなに自分を追い詰めてちゃ、うまくいくものもうまくいかなくなっちゃうよ」
シュカヌは不思議な雰囲気をもった子だなと思いながら、その言葉を聞いていた。
「・・・ありがとう」
「どういたしまして」
ユマは微笑みながら答えて、“また後で顔を出すね”と残して部屋を後にした。
シュカヌのテントを出て自分の部屋に戻った長老を、数人の男達が待っていた。
「どうでしたか?長」
待ちわびたように、老人のもとに詰め寄る。
「体のほうは、もう大丈夫じゃろう」
望んだ答えを得られなかった男達は、じれったい様子で続ける。
「あちらのほうは・・・?」
長老はふぅーっと溜息をついて答えた。
「わからぬ・・・」
「なんと!?」
「どうみても普通の子供と同じように見える・・・」
「しかし・・・」
詰め寄る男衆を前に、長老は深く目をつむったまま回想する。
子供達からの連絡で運び込まれた少年。
体を強く打ち虫の息だった。
上着を脱がせたときに間違いなく右腕は折れていた。
泥薬を準備させ少年の体に塗りこんでいる時にそれは起こった・・・。
折れていた右腕が淡く発光していったのだ。
まさかと思い恐る恐るその手を握り、ゆっくりと持ち上げると腕は肩までつながっていた。
なんだというのか・・・。
そう思いながらも長老の頭の中には、ひとつの思い当たる節があった。
世界を破滅へと導いた“大崩壊”その中心にあったとされる“マブイ”の存在。
あれから二百年以上の時が経過し、それが事実かも疑わしい伝承になってしまうほどの年月が経った今頃になって、それが我々の前に現れたというのか?
しかし偽りの魂を持つといわれた“マブイ”だが彼らの目の前に現れた少年は、どう見ても普通の子供と変わらない・・・。
神妙な面持ちで自分を取り囲む男衆を前にして、長老はゆっくりと瞼を開いた。
「・・・やっぱりわからんな」
ガクッ!
「ちょ、長老・・・」
そして今日も平穏な一日が過ぎていく・・・。