sect.1 出会いは風と共に
そう・・・。
それは、少し悲しいお話。でも誰もが忘れてはいけないお話。
だからここに、それを記そうと思う。
私たちが何をしてきたのか、そして何をしていかなくちゃいけないのか。
生まれくるこの世界の子供たちのために、わたし自身のために。
それがツグナイの民と呼ばれる私達の務めだから。
いいえ、なによりそれが彼との約束なのだから・・・。
見渡す限りの砂の世界。そこは、視界に入る地平線のすべてが砂の世界だった。
だがどんな世界にも平等に朝は訪れる。
まだ薄暗さの残る朝と夜の境界で、砂の上を走る緩やかな風に乗って誰かの歌声が届く。
どこか悲しみを含んだような、それでいて安らぎを与える歌声。
その歌声をさえぎるように、子供達の声が響く。
「ユマねえちゃん、あったよぉ」
歌うのを止めた少女の元へ、厚手の民族衣装に身を包んだ子供たちが走り寄る。
「ほら、こんなに」
子供たちは、それぞれの手に握り締める皮の袋の口を開いて、その中身を少女に見せた。
袋の中には砂にまみれて、淡い光を放つ小さな石が詰まっていた。
「よくやったね」
ユマは微笑みながら子供たちの頭の上にそっと手を置く。
「まだ探せば、たくさんあるかも」
褒められたのがよほど嬉しかったのか、目を輝かせてそう言う男の子の言葉に、少女は微笑みながら頭を振る。
「だめよチッタ、それが今日の私たちに与えられた量なのだから。必要ならば、また明日探せばいいの」
「ふぅん」
男の子は納得しない様子でうなずいていたが、ユマはにっこり笑って歩き出す。
「さあ帰りましょ、皆が心配するわ」
空の太陽は完全に地平線を離れ、辺りを優しい光で包んでいた。
「ん・・・、なんだろぉ?」
ユマの隣で手をつないでいた女の子が指差したその先には、小さな山になった砂の塊が見える。よくみると砂の間からは、なにやら布のようなものがはみ出していた。
「なにかしら?」
目を凝らしながら、そこに歩いて近付く二人の横を、数人の男の子たちが追い越して駆け抜けていく。
「ひとだ!」
「え・・・!?」
その言葉にユマがあわてて駆け寄ると、砂にうずまった人らしき衣服が覗いて見えた。
「みんな手伝って!」
子供たちが一斉に砂山に群がり、それぞれの小さな手で砂をすくいながら目の前の山を切り崩していく。
砂の中から人の上半身が現れるのに、さほど時間はかからなかった。
ユマが子供たちの助けを借りて砂の中から服をひきずりだすと、砂の中から出てきたのは意識を失った少年だった。
ユマは少年の顔を覗き込んで、彼の口元に耳を近付けたが呼吸は浅い。
少年を胸に抱え、ユマは傍らで呆然と立ち尽くす子供に視線を投げる。
「チッタ、誰か人を呼んできて!」
「わかった!」
そう言うが早いか、チッタはすでに走り出していた。
読経のような歌のような男たちの低い声と、ガラスの触れ合うような音が雑じりあって響いている。
(・・・どこだ、ここは・・・)
薄暗い部屋の中であろうことは、うつろな意識でも理解できた。
上半身を裸にされた少年を民族衣装で身を包んだ複数の男たちが囲み、彼の体に泥薬を塗っている。
腕から肩へ、肩から腹へと粘度の低い油のような液体を塗られ、不快感はあるが身じろぎひとつできない。
「うぅ・・・」
何か言葉を発しようとしたが、声にはならなかった。
「安心しなされ、もう大丈夫ですじゃ」
声の方に少し首を傾けると、立派な白いヒゲをたくわえた老人の姿がそこにあった。
「だが、かなりの体力を失っておられるようす。今は心と体を楽にして、ゆっくりと休みなされ旅のお方よ」
「うぅ・・」
少年は体を動かそうと試みるが、衰弱した体は彼の意思に反していうことをきかない。
部屋の中では香が焚かれているのか、わずかに鼻を刺激する匂いが充満している。
少年は意識が薄れてくるのを感じて必死で抵抗するが、それも長くは続かず間もなく再び深い眠りへと落ちていった・・・。
「はっ・・・」
少年が深い眠りから目覚めたのは、小さな簡易テントの中だった。
ベッドのような敷物と体に掛けられた織物のブランケットから少年が体を起こそうとすると、ちょうど一人の少女がテントのなかに入ってきた。
「あ、だめだめ!まだ起きちゃ」
少女は水の入った小さな壷をテーブルの上に置くと、少年の肩に軽く手を添えて彼の体をベッドに戻す。
「ここは・・・?」
少年は少女の顔を見ながら尋ねた。
「ここは私たちのキャンプ、覚えてない?あなた砂漠の真ん中で倒れてたのよ。私たちがあなたを見つけたのが三日前。それからあなたはずっと眠り続けていたの」
「砂漠・・・。そうか!あの日砂嵐に巻き込まれて・・・」
記憶を取り戻し少年は飛び起きようとするが、全身に激痛が走った後、力が抜けて再びベッドに倒れこんだ。
「だからダメだって言ったのに」
少女は少し意地悪な笑い顔で、乱れたブランケットを整える。
「ありがとう」
「どういたしまして」
得意げにすました顔で少女は答える。
「でも女神様があなたを守ってくれたのかもしれないね」
怪訝な顔をする少年の視線を無視して少女は続ける。
「この時期に吹く強い風をファンテゥって呼ぶの、幸運を呼ぶ女神の名前よ。でもちょっと女神様も機嫌が悪かったのかもね、あれじゃ幸運も逃げだしてしまうほどの大嵐だったんですもの」
ふふっ、と少女は少年の顔を見て笑った。
「はじめまして、あたしの名前はユマ」
「僕はシュカヌ」
「シュカヌ?変わった名前ね」
聞いたことのない言葉の響きにユマは軽く首をかしげた。
「僕の名前も、古い国の言葉で風っていう意味らしい」
「へぇ、そうなんだ。いい名前なのね」
「さっきは変な名前って言った」
「そうだっけ?」
少女は笑いながら言葉を濁す。
そのときテントの外から囁くような声が聞こえてきた。
「こらっ!あなたたち、覗き見なんて行儀の悪いことしない!」
ユマの言葉に“ひゃっ”という声と共に、何人かの子供たちが笑いながら走り去っていく音が聞こえた。
「ここの子供たちよ、あの子たちがあなたを砂の中から助け出したの」
「そうだったのか、お礼を言わなくちゃ」
「うん、あとで紹介するね」
そう言いながらユマは、先程抱えてきた壷の水を小さな水差しに移し替えてシュカヌの口元へと運んだ。
少年はありがとうと礼を言って、一口だけ口に含んだ。
「それはそうと、シュカヌはどこから来たの?なぜ砂漠の真ん中で倒れていたの?」
「そうだ、船を知らないか?空を飛ぶ大きな船。そこから落ちたんだ」
「えっ?船」
ユマは不思議そうな顔で、少し考えた後に口を開く。
「最近このあたりで見かけた空を飛べるような大きな船なら、ランタベルヌの船だけだと思うけど・・・」
「ランタベルヌ?」
「知らない?西方の国よ。発掘といいながら遺跡を荒らしては古代の技術や知識を集めてるわ」
ユマの言葉がわずかに荒くなる。
「発掘といいながら、やってることは野盗と変わりないの。いえ、力を持っているだけ野盗よりタチが悪いわ」
「ランタベルヌ・・・」
シュカヌの顔がわずかに厳しくなる。
「そんな体で、もう次の事を考えているのですかな?」
突然語りかけられた言葉に、二人はその方向へと視線を向けた・・・。