sect.22 思い出の場所
「ワシはこの研究所を去ることにした・・・」
シュルナフ研究所内にあるミーティングルームでエンゾとメリザを前にして、トナムが切り出す。三人は円卓に腰をおろして向かい合っていた。
「何故です?」
「お前達は道を外れておる・・・。人の命を軽く扱うお前達には付いていけん」
「アリア博士と子供のことを言っているのですか?」
傍目には冷静な会話をしているようだが、トナムとエンゾの間に渦巻く空気には、今にも火が付きそうな重い空気が立ち込めていた。
「・・・それだけじゃない。エンゾ貴様・・・、自分に都合の悪い人間を生体金属のエサにしているな?」
(えっ・・・!?)
トナムの言葉にメリザは口にこそ出さなかったが、ちらっと横目でエンゾの顔を確認するかのように見て、明らかに動揺した態度を見せた。
「・・・フッ、何をバカな事を」
エンゾは視線を逸らして鼻で笑う。
「証拠はある・・・」
トナムの言葉にもエンゾは動揺したそぶりを見せないが、初老の男の瞳をじっと見つめたまま押し黙っている。
「・・・いいでしょう。それで、あなたの要求はなんですか?」
「なに?」
「あなたは別に拘束されているわけではない。本当に逃げるつもりなら黙って逃げればいいだけのこと・・・。だがこうして我々の前に現れて、ここまでの話をするという事は、何か思惑があるのでしょう?」
ガタン!
トナムが勢いよく立ち上がった反動で、彼の座っていた椅子が後ろに倒れる。
「お前達をこのまま生かしておいたら、大変なことになる・・・」
トナムは白衣の内側から銃を取り出し、震える手で銃口をエンゾに向けた。
「・・・・」
エンゾの隣に座るメリザの頬を、一筋の汗が流れ落ちる。
「・・・いいのですか?この室内でのやりとりの音声と映像は記録されていますよ」
「お前が研究員を生体金属のエサにしていることを認めた記録を、使えるというのであれば使えばよかろう」
「・・・・」
「やめなさい、トナム博士!自分のやっていることの意味を考えなさい」
「その言葉、そっくりアンタに返すよ。メリザ博士」
「ぐっ・・・!」
メリザが緊張に耐え切れず口を開いたが、事態が好転することはなかった。
そのとき部屋の扉を、外から激しく叩く音がする。
「エンゾ博士、どうしたのですか!?何かあったのですか?」
扉越しに研究員の声。
「・・・人を呼んだな」
「我々もあなたの酔狂にいつまでも付き合っているほど、暇ではありませんので・・・」
トナムの額に汗がにじむ。
「さあ、どうしますか?」
「ぐっ・・・」
トナムは銃口をエンゾに向けたまま、引き金の感触を確かめるように躊躇して固まっている。
ドンドンドン・・・
「エンゾ博士、メリザ博士!」
「さあ、どうしますか?」
エンゾがハッパをかけるように詰めより、トナムの顔面は汗だくになっている。
「ぐっ・・・」
「さあっ!」
「うおぉぉぉ・・・!」
トナムが雄叫びを上げて、引き金にかけた指に力を込める。
プシュッ、プシュッ、プシュッ・・・
銃を構えたままトナムの動きが止まった。
「あぁ・・・」
だが何か様子がおかしい。
トナムの表情が固まり、彼の白衣がインクをこぼしたように真っ赤に染まり始める。
トナムが銃から左手を離して自分の胸に手を当てると、彼の手にぬるっとした感触が広がる。
「・・・なぜじゃ?」
トナムの視線の先には、銃を構えたエンゾの姿があった。
「茶番はこれくらいにしましょう・・・」
「エンゾ・・・、き・・さま・・・」
搾り出すようにそう言ったトナムは、そのままバタリとその場に倒れこむ。
「甘いですね・・・。私が何の準備もなしに、この場に現れたと思いますか?」
「お二人とも大丈夫ですか?」
そのとき扉を蹴破るような勢いで、数人の研究員が部屋になだれ込んできた。
「これは・・・」
研究員達は血まみれで、その場に倒れこむトナムを見て絶句する。
「後の処分をお願いします」
「・・・ハイ」
研究員達は戸惑いながらもエンゾの指示に従い、動かなくなったトナムの体を数人がかりで抱えて運び出す。
「残念ですね、もう少し器用に生きれば長生きできたものを・・・」
エンゾはメリザの視線を肌で感じながら、そっとつぶやいた。
「退屈だ・・・」
研究施設内に設けられた中庭にシュカヌとニーガ・ルージの姿。
シュカヌとニーガ・ルージはベンチの上で、行きかう人々を眺めている。
シュカヌはいつも母親と一緒に来ていたこの思い出の場所に、今は黒猫の姿をした変わり者と一緒にいた。ひとりでここに来ると、母親のことを思い出して辛くなるため、最近では近づくこともしなかったこの場所にこられたのは彼?の存在が大きかった。
「退屈とは、どういう感情だ?」
ニーガ・ルージがシュカヌに問う。
「えっ?退屈は・・・、退屈だよ」
「答えになってないぞ・・・」
黒猫はやれやれという感じで返す。
「ニーガ・ルージには感情がないの?」
「感情?我輩はプログラムの上に成り立つ思考回路を持っているに過ぎない。だから感情や情緒というものが、何を意味しているのか理解に苦しむ」
「じょうちょ???」
ニーガ・ルージはシュカヌの隣で顔を洗う仕草をしている。猫と一緒にするなという割には、行動パターンが猫そのままだと思いながらシュカヌは笑いをこらえた。
「魂とはどういうものなのだ?」
「うーん・・・、よく分からない」
ニーガ・ルージの問いに、シュカヌは困った顔で答える。
「シュカヌは分からないことばかりだな」
「そんなもんだよ、世の中はわからないことばかりなんだ。だけど、だからこそ楽しいんだって父さんと母さんが言ってた」
「ふーむ、それこそよく分からんな」
ニーガ・ルージは隣であくびをしている。
「たしか父さん、母さんとはシュカヌを造ったヒトを言うんだったな?」
(・・・間違いではないけど、違う気がするのはなぜ!?)
そう思いながらもシュカヌは“うん”と答える。
「今はどうしているのだ?」
「・・・父さんは死んじゃった。僕がここにくる3年前に」
「死ぬ?壊れたということか?」
「まあ、そんなトコ」
会話の微妙なズレに諦めたシュカヌは、苦笑いを浮かべて答える。
「母さんとやら言うヒトは、どうしたのだ?」
ニーガ・ルージの問いにシュカヌの表情が曇る。
「この研究所にいるらしいんだけど・・・」
「だけど?」
「会わせてもらえないんだ」
「どうして?」
「病気でメンカイシャゼツだって言われた」
俯きかげんにそう答えるシュカヌを、ニーガ・ルージはじっと見つめている。
「シュカヌは会いたいのか?」
「もちろんだよ!」
「そうか。じゃあ行こう」
「えっ、どこに?」
「母さんとやらを探して、研究所を探検だ!」
そう言うなりニーガ・ルージは、ベンチから軽やかに飛び降りると走りだす。
「なっ、ちょっと待ってよ・・・」
シュカヌは飛び跳ねるようにベンチから腰を上げると、その後姿を追いかけて駆け出した・・・。




