sect.13 休息
「どうだ、首尾のほうは?」
シュルナフ研究所から離れた郊外の廃屋。
いつものように、謎の幹部軍人との待ち合わせはこの場所だった。
「・・・いい状況とは言いかねます」
男の問いにエンゾが答える。
「タマウツシか?」
「はい。移管のほうは成功したのですが、魂の定着に問題が・・・」
「それだけか?」
「いえ・・・。“ウツワ”のほうにも課題が・・・」
「キトトブ教のハザサ大僧正の容態が思わしくない」
「はい?」
「一連の我々の活動に対してキトトブ教の反抗勢力を抑えるためには、大僧正殿のタマウツシを成功させることが第一条件だ」
「その情報は・・・」
「今初めて、お前に伝える」
(チッ・・・)
エンゾは心の中で舌打ちしながらも、その表情には素振りも見せない。
「大衆はキトトブ教によりどころを求めておる。そのなかでも大僧正殿の影響力は測りしれん・・・。世界は今、彼を失うわけにいかないのだよ」
「大僧正は、ご存知なのですか?」
「無論知らぬ。“タマウツシ”を望んでおるのは大僧正ではなく、彼を取り巻く周囲の人間だからな」
「本人の意思を無視して、大丈夫なのでしょうか・・・」
「それはお前の心配することではない!」
「・・・・」
「とにかく急げ。残された時間はあまり無い、我々にもお前にも・・・」
「わかりました」
そう告げると、軍幹部の男は席を立ち部屋を後にする。
(まずは“ウツワ”を完成させるために、アリアの生体金属とオートマタの融合を急ぐ必要があるな・・・)
一人残された部屋の中で、エンゾは独りつぶやいた・・・。
研究施設に造られた天井つきの中庭。
その一角のベンチにひとりの女性の姿があった。女性は中庭で遊ぶ男の子を、目を細めて眺めている。
彼女の元に、初老の男が近寄る。
「ここにおったのか、アリア博士・・・」
「・・・トナム博士」
アリアは来訪者に驚くでもなく、落ち着いた様子でつぶやく。
「一時はどうなるかと思ったが・・・。どうじゃ、多少は落ち着いたかね?」
「ええ・・・」
アリアは、複雑な表情で微笑む。
エンゾから更迭を宣言されてからひと月、残務処理や研究の引継ぎなどで慌しい毎日を過ごしていたが、ようやくひと段落着いて一日休める日が持てた。
「ちょうどいい休息と、思うことにしました」
「・・・うむ」
「主人が亡くなってから、私はあの子を守るため必死で働いてきましたけど、その間あの子をほったらかしに・・・」
アリアはトナムと視線を合わせずに、遠くを見ながら話す。
「逃げたかっただけなのかもしれません」
「ん?」
「あの子を守るためという理由をつけて、亡くした主人のことを考えないよう研究に没頭して、現実から逃げていただけなのかも」
「そんな事はないじゃろう・・・」
アリアはトナムの優しい言葉に、そっと首を振る。
「いいえ。そして私はあの子までおざなりにしてしまって・・・。親として失格ですね」
二人は笑顔で走り回るシュカヌを見る。
「あの子の、あんな笑顔を見たのは久しぶり・・・」
天井の隙間から差し込む光はやわらかく、夕暮れ前のゆっくりと流れる時間が人々の心を穏やかにする。
「これから先は、どうするつもりじゃ?」
「残りの整理が片付いたら、ここを去ります」
「去ると言ってもどこへ?」
「さあ・・・。ここへ来る前にいた研究所は、戦乱で無くなってしまったと聞きましたから、あの子と安全に暮らせるどこかへ逃げようと・・・」
安全に暮らせる場所など、今の世界どこにもないと言いかけてトナムは口をつぐんだ。
そんな事は誰でも分っているし、それを言ったところで何にもならないと気付いた。
「死ぬんじゃないぞ・・・」
そう言った後でトナムは後悔したが、それほどまでに世界は疲弊しきっていた。
「大丈夫です。あの子を独りにさせるわけにはいきませんから・・・」
そう答えたアリアの声は小さく、そしてか細かった・・・。




