sect.10 沈みゆく世界
「一体どういうことですか?」
アリアは憤りを隠そうともしないで、トナムに詰め寄る。
アリアの不満のわけはオートマトンの戦線投入が、軍部の研究所視察そしてオートマトンのサンプル納入から、それほど月日の経過もなしに始まっていたことだ。
まるでこうなることを予め想定して、この研究所が創設されていたような段取りの良さであった。
「うーむ・・・、エンゾは公表していないプロジェクトを裏でいくつか進めているという、キナ臭い噂が以前からあったからな・・・」
トナムは何かを知っているらしく、バツが悪そうに答える。
きっと情報規制か何かで、おおっぴらには話せない内容もあるのだろう。
「視察のあった以前から、軍関係者との接点もあったという事ですか?」
「ヤツのコネクションは多岐にわたるからな。この研究所の資金援助をめぐる交渉やらマネージメントもヤツが一手に引き受けていて、その実態は誰にもわからんのじゃ」
「私は人殺しの道具を造るために、研究をしているわけではありません!」
「それはそうじゃが、この研究所の維持費だけでも莫大な資金が使われておる。世界ではその日に食べるものも無くて飢え死にする民が溢れる中、ここではそんな心配も無く研究に集中できる。当然それなりの見返りが無ければ、そのような待遇でワシらが研究をさせてもらえるワケもなかろう・・・」
「それはそうですが・・・」
「お前さんもそのおかげで、一人息子のシュカヌ君にそれなりの生活をさせてやれているのは事実であろう?」
「・・・・」
痛いところをつかれてアリアは黙り込んでしまう。
「だからワシは最初にお前さんに会ったときに、ここへは来るなと言ったんじゃ。お前さんのように純粋な信念を持った人間には、ここはあまりに穢れすぎておる」
「そんな事を言われても・・・」
「なにを揉めているのですか?」
二人のやりとりを聞きとめたエンゾの姿がそこにあった。
「エンゾ博士!」
アリアは臆することも無く、エンゾに詰め寄る。
「私はやはり納得できません」
「・・・というと?」
「私は人殺しの道具を作るための研究で、ここに在籍しているのではありません」
冷ややかな目で、アリアの目の前に立つエンゾ。
「あなたのように“自慰のような”研究をされては困るのですよ!」
「なっ!?」
「言葉が過ぎるかもしれませんが、個人の自己満足を受け入れられるほど今の世界にゆとりはありません。そんな中で、これほどの待遇の生活を保障されて、バカな事を言うにもホドがあるでは済みませんよ」
「・・・・」
やはりエンゾの認識もトナムと同じようだ。いや、エンゾに反目しているように見えるトナムも根っこでは同じ意見を持っているからこそ、ここでの研究成果を共有できるのだろうか・・・。
「そんな事よりトナム博士、ちょっと話があります」
「なんじゃ?」
「ここではアレですので、ミーティングルームへいいですか?」
「ああ・・・」
それだけ告げるとエンゾは部屋を後にする。
「なんの話ですか?」
「さあ、なんじゃろうな・・・?」
トナムの返事にシラを切っている様子は無いので、本当にわからないのだろう。
「まあどのみち、いい話ではないじゃろうがな」
「そうですね」
アリアは何か引っかかる気持ちを引きずっていたが、二人は諦観にも似た笑みを浮かべた・・・。
「・・・トナム博士にはお伝えしていた“裏プロジェクト”の件なのですが、例の“タマウツシ”の認可が下りたので、正式に実験段階へと移行します」
ミーティングルームに一人やってきたトナムに向かって、エンゾは切り出した。
「・・・なに!?」
驚きを隠せない様子のトナム。
しかしその表情は、全く知らないことを投げかけられたというよりも、想定から外れた言葉を投げかけられたという感じに近い。
「そんなことが本当に可能なのか?」
「大丈夫です。ヒトの魂というのは一種の電気信号みたいなものだということは、すでに証明できています」
エンゾの返答は、自信に満ち溢れたものに見える。
「だがしかし・・・、そんな安全性もわからない実験に、誰が協力するって言うんじゃ?命の保障も無い、こんな危険な実験に・・・」
「それについては心配に及びませんよ。あるスジから、その課題については協力を得られましたから」
「軍か・・・」
「それについては、お答えできません」
「フン!」
予想通りの答えにトナムは鼻を鳴らす。
「しかしながら実験を行う準備は整いました。以前依頼しておいたオートマタの準備はどうですか?」
「ワシを誰だと思っとるんじゃ!そんなものとっくに準備できておるわ」
「さすが仕事が速い・・・」
エンゾに褒められても、あまり嬉しくない様子でトナムはフンと鼻を鳴らす。
「では早速、来週あたりのスケジュール調整から入りましょうか・・・」
「ワシのほうは、いつでも問題ない。お前の都合のよい日で選べば良いじゃろう・・・」
「わかりました。では、日程を後日また連絡いたします」
「うむ」
そんな二人のやりとりを、影から覗く人物がひとり。
(また何か悪巧みをしているわね、エンゾくん・・・)
影の正体はメリザ博士だった。
(“タマウツシ”?そんな面白そうなことをアタシ抜きでやろうなんて、許さないわよ)
メリザは心の中でつぶやきながら、妖しい微笑を浮かべるのだった・・・。




