プロローグ 02
騒ぎの中心は苦もなく発見できた。
どこから紛れ込んだのか、暴れる少年を取り押さえようと、男たちが船上を数人がかりで追いかけていた。
(チッ・・・、何をしている!)
ヴェルデは懐から銃を取り出し、握りこぶしほどの弾を装填すると銃口を少年に向けて構える。
「まったく、どこから入ってきたのか・・・・。ガキが手間取らせやがって!」
ヴェルデが引き金を引いたその瞬間、少年と目が合った。
(なに!?こっちを見た?)
放たれた銃弾は少年との距離を半分に縮めたところで炸裂し、中から現れた網が少年と彼を追いかけていた男たちのいた場所を覆いつくす。
網の中で自由を失った男たちが絡まりあって、もがいている。
だがその中に少年の姿はない・・・。
(バカな!?あれだけの距離があったのに、あのガキ・・・俺に気付いた?)
次の瞬間、殺気を感じてヴェルデが身を翻すと、さっきまで彼がいた場所を幅広のナイフの軌道が通り抜ける。
「ちっ・・・」
そして黒い影がヴェルデの鼻の先を横切り、彼の目の前で少年が床に手を付いて滑っていく。ヴェルデはとっさに手に持った銃を少年に向けるが、その先は切り取られて無くなっていた。
(このくそガキ!こんな状況できっちりした仕事をしやがる)
ヴェルデは腰から装飾の施された剣を抜き、少年が滑った場所に視線を投げかけるがそこにはすでに少年の姿はない。
「まずい!!」
人目もはばからずにヴェルデは叫ぶと抜いた剣を鞘に戻し、サルベージを行っているリグアのもとへと走り出した。
ヴェルデは先程と変わらない様子で作業を続けるリグアのところへ駆け寄る。しかしヴェルデの予想を否定するかのように、そこに少年の姿はなかった。
「どうしたんです?」
何が起こっているのかを知らないリグアは間延びした声でヴェルデに尋ねた。
「船を出せ!」
突拍子もないヴェルデの提案に慣れているリグアといえど、今回ばかりは何を言っているんだという表情で返答する。
「え?いや、でもしかし・・・。まだ引き上げの途中ですよ?」
「場所をかえる、宙吊りのままでいいから港町ハタムまで船を動かすんだ」
「な・・・、そんな無茶だ!」
「無茶は承知だ!いいから早くしろ」
「でも深砂に落ちて沈んでしまったら回収は不可能になりますよ!」
「なら落とすな!」
そのとき口論を続ける二人の横を、先程の少年が駆け抜けていく。
「・・・っ、チィ!!」
「なんですか、あの子供は?」
少年の姿を確認して悪態をつくヴェルデに、状況がまるで理解できていないリグアが尋ねるが、それはヴェルデも同じことで答えられるはずもない。
「わからん!だが嫌な予感がする。いいか、俺は今から船を出すように言ってくる。おまえはヌシ神をなるべく固定して落とさないことに全神経を集中させるんだ。船が動き出したら俺があのガキを振るい落とす」
そう残してヴェルデは既に走りだしていた。
「やれやれ、次から次へと・・・」
リグアは肩をたたきながら次の仕事の準備に取り掛かりはじめた・・・。
「このくそガキ!なんて運動神経してやがんだ」
少年を追いかける人の数は十数人にまでなっていたが、それでもすばしこく走り回る彼を誰も捕まえられずにいる。その傍らではリグアが吊り上げられた鳥籠のようになっているヌシ神を固定する作業に入っていた。
「多少の揺れはかまわん。揺れても落ちないことを優先した固定をしてくれ」
人夫に指示を出しながら自らも作業を手伝う。
「まったく、学者がこんなことをしているようでは・・・」
ぼやきながら彼がふと背後の様子を窺ったところ、少年はマストに登りロープを伝って次のマストに乗り移っているところだった。
(おかしい、あの少年これだけ動き回りながら逃げているばかり・・・。やはり、狙いはヌシ神なのか?しかし何故・・・)
リグアがそう思いを巡らしていた時だった、少年が吊られたヌシ神の上に飛び移る。
「しまった!!」
珍しくリグアが感情をあらわにそう叫んだ時、ゴゴゴ・・・という音と共に船体が動き出す。少年はその衝撃で体勢を崩して落ちそうになるが、あと少しのところでヌシ神にしがみ付き難を逃れた。
「まったく恐ろしく、しぶといガキだな」
気がつくと、いつの間にかヴェルデがヌシ神を見守るリグアのもとへ戻ってきていた。
「仕方がない、俺が撃ち落としてやる・・・」
ヴェルデが新たな銃を懐から取り出し弾を装填していると、リグアが慌てて止めにかかる。
「待ってください、相手は子供ですよ!」
「心配するな、麻酔弾で死にはしない。ただし砂漠の真ん中で生きられればな・・・。それより見ろ、これでヤツの目的ははっきりした!」
促されてリグアが少年の方に視線を戻すと、固定された荒神のロープをナイフで切断しようと苦闘する姿がそこにあった。
「しかし・・・」
制止するリグアをよそに、揺れる船上から少年に狙いを定めるヴェルデを人夫が呼び止める。
「今度は何だ!!」