sect.12 逃走
ハーデルマークにある研究施設の屋上で、人々が慌しく動き始めていた。
彼らの目の前では、砂海でヌシ神を発掘したときの巨大な船が、出発の時を待っている。
「準備は良いか?」
「大丈夫です!」
ヴェルデの問いに、整備士風の男が返答する。
「リグアのヤツ、一体何を手間取っているんだ・・・」
だが苛立つヴェルデの元にリグアが現れるまで、それほど時間はかからなかった。
リグアは大きなカバンと書類の束を両手に抱えて、ときおり風に書類を飛ばされながら屋上に到着する。
「すみません、遅くなりました」
「一体何をしていたんだ!?」
「これまでの研究データを持ってこれるだけ、取ってきました」
「そんなデータは、またいつか取りに戻ればいいだろう!」
ヴェルデの剣幕にリグアは平然と答える。
「もう帰ってくる気は無いんでしょう?」
「・・・」
「このデータまで失ってしまったら、今までやってきたことが全て無駄になってしまいますからね。負け戦にも、負け戦なりの戦い方があるというものです」
「しかし命を失っては元も子もないだろう」
リグアはわずかに複雑な顔をしたが、諦観したような表情で答える。
「それが学者というものです・・・」
「なっ・・・」
どこか間の抜けたような性格のリグアだが、研究に対する姿勢というかプライドは人一倍厳しいものを持っていた。だからこそヴェルデは、彼の人間性と研究に対して信頼をあずけることが出来ているのだった。
「もういい、お前の準備が出来しだい出発するぞ!」
「了解しました」
そう言いながらもリグアは、手に持った書類を風に飛ばされて「ああぁ~」と情けない声を上げている。
やがて学者や研究員を乗せた船は、ゆっくりと浮かび上がり研究施設を後にする。
ヌシ神によって破壊され炎上を続けるハーデルマークを眼下に眺めながら、ヴェルデとリグアは息を呑む。
「これがあのハーデルマークとは・・・」
帝国ランタベルヌの第三都市とはいえ、世界大崩壊から二百年の間に復興をとげて、高いレベルで繁栄していた街の姿はもうどこにもなかった。
「我々は開くべきでない扉を、開いてしまったのかもしれないな」
「アナタらしくもないですね・・・」
ヴェルデのつぶやきにリグアが答える。
「帝国のやり方は間違っている。それがアナタの考えるところの根本でしょう?結果はどうあれ、これが帝国に対する復讐の第一歩になっただけですよ」
「そうだな・・・」
そう言いながらもヴェルデは遠くを見つめたまま、考えを巡らしている様子だった。
「本機の真下にヌシ神の姿がある模様です・・・」
「そうか」
突然の研究員による報告に、我を取り戻したヴェルデが小型の望遠鏡で、その方角を眺めながら驚いた声を上げる。
「あれは・・・」
「どうしたのですか?」
「これを観てみろ」
ヴェルデの態度を不審に感じて尋ねてきたリグアに、ヴェルデは望遠鏡を手渡す。
リグアが促されるままに望遠鏡を覗き込むと、彼らの乗る船の下方にヌシ神の姿が確認できた。そしてその周囲にはスカイモービルで、ヌシ神と交戦しているグループの姿があった。
「あれはシャンネラ一味ですか・・・?」
「そうじゃない、もっとよく観てみろ」
「あ!あの少年は!?」
ヴェルデの言葉を理解したリグアが、驚きの声を上げる。
ようやくシュカヌの姿を見つけたリグアに、ヴェルデが答える。
「あの時のボウズだ」
「こんな所で何を!?」
そう言った後で、馬鹿な発言だったとリグアは思った。
「まさか本当に生きているとは・・・。そして何よりも、ここまで追いかけてくる執念には驚かされたな」
「あの時、ただの子供ではない感じはしていましたが・・・」
「いったい何者だ?あのボウズ」
この只ならぬ状況がヴェルデに、これからのシュカヌとの因縁の始まりを予感させた。
「まあいい、我々はハーデルマークを離脱するぞ!」
「ハッ!」
ヴェルデの言葉に船員達が返答する。
(あのボウズとは、いずれまた出会うことになるだろうからな・・・)
シュカヌたちを残し、船はハーデルマークを後にするのだった。
「畜生!ヤツら自分達でこの災難を引き起こしといて、さっさとトンズラしていくよ!」
シャンネラが上空を見上げ、彼女達に背を向けて去っていく船に毒舌を吐く。
「そんな事より、ヤツをどうにかしなくちゃ!」
ただ不満を口にするシャンネラと対称に、シュカヌは先を見据えてもっともな意見を述べた。
スカイモービルの手下たちは、バラバラに逃げながらも隙を見てはミサイルを撃ち込んでいるが、その成果はまだ得られていない。
その時、一発のミサイルがヌシ神の背中にある甲殻の端に当たった。するとヌシ神は「ギシャァ・・・」と叫び声をあげて一瞬よろめいたではないか。
それを見ていたシュカヌが、何かを閃く。
「おばさん、銃を持っている?」
「あるけど、どうするんだい?ミサイルでもダメージを与えられないってのに」
そう答えながらもシャンネラは、ズボンの中から一丁の小型ライフルを取り出してシュカヌに手渡す。
「使い方は分かるね?」
「大丈夫!」
シュカヌは銃を受け取ると、スカイモービルを追いかけるヌシ神に狙いを定めた。ヌシ神が動きを止めた僅かなチャンスを見逃さずに、シュカヌが引き金を引くと放たれた銃弾は、甲殻と身体の境目付近に当たる。
「ギシャァ!!!」
突然叫び声をあげ、悶え苦しむヌシ神。
「おぉっ!効いてるよ」
シャンネラが驚きの声を上げた。
「でも、何故だい?」
「あの甲殻は、卵だったときの殻だ。孵化して間がないから、あの甲殻付近の身はまだ完全に硬化してないんだと思う」
シュカヌが小型のライフルに弾を装填し、追撃を行おうと構えた時だった。ヌシ神の叫びが止んだかと思うと、二眼が赤く染まったヌシ神が狂ったかのように光線を乱射しながら、シャンネラとシュカヌの方向に勢いよく迫ってくる。
「うぉお、こっちに来た!」
「ダメだ、おばさん避けて!」
光線は二人が身を潜めていた壁にも当たり、遅れてやってきた爆風を二人は身をかがめてやり過ごした・・・。
(光線の威力が、次第に落ちてきている)
そう思いながらシュカヌが身体を起こして、周囲の異変に気付く。
「エンゾがいない!」
「何だって!?」
隣でシュカヌの言葉を聞いたシャンネラが慌てて辺りを見渡すが、その巨体はどこにも見当たらない。
「そんなバカな事があるはずない。お前たち上空から何か見えないかい?」
シャンネラは、スカイモービルに乗った手下たちに無線で尋ねるが、いい返事は返ってこないようだ。
「ちょっと待った、何だあれは!?」
手下の一人が叫び声をあげる。
「どうしたんだい?」
「穴だ、バカでかい穴が地面に空いているよ!」
「何だって!?」
シャンネラとシュカヌが急いでその場所に駆けつけると、確かにヌシ神が通れそうなほど巨大な穴があった。
「間違いない、エンゾが掘ったんだ」
「こんなに大きな穴を、この短時間で・・・」
シャンネラは感嘆の声を漏らす。
「おばさん達は、早くここから逃げて!」
「おばさん達はって、アンタはどうする気だい?」
「僕はこの穴からヤツを追う・・・」
バシッ・・・
シャンネラが、シュカヌの頬を引っぱたく。
「アンタ一人で戦っている気になってんじゃないよ、このバカちんが!」
「え!?」
突然のシャンネラの行動に、呆然とするシュカヌ。
「お前だけを独りで、行かせられるワケがないだろう」
「僕は大丈夫!」
「大丈夫とか大丈夫じゃないって話を、しているんじゃない!」
「だったら・・・」
子供のダダにシャンネラは、頭に血が上りまくし立てる。
「アンタはもう、あたし達の仲間なんだよ!仲間だから皆がお前を助けるために、ここまでやって来ているんだ!そうでもなきゃ、こんな危なっかしい所に、誰も好き好んで帰って来やしないよ」
「・・・・」
「物事には時というものがある、それを成す時。だがその微妙な時の間合いを、あたし達は逃しちまった。だから今回はアンタを連れて帰る。わかったかい?」
しばらく何かを考え込んでいる様子のシュカヌだったが、やがてゆっくり口を開くのだった。
「わかった。いったん帰るよ・・・」




