sect.8 シャンネラ盗賊団
「ふう、これは掃除のやり甲斐があるわ・・」
ユマは部屋に散らばる書物の山を整理しながら額を流れる汗をぬぐった。
ナンバリングされている書物を一箇所に集め、ガラクタとしか思えない品々は傷つけないように箱の中に集めていく。
幸いだったのはニトの部屋で見たような、書類の散乱がなかったことだった。
理由は後から分かったのだが、この部屋の持ち主シャンネラは字を読むことはできるが、書くのは苦手という事らしかった。
「でもニトといい、シャンネラさんといい、この気持ちいいまでの汚しっプリは遺伝だわ」
ユマはどれほど片付けても終わりの見えない作業に飽き始めていた。
「もう何であたしが、こんな事をしなくちゃいけないの!?」
その理由は5時間前にさかのぼる・・・
「あれほどここには来ちゃいけないって言ってあるだろう?」
ニトの家を飛び出したあたし達を待っていたのは、派手ないでたちのおばあさんだった。
“空飛ぶ船”・・・とはいってもシュカヌの探しているランタベルヌの船よりも小さな造りの船のなかで、あたしたちはニトのお祖母さんことシャンネラさんに出会った。
「大丈夫だよ」
「“大丈夫だよ”じゃないよ、世界はアンタが考えてるほど安全じゃないんだ。だいいちこの船が追われていたら、アンタまで危険に巻き込まれちまうんだよ」
そう何を隠そう、この人こそ世間で悪名高いシャンネラ盗賊団のシャンネラさんその人だったのだ。
シャンネラさんは本気で怒っているようだったけどニトはまるで気に留めていなかった。
「ちゃんとこの辺りの空域の事は把握出来ているよ」
「“把握できているよ”って、その認識が誤っていたら即終わりなんだ。アンタは私にとっちゃ残された唯一の身内なんだよ、アンタにもしもの事があったら・・・」
「大丈夫だよ。なんてったって僕はオババの孫なんだから、知恵も度胸もオババの血を受け継いでいるんだし」
そこまで言われるとシャンネラさんも悪い気がしないのか、言い返せない様子で黙ってしまった。
あまり良くない噂で有名なシャンネラさんも孫の前では一人のお祖母さんらしい。
「それで、この子達は何者なんだい?」
シャンネラさんはシュカヌとあたしを見てニトに尋ねる。
「ユマとシュカヌだよ。砂海でヤンチと移動しているところをヌシに襲われて、二人が助けてくれたんだ」
「なに!?ヤンチめ、そんな報告は受けていないよ」
「だってヤンチには、僕のほうからオババに報告しないでって言っておいたから」
「なんだって!?何でまた、そんな事を?」
またシャンネラさんの怒りの沸点が上がり始めている・・・。
「そりゃそうだよ。そんな話を聞いたらまた、僕にあそこに行ってはいけないとか言うんでしょう?その度にこれダメあそこダメって、僕はこの世界で何も出来ないし、どこも行けなくなっちゃうよ」
「わかった、わかったよ・・・。それでその二人が私になんの用なんだい?」
「一週間前、砂海にランタベルヌの船が泊まってたよね?それを追いかけたいんだ」
ニトの言葉にシャンネラの顔が見る見る赤く染まっていく。
「アンタって子は次から次へと・・・」
「ちょっと待って・・・」
そう言うとニトはシャンネラさんの元に駆け寄り、彼女の耳元で何かを囁く。
「・・・・お宝・・・・・、シュカヌ・・古代の・・・・・」
あたし達には二人が何を話しているのか聞き取れなかったが、シャンネラさんの表情がクルクル変化するさまは見ていて面白かった。
「いいだろう・・・」
重い沈黙を破ってシャンネラが告げる。
「人の庭でやりたい放題のランタベルヌにもイラついてたとこだ、あの船がどこに向かったのかの察しもついてる。やつらの奪っていったお宝を奪い返してやろうじゃないか!」
・・・!?
「ねえニト、シャンネラさんになんて言ったの?」
「ヒミツ、でも大丈夫!ちゃんと連れて行ってくれるから」
あたしとシュカヌはいまいち納得できなかったが、他に方法があるわけでもなかったのでニトの作戦に乗ることにした。
「だがしかし!お前達もお客さんじゃないんだ。船賃分は働いてもらうよ」
シャンネラさんはニトとあたし達に向かってビシっと言った・・・。
そして現在に戻る
ため息をつきながら作業するユマの集中力も、そろそろ限界が来ていた。
そんな時、不意に部屋の扉をコンコンとノックする音にユマが慌てて返事をする。
「ユマ、大丈夫?生きてる?」
扉を開くと手を油まみれにしたニトが立っていた。
「オババは容赦ないよ・・・。船の整備を手伝わされて、もうクタクタだよ・・・」
「あたしもヘトヘト・・・、散らかっているにもホドがある散らかりようだったから」
「わあ、すごい!あのゴミ捨て場みたいだった部屋が片付いてる!?」
ニトが部屋に入ると、そこは5時間前とはまるで違う空間になっていた。
「シュカヌはどうしてる?」
ユマはもう一人の仲間のことを尋ねた。
「シュカヌは力仕事のほうに回されていたけど、すごいね・・・」
「なにが?」
「あの身体からは想像も出来ないくらいに、力持ちだって船の皆が驚いてた」
「そうなんだ?そういえば砂海のヌシも簡単に倒しちゃうくらいだしね」
「ああ、そうだったね!」
二人は先日の出来事を思い出して納得した。
「あ、もう戻らなきゃ。サボってるのがばれたらオババに怒られちゃう」
「そうだね」
「もうすぐ夕食の時間だから、もう少し我慢してね」
「あたしは大丈夫。ニトも怪我しないように気をつけて」
「ありがとう」
それじゃと言い残してニトは部屋を後にする。
ユマは腕まくりをして作業の仕上げに取り掛かるのだった。
「作戦を説明するよ・・・」
夕食の席でシャンネラは船員達の前で切り出した。
船員達はテーブルの上に山積みの食料をガツガツと食べ続けている。
「少しは静かに食べないか!」
シャンネラはそう怒鳴りながら、さっきまで肉が付いていた骨を船員に投げつける。
「題して“仮装でドッキリ侵入大作戦!”だ」
「んん!?」
その場にいた全員がなんじゃそりゃと顔を上げる。
「例のランタベルヌの船が向かったのは、ここから北西のハーデルマークだ」
「え!?すごい、わかったの?」
ユマとシュカヌが勢いよくテーブルから立ち上がる。
「慌てるんじゃないよ!座ってな」
シャンネラに言われ二人は静かに椅子に座る。
「このシャンネラの情報網を侮るんじゃないよ。船の進路からおよその推測は出来ていたけど、現地のメンバーにも確認を取ったから間違いない」
そう言いながら、シャンネラはニヤリと笑う。
「だが、問題はここからだ。あそこは空の警戒がハンパない、うかつに空から近づけばあっという間に撃ち落されちまうだろう」
「ふむふむ・・・」
一同うなずく。
「そこでだ、押してだめなら引いてみろ。空がダメなら陸からGOだ!」
「なんじゃそりゃ・・・」
一同ガックリ。
「そんな空の警戒が厳しいハーデルマークも、物資の輸送や人の出入りは必要だ。そこに付け入る隙がある」
「石を隠すなら、石山の中ってこと?」
「さすがは、あたしの孫だ」
ニトの言葉にシャンネラは満足そうにうなずく。
「あそこには鉄道が通っているだろ?人や物資の流れの中心はそこだ。だから、その流れに紛れ込んで潜入するんだよ」
「なるほど」
「そしてお宝を奪い返したら、派手に内側から騒ぎを起こす。その混乱に乗じて別動隊が空からあたしたちを拾い上げるという作戦さ」
「でも仮装の意味は?」
半ば納得しながらもニトが尋ねる。
「趣味だ!と言いたいところだが・・・。あたし達もお尋ね者として、あの国にまで名が知れ渡ってしまっているからね。シャンネラ盗賊団が忍び込んでいるのがバレたら、ただじゃ済まないだろうからね」
シャンネラは忌々しそうに答える。
「・・・というわけで、決行は明日の朝だ。いっちょ派手にやらかすよ」
そう言いながら、シャンネラはニヤリと笑みを浮かべるのだった。




