プロローグ 01
夜の帳の下に砂漠がまるで海のように広がる。
その砂の海のなかで人工的な光が、かがり火のように明滅していた。
砂漠の中心、大地に空いた巨大な穴に横付けする形で船が泊まっており、光はそこから発せられているようだ。
巨大な穴の中のなかを覗いてみると、砂の中に埋没した建物の屋根らしきものが光に照らし出されているのが見えた。
「おい、そろそろ揚がってくるぞ。準備はいいか?」
「はっ!」
船上では人々がせわしなく動き回り、方々からは怒号や歓声があがり、混乱の中で何かが行われているのは確かだった。
船の外では人夫たちが建物の屋根を破壊し、また建物内では床面をひっくり返すかのようにこじ開けている。
「もうすこしだ、せぇので行くぞ!!」
おぅ、という人夫たちの掛け声とともに床がめくれ、その下からは虚空が現れる。間もなくあたりの床は支えを失ったようにバラバラと崩れ始め、その下の闇の中へと吸い込まれていった。
「気をつけろ、辺りにあまり衝撃を与えるな」
人夫のリーダー風の男が声を荒げる。
間もなく船上から闇の中へとロープが投げ込まれた。
「リグア、どうだ?作業に支障はないか?」
メモを片手に船上で動き回る学者風の男に、身なりのよい中年の男が話しかける。
「ここまでは計画どおりです。ヴェルデ様」
ヴェルデと呼ばれた男は、満足そうな笑みを浮かべる。
「慎重に扱えよ、相手はなんたって文明国家を三日で滅ぼしたヤツだからな」
「わかってますよ。こっちだって、こんなところで死にたくはないですから」
どこか投げやりなようにも聞こえるリグアの言葉は、彼の性格的な話し口調なのであろうか、言葉とは裏腹に黙々と作業をこなす姿は他人の干渉を寄せ付けない空気がある。
「今のところは全て順調です。ですが本当の問題はヤツをサルベージすることではなくて、その先の方なんですよ」
「おいおい、せっかくオモチャが手に入るんだから、そんなに深く考えずにもう少し楽しんだらどうだ?」
ヴェルデの言葉に学者が素早く反応する。
「こいつが、そんなかわいい代物じゃないってことは解ってるでしょう?」
「だから、そのために必要な情報は集めただろう?」
「必要最低限のです!」
リグアは苛立ちを隠そうともしない。
「だいたい調査も中途半端な状態でゴリ押しに計画を進めて、イザという時に誰がケツを拭くんですか」
「おまえだ」
潔くきっぱりと返答するヴェルデと、対照的に呆れ返った様子のリグア。
「まったく、そういうことを真顔で本人を目の前にして言いますかね・・・」
「おまえだから言えるんだよ」
「それはそれは・・・、光栄の極みですヴェルデ様」
学者の皮肉にもヴェルデの表情は変化しない。
「本当だよ・・・」
程なくして船外の人夫から合図が届く。
「こっちの準備は整ったぜ、リグアのだんな」
「こっちも大丈夫だ、慎重に頼む」
リグアは船の上から身を乗り出し大声で人夫のリーダーに指示を出す。
「さあ、祭りが始まるぞ・・・」
ヴェルデの顔に不敵な笑みが浮かぶ。
深い闇の中へと投げ込まれたロープがゆっくりと引きあげられるとともに、船の内外からの歓声や怒号がさらに激しさを増した。
やがて穴の底から巨大な塊が地表に向かってゆっくりと姿を現してくる。
「これが・・・」
誰が発したかもわからない言葉が、その場のすべての人の気持ちを代弁していた。
巨大ないびつな形をした岩にも卵にも見える“それ”は表面が甲殻のようにも見えるが、時折表面の継ぎ目のような隙間を電気的な青白い光が走り、有機的なものと無機的なものが融合したもののような印象を受ける。
「美しいな、これがヌシ神か・・・。待ってろ、俺の手で必ず蘇らせてやる」
「私はあなたのようにこれを軽くは扱えませんが、さすがに一学者としては古代技術の先端をこう間近で見せられては肌があわ立つのを止められませんね・・・」
興奮しながら一人呟くヴェルデの横に、仕事がひと段落着いたリグアがやってきて隣に並ぶ。
学者である彼もまた感情をあまり表に出すタイプではなかったが、あきらかに感情が高ぶっているのがその横顔からわかる。
彼らだけではない、その巨大な船上では異様な熱気が全ての人々を包んでいた。
“ヌシ神”と呼ばれた物体が穴の中から姿を現してから、辺りを包む歓声と興奮で上気した頬を手のひらで触りながらもヴェルデはなにか得体の知れない違和感を肌で覚えた。
(なんだ?なにかが違う・・・)
ヴェルデが神経を集中して辺りを見渡すと歓声とは異なる叫び声が混じっていることに気付く。そして彼の横をその方向に向かって警備の為に配置していた兵が走りぬけようとしていた。
「待て、なにがあった?」
「わかりません。何者かが船内に乗り込んできて暴れているようです」
「なんだと?こんな時に!」
胸騒ぎを抱えつつヴェルデはリグアに後の指揮を頼むと残して、その喧騒の方向に向かって走り出すのだった・・・。