愛する人へ
「終わりよ」
キャロルは、切っ先をアルテミアに向けた。
「あんたは、あたしの大切な人を傷付けた」
「大切な人?」
アルテミアは、周りを囲む魔物に目もくれずにキャロルだけを睨んだ。
「そう…あたいの彼氏だ」
キャロルがそう叫んだ瞬間、彼女の後ろから誰かが姿を見せた。
「てめえは!」
アルテミアは、眉を寄せた。
「久しぶりだな。天空の女神」
そいつは、数日前…アルテミアに倒された魔神だった。
女神の一撃を喰らったからか、全身に火傷を負い、氷の鱗はすべてなくなっていた。
「直撃を奇跡的に避けた為、我は生きているが」
魔神は拳を握りしめ、
「この屈辱は忘れん!」
アルテミアを睨んだ。
「そうだ!あたいの彼氏をよくも!」
キャロルは、突きの体勢に入る。
「魔神が彼氏とはな」
アルテミアは笑った。
「いけないか!誰を好きになっても、あたいの自由だ!それに、ザイルは!あたしの強さも弱さも認めてくれた!何よりも、女で剣士であるあたいの生き方も認めてくれた!」
キャロルは、突きの体勢で突進して来る。
「フン」
アルテミアは鼻を鳴らすと、キャロルを睨んだ。
「それは、てめえの理由だ」
工場の天井を突き破り、2つの回転する物体が飛んでくる。
アルテミアが掴むと、それはトンファーになり、キャロルの剣を受け止めた。
「何!?」
絶句するキャロルの後ろで、ザイルが叫んだ。
「かかれ!」
アルテミアの周りを囲む…数十匹の魔物が一斉に襲いかかった。
「雑魚が!」
アルテミアはキャロルの腹に蹴りを入れた後、舞う様にトンファーを振るった。
魔力を使うことなく、魔物達を迎え撃つアルテミアの姿に、ザイルは目を見開いた。
「女神だからって!」
キャロルは腰を下げ、アルテミアの足を斬ろうと、横凪ぎの斬撃を放った。
しかし、アルテミアは軽くジャンプすると剣を避け、回し蹴りをキャロルの顔に喰らわせた。
吹っ飛ぶキャロルは、呟くように言った。
「強い」
その言葉を聞いた瞬間、ザイルは手を突きだし、光線を放った。
「くっ!」
アルテミアはトンファーで、光線を防ごうとした。
しかし、それを魔物達が両腕を掴んで阻止した。
「くっ!」
光線がヒットした瞬間、アルテミアは吹っ飛び…ポイントは零になった。
「終わったな」
ザイルは、ニヤリと笑った。
「く、くそ」
吹っ飛び、何とか立ち上がった時には、アルテミアから僕に変わっていた。
「この時を待っていた」
ザイルは、前に歩き出した。
「アルテミアにはなれない。今こそ、やつを殺すチャンス!」
「成る程ね」
僕は、彼らの作戦を理解し、頷いた。
「さあ!人間の子供よ!アルテミアとともに死ね!」
ザイルは、手を僕に向けた。
「ザイル!彼は!」
その行動に、目を見開くキャロルに、ザイルは彼女を見ずにこたえた。
「彼は、天空の女神と融合している!今なら、女神を」
「で、でも」
言い争う2人の隙に、僕は後ろにジャンプした。
「確かに、アルテミアより…僕は弱い!だけど!」
着地と同時に、僕の手に握られた砲台のようなライフルを、魔物達に向けた。
「僕も、勇者だ!」
チェンジ・ザ・ハートの僕専用の武器モード。
バスターモード。
「喰らえ!」
銃口から放たれた炎と雷鳴は、魔物達を一掃した。
「こ、これが!報告にあった力か」
唖然とするザイルに、僕は銃口を向けた。
「終わりだ」
「終わらんよ」
ザイルは、キャロルの腕を掴むと、僕に向けた。
「人間を撃てるかな?」
そして、にやりと笑った。
「卑怯な」
僕は、下唇を噛み締めた。
「卑怯じゃない!」
僕の言葉を、キャロルは否定した。
「これも、作戦よ」
「な、何だって!?」
予想外の答えに、僕は言葉を疑った。
「あたいとザイルは、種族が違う。だから!」
キャロルは剣を鞘におさめると、居合い斬りの体勢に入る。
「互いに、補い合う!」
「!」
僕は、キャロルの殺気を感じ、息を飲んだ。
「終わりだ!」
「死ね!」
勝利を確定し、笑うザイル。ザイルを背にして、走り出すキャロル。
そして、引き金を弾けない僕。
だけど、もう1人…冷静な者がいた。
「モード・チェンジ」
ピアスから声がすると、光が僕を包んだ。
「!!」
鞘から放たれた剣が、虚空を斬った瞬間、キャロルは茫然自失となった。
「うぎゃあ!」
キャロルの後ろで、ザイルの断末魔の叫びがこだました。
アルテミアの手にした槍が、ザイルを突き刺さっていた。
「終わりは、お前だったな」
突き刺さった部分から、電気が走り、ザイルの全身を包んだ。
「ば、馬鹿な!!」
次の瞬間、ザイルの体は氷細工のように砕け散った。
「そんな馬鹿な!」
キャロルは振り返り、再び剣を振るおうとしたが、電流が彼女の動きを奪った。
「…」
アルテミアは崩れ落ちたキャロルを見下ろすと、静かに歩き出した。
「ポイントゲット」
アルテミアのカードが告げた。
一度零になったアルテミアのカード。
しかし、アルテミアと融合している僕が魔物を倒しても、ポイントは入る。
バスターモードで倒した魔物の分を使い、アルテミアに変わったのだ。
「貴様!」
キャロルは、震える体を、怒りで力を込め、何とか立ち上がろうと、剣を地面に突き刺した。
「…」
アルテミアは足を止めた。
しかし、振り返ることはない。
「…てめえも、わかっていただろ?あいつは、お前を愛してなかった。愛していたら…好きな人間を盾にするか?」
「お、お前に!何がわかる!あたし達の何がわかる!」
キャロルは立ち上がろうとしたが、足がもつれて倒れた。
「お前は!あたいと彼に!!種族が違うから、愛がないと思ったか!」
キャロルは這いながら、アルテミアに叫んだ。
「そんなことは思ったことはない」
アルテミアは目を瞑ると、歩き出した。
(お母様)
瞼の裏に浮かぶ…白い鎧の戦士。
「絶対に、お前を殺してやる!」
キャロルの言葉を無視して歩き続けるアルテミアに、僕が声をかけた。
「アルテミア…」
「わかった」
アルテミアが頷くと、僕に変わった。
「キャロルさん」
僕は足を止め、振り返った。
涙目で真っ赤に染まった瞳で、地面を這いながら見上げるキャロルに、僕は言った。
「あなたの悲しみ、怒りはわかります。だけど…」
僕は、キャロルを睨んだ。
「今度、戦いを挑んできたら、撃ちます」
その言葉を口にしてはいけなかったかもしれないが、僕は口にした。
それは、彼女に教わったことだから。
僕は、本心までは口にしなかった。
(愛する人を傷付けたから、許さない)
キャロルの行動の思い。
今度は、恐らく…僕が返すかもしれない。
「…」
僕は、無言で頭を下げると、背を向けて歩き出した。
工場を出るとすぐに、アルテミアに変わった。
少し恥ずかしく…少しやるせなく…とても切なかったから。
「フン」
アルテミアは胸元から、カードを抜くと、残高を確認し、
「しけてるが…久しぶりに飲むか…」
繁華街に向けて歩き出した。
今回は…僕も止めることをしなかった。
(アルテミアって…何歳だっけ?)
少し首を捻ったが、あまり深く考えるのをやめた。
そんな日があっても、いいか…。
終わり。