女の刃
「アルテミアは、どこに行った!」
女は間髪をいれずに、僕にきいた。剣の切っ先を、僕の喉元に向けながら。
「ア、アルテミアは…」
僕とアルテミアが融合していることは、別に秘密ではなかった。
だけど、アルテミアと融合していると周りに知られたら…。
(こういうことになるかもしれないから…いやだったんだよなあ)
心の中でため息をついてるつもりが、実際にもしてしまっていた。
「
息を聞いて、女は剣を下げた。
「相手は、悪魔。一般人を盾にして逃げたか」
妙に納得すると、女は僕に背を向けた。
「一般人に向ける剣はない。少年よ。早く立ち去るがよい。この辺りは、魔物が多い」
腰に着けた鞘に、剣を刺し戻すと、背筋を伸ばし歩き出した女の後ろ姿を見つめ、僕は人差し指で鼻の頭をかいた。
(う〜ん)
遠ざかっていく女の背中に、なぜか僕は…悩んでしまった。
天空の女神であるアルテミアに、怨みをいだいている人は多い。
しかし、彼女の強さは有名であるから、直接手を出したりする者はいない。
(この世界に、2○ゃんねるがあったら〜スレは荒れるだろうな)
僕はもう一度ため息をつくと、一歩前に出た。
「あのお〜。アルテミアに何か怨みがあるんですか?金を巻き上げられたとか、何か迷惑をかけられたとか」
後でアルテミアに怒られると確信しながら、僕は恐る恐る訊いた。
「!」
女の足が止まった。鋭い殺気が、女の背中から漂い出した。
僕は、息を飲んだ。
振り返りざま、女は抜刀した。
切っ先が喉元に、突き付けられた。
結構離れたはずなのに、女は振り返り抜刀しながら、距離も詰めていた。
(は、速い!)
反応の速さに、僕は目を見開いた。
「貴様、何者だ?」
女は剣を突きだしながら、眉を寄せた。
「え…」
無意識だったが、女の腹に銃に変わったチェンジ・ザ・ハートの銃口が触れていた。
「ご、ごめんなさい」
僕は慌てて、銃口を下げた。
「フッ」
僕の行動に、女は鼻で笑うと、剣先を下げた。
「!?」
驚く僕の目に、口許に笑みをたたえながらも、鋭い視線を向ける女の表情が映る。
「なるほど…貴様も」
女は剣を鞘におさめると、僕の肩に手を置き、
「あの悪魔を倒そうとしているのか!」
にっと笑った。
「えっ〜と」
事態が飲み込めない僕は…数時間後、とある町の酒場や博打場に来ていた。
「天空の女神は、来ていないのか!」
女は、アルテミアの人相書を、カウンターの向こうにいるバーテンダーに押し付けていた。
「そ、そうですね。最近は、姿を見せていませんねえ」
バーテンダーは困りながらも、愛想笑いでこたえた。
「本当かあ?」
女は鞘に手を添えると、一瞬で抜刀した。
バーテンダーの首筋に、剣先が触れた。
「ほ、本当です」
一瞬の抜刀に、バーテンダーは表情を変え、焦り出した。
「チッ」
女は舌打ちすると、カウンターに背を向けて歩き出した。
女の行動に緊張が走るバー内を、僕も愛想笑いを浮かべ、頭をかきながら、店内から出た。
(ふぅ〜)
外に出ると、僕は心の中でため息をついた。
(それにしても…よくアルテミアが黙っているな)
よくよく考えると、アルテミアが大人しくしているが、信じられない。
「ア、アルテミア…」
小声で囁いたが、返事がない。
「少年!」
いきなり、女が僕に顔を近付けて来た。
「いっ!?」
驚き、ひきつる僕を見て、女はにこっと笑い、
「名乗ってなかったな。あたいの名前は、キャロル・マクドナルド。よろしくな」
自分の胸をドンと叩くと、手を伸ばし、握手を求めて来た。
「…」
少し面を食らって、ポカンとしてしまう僕に、キャロルは腕を動かし、握手を急かした。
「あ、赤星浩一です」
仕方なく、僕は握手を返した。
「赤星くんか」
キャロルは数秒だけ僕を見つめた後、もう一度笑顔をつくってから、ぎゅっと力を込めると、握手を解いた。
「君と出逢えてよかったよ」
キャロルの言葉に、僕は笑顔をつくり、
「ありがとうございます」
感謝を述べた。
そんな僕を見て、キャロルは頷くと、真剣な顔をつくり、 こう質問してきた。
「ところで、赤星くんはどう思う。あの悪魔…アルテミアのことを」
「ア、アルテミアのことですか!?」
僕は、戸惑いの声を上げた。
異世界に来ることになったのは、夢の中で絶世の美女であるアルテミアに告白されたからである。
(一緒になって)
その告白が、一緒に戦えとは思ってなかったけど。
美女で、最強に強く…最悪に、性格が悪い。
ブロンドの悪魔。
それが、彼女の通り名である。
だけど…僕は、それ以上に、アルテミアの直向きさを知っていた。
(お母様のように強くなりたい!)
カードシステムをつくった勇者である…母親。
そして、魔物の頂点にいる…魔王である父親。
その狭間で揺れる…少女。
僕は…アルテミアが怖いし、異世界に来て戦うのは、嫌だ。
だけど…心底嫌いではない。
「赤星くん…ついて来い」
キャロルは、心の中で葛藤する僕を促し、歩き出した。
「悪魔…。その呼び名は、あの女にこそ、相応しい」
キャロルは、僕の前を歩きながら話し出した。
いつのまにか、町の外れに来ていた。
「え!」
僕は、移動の速さに驚いた。
「あの女は…あたいの愛する人を傷付けた!」
そして、キャロルは…誰もいない廃工場に入ると、足を止めた。
「剣士としても…未熟だったあたいに、自信をくれた。孤独だったあたいに…周りは決して認めなかった…あたしの抜刀の速さを、素直に認めてくれた…唯一無二の存在である彼氏を傷つけた!」
誰もいない工場。恐らく、繊維工場だ。
カードシステムの発達により、召喚技術の向上は、町から工場をなくしたはずだった。
「それが、あたいは許せない」
キャロルは前方を睨みと、振り返り様、横凪ぎの斬撃を放った。
その軌道は、僕の鼻先をかすめた。
「え」
状況が理解できない僕に、キャロルは叫んだ。
「だから、君を殺す!アルテミアに変われないうちに」
「え」
まだ理解できず、パニックになる僕の頭上…工場の天井に蠢く無数の影。
「赤星!変われ!」
アルテミアの声が、耳についたピアスから響いた。
その声に、反射的に、僕は叫んだ。
「モード・チェンジ!」
「変われるものか!ポイントがないことは確認済みだ!」
キャロルが迫る。
僕の左手…薬指につけた指輪から光が溢れた。
そして…。
「ビーナス!光臨」
アルテミアが、廃工場に姿を見せた。
「な、何だと!?天空の女神!」
絶句するキャロルの剣を、半歩下がるだけで避けたアルテミアの周りに、天井から下りてきた魔物達が囲む。
「フフフ…」
その光景を見て、キャロルは笑った。
「まさか、変身できるとはな…。だが、そっちの方が、あたいは好都合だ!直接、あんたを殺せるんだからな。天空の女神!あんたは、強い!だが,あんたにも限界がある」
キャロルの言葉に、反応するように、アルテミアの胸に挟んでいるカードが点滅し、アラームを鳴らした。
ポイント…残り1。
それは、魔法もモード・チェンジも使えないことを意味していた。